第4話 花祭りの町で勇者が花嫁を選ぶそうです
花祭りの町リュネは、町に入る前から花の圧が強かった。
街道を塞ぐ巨大な花輪。
花びらを撒く子供たち。
祝福の笛を吹く楽団。
そして、歓迎の笑顔でこちらへ駆け寄ってくる町長。
平和である。
とても平和だ。
平和なのだが、僕はこういう時ほど警戒する。
魔物の殺気はまだ読みやすい。
善意は、だいたい段取り表の外から襲ってくる。
「ようこそ、勇者様御一行! 花祭りの町リュネへ!」
町長は両手を広げ、満面の笑みで言った。
丸い体型に、花柄の上着。
頭にも花冠を乗せている。
見るからに祭りの人だった。
「町長のオルネンでございます! 本日は皆さまのご到着に合わせ、町を挙げて歓迎の準備を整えてまいりました!」
「ありがとうございます」
僕はとりあえず頭を下げた。
「ただ、できれば先に教えていただきたかったです。街道封鎖は旅程表にありませんでした」
「はっはっは! これは封鎖ではなく祝福です!」
「通れない祝福は、ほぼ封鎖です」
オルネン町長は気にした様子もなく、花輪の向こうを示した。
「さあ、勇者様にはぜひ、我が町自慢の花祭りをご堪能いただきたい!」
その言葉に、セラフィナ様がにこやかに問いかける。
「ちなみに、その“ぜひ”には、どの程度の強制力が含まれているのでしょう?」
「伝統行事ですので、かなりですな!」
笑顔で言い切られた。
嫌な予感が、より具体的な形を取り始める。
「伝統行事、ですか」
僕は確認する。
「はい! 花祭り最大の見せ場、『春の花嫁役選び』でございます!」
空気が止まった。
僕は一拍遅れて、聞き返した。
「……何選びですか」
「花嫁役選びです!」
元気よく二回言われても困る。
町長の説明を要約すると、こうだった。
昔、この町では春の大嵐で祭壇が倒れ、多くの花が駄目になったことがある。
その時、旅の剣士が転びそうになった子供を助け、倒れた花輪を立て直し、祭りを続けられるようにした。
以来、毎年「春に訪れたもっとも名誉ある客人」が、祭りの象徴として「花嫁役」を選ぶ。
選ばれた者は花冠を受け取り、祭りの最後に勇者役と並んで歩く。
本当の結婚ではない。
求婚でもない。
ただし、観光客は盛り上がる。
そこが一番面倒だった。
「つまり、儀式的な役割であって、婚姻の意思表示ではないんですね」
僕が確認する。
「もちろんですとも! 清く正しい春の伝統行事です!」
「その説明を、最初にもっと大きく掲示してください」
「ですが、あまり細かく説明すると、観光客の想像力が」
「そこを削ってください」
僕が頭を押さえている横で、アルトさんが小さく言った。
「花嫁?」
「はい」
僕は言う。
「祭りの象徴役です。結婚ではありません」
「なら、誰か選べばいいのか」
「その“誰か”で町が燃えます」
「花祭りなのに?」
「比喩です」
アルトさんはまだ半分よくわかっていない顔だった。
この人は魔王との決戦前より、こういう場面の方が危うい。
セラフィナ様は、実に美しい笑顔を浮かべていた。
その笑顔を僕は知っている。
慈愛に見せかけて、内部の温度が下がっている時のやつだ。
「勇者様」
セラフィナ様が柔らかく言う。
「どうぞ、お好きになさってくださいませ。伝統は大切ですもの」
アルトさんが目を瞬かせる。
「怒ってるか?」
「いいえ?」
「今の“いいえ”は、だいたい怒っている時のやつです」
僕は小声で言った。
ミリアさんはすでに記録板を取り出している。
「興味深い」
「何がですか」
「地方儀礼と英雄像の結合。起源の再検証が必要」
「今から調べる気ですか」
「もう調べている」
「まだ町に入ってませんよね」
ガレンさんだけが、純粋にめでたい空気を受け止めていた。
「なるほど! 祝い事か! なら胴上げだな!」
「なぜです」
僕は即答した。
「祝いの場で人を持ち上げるのは自然だろう!」
「自然ではありません。少なくとも勇者様を祭壇に投げる流れは止めます」
「投げはしない! 高く上げるだけだ!」
「余計に駄目です」
僕は町長を道の脇へ誘導し、できるだけ穏便な声で交渉を始めた。
「町長。確認ですが、この儀式、簡略化はできませんか」
「簡略化?」
「たとえば、勇者様が花輪に触れた時点で成立にするとか」
「それでは観光客が納得しません」
「では町長が代役で」
「私では観光客がもっと納得しません」
そこは自覚があるらしい。
「今年は特に、勇者パーティー御一行の来訪が広まっておりましてな!」
町長は胸を張る。
「町の広場には、すでに大勢の見物客が集まっています!」
「広まるのが早いですね」
「町の新聞も朝から号外の準備を!」
新聞。
嫌な単語が早くも出た。
「ですので、勇者様にきちんと花嫁役を選んでいただかないと、祭りの中心が成立しないのです」
「ちなみに候補は、事前に決まっているんですか」
「いえ。未婚で、祭りの列に参加できる方なら広く!」
僕は嫌な予感しかしなかった。
「広く、とは」
「町の若い娘たち、旅の客人、場合によっては同行者の方々も!」
やはりそう来た。
「同行者」
僕はゆっくり聞き返す。
「ええ、そちらの聖女様や魔法使い様も、それはもう華やかで」
セラフィナ様が完璧な笑顔で会釈する。
ミリアさんは顔も上げずに「非効率」とだけ言った。
「あと」
町長は僕を見た。
「そちらの可憐な記録係殿も」
「待ってください」
「勇者様のお隣に立てば、きっと絵になりますぞ!」
「なりません」
「えっ」
「全力でなりません」
僕は一歩下がった。
「僕は男です」
「花祭りに性別の制限はありません!」
「今、余計な懐の深さを発揮しないでください!」
ガレンさんが感心したように頷く。
「確かに、リオは小柄で花が似合うな!」
「同意を広げないでください」
「似合うかどうかの観点なら、事実」
ミリアさんまで言った。
「分析結果を発表しなくて結構です」
セラフィナ様が僕を見て、口元だけで笑った。
「安心してください、リオさん。もし選ばれても、私はきれいに支度して差し上げます」
「その慰めは何も安心できません」
「勇者様のお隣、案外お似合いかもしれませんよ?」
「今、ちょっと楽しんでいませんか」
「いいえ?」
二回目の“いいえ”だった。
これは、間違いなく少し楽しんでいる。
町の広場は、本当に人で埋まっていた。
石畳の両脇に屋台が並び、色とりどりの花布が渡され、中央には大きな木の祭壇が組まれている。
花冠を乗せた少女たちが並び、観光客はすでにざわざわしていた。
「勇者様だ!」
「聖女様よ!」
「剣士様、大きい!」
「魔法使い様、思ったより怖そう!」
最後の声には少しだけ同意しかけたが、やめた。
僕たちが広場の中央へ進むと、司会役らしい女性が朗々と告げた。
「今年の春を祝う花祭り! 名誉ある花嫁役をお選びくださるのは、魔王を討った勇者アルト様です!」
歓声。
拍手。
花びら。
僕は横で、アルトさんに小声で念を押す。
「勇者様。確認ですが、これは恋愛企画ではありません」
「わかってる」
「本当ですか」
「困ってる人を助ければいいんだろ」
「方向性は間違っていませんが、今の段階で結論を出さないでください」
司会役が花嫁役候補を前へ呼ぶ。
町の少女たちが六人。
旅芸人の娘が一人。
なぜか、観光客の中から名乗りを上げた令嬢風の女性が一人。
そして周囲の面白半分の拍手に押される形で、セラフィナ様とミリアさんの名前まで上がった。
「ちょっと待ってください」
僕は司会に詰め寄る。
「同行者を本当に混ぜるんですか」
「華やかですので!」
「理由が雑です」
「わたくしは辞退いたします」
セラフィナ様が笑顔で言った。
「ですが、勇者様がどうしてもとおっしゃるなら、聖女として町のために努めましょう」
その言い方がもう駄目だった。
どうしても選びづらい。
「私も辞退する」
ミリアさんは即答した。
「祭りの象徴役より、祭りの構造観察を優先したい」
「そちらはそちらで、少しは言い方を柔らかくしてください」
そして最悪なことに、観客の誰かが叫んだ。
「記録係のお兄さんも!」
「違います」
僕は反射で言った。
「花が似合う!」
「その評価は今いりません」
「勇者様、そっちもありだ!」
「何がですか!?」
観光客は祭りになると急に無責任になる。
アルトさんが本気で困った顔になった。
この人が魔王城で見せた顔より、今の方が弱っている。
「リオ」
「はい」
「難しい」
「でしょうね」
「選ぶ基準がわからない」
そこへミリアさんがすっと入ってきた。
「基準設定を提案する」
「助かります」
僕は心から言った。
「候補者の年齢、祭りへの理解度、身体能力、転倒率、花冠耐久性、行列中の安定性を数値化し」
「やっぱり助からないかもしれません」
「比較表を作る」
「もっと駄目です」
セラフィナ様が微笑む。
「勇者様。こういう時は、心のままにお選びになればよろしいのでは?」
「心」
アルトさんが呟く。
「はい。誰がご自分にとって」
セラフィナ様はそこで一瞬だけ区切り、
「……相応しいかを」
周囲がざわめいた。
言い方だ。
完全に言い方の問題だった。
「聖女様」
僕は小声で言う。
「観光客の耳が元気です」
「失礼しました」
セラフィナ様は何一つ失礼だと思っていなさそうな顔で言った。
その時だった。
祭壇の脇で、小さな悲鳴が上がった。
「きゃっ」
花冠を運んでいた小さな女の子が、石畳の段差につまずいたのである。
年は七つか八つくらいだろうか。
抱えていた花籠が傾き、体が前へ投げ出される。
僕が駆け出すより早く、アルトさんが動いていた。
迷いのない一歩だった。
女の子の前にしゃがみ込み、倒れる前に支える。
散りかけた花籠も反対の手で受け止める。
「大丈夫か」
女の子は目を丸くして、それからこくこくと頷いた。
「……うん」
「痛いところは」
「ない」
「ならよかった」
アルトさんはそのまま、落ちた花を拾って籠に戻した。
動作は不器用なくせに、こういう時だけ変に自然で困る。
女の子の母親らしい女性が駆け寄ってくる。
「も、申し訳ありません、勇者様!」
「謝らなくていい」
アルトさんは首を振った。
「転ぶ時は転ぶ」
名言みたいに言っているが、内容は普通だった。
それでも、その場の空気はやわらいだ。
観客のざわめきが、別の種類に変わる。
面白がる声ではなく、微笑む声へ。
アルトさんは女の子の頭の上の花びらをひとつ取り、僕の方を見た。
「リオ」
「はい」
「あの子でいいか」
「……いいか、ではありません」
「駄目か?」
僕は一瞬だけ考え、町長を見る。
町長は目を潤ませていた。
「すばらしい……! 春の守り手の再来ですな!」
司会役も勢いよく頷く。
「困っている者に手を差し伸べる。まさに花祭りの精神です!」
周囲からも拍手が起こった。
どうやら、この町の期待する正解にかなり近かったらしい。
「成立、ですね」
僕は疲れた声で言う。
「成立だな」
アルトさんも言う。
セラフィナ様が、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。
「……本当に、そういう選び方だけは間違えませんね」
小さな声だったが、僕には聞こえた。
ミリアさんも記録板に何かを書きつけながら、珍しく柔らかい声で言う。
「合理性より先に反応した割に、結果は最適に近い」
「褒めていますか」
僕が聞く。
「観測事実」
それはたぶん、かなり褒めている方だった。
花嫁役に選ばれた女の子は、ミイナという名前だった。
町の花屋の娘で、今年は祭りの補助役として花籠を運ぶはずだったらしい。
花冠をそっと乗せられると、最初は緊張していたが、すぐに嬉しそうに笑った。
「勇者さま、ありがとう」
「気にするな」
アルトさんは言う。
「今日は転ばないようにな」
「うん!」
そのやり取りだけで、観客席から温かい拍手がまた起きた。
最初に想像していた、妙な恋愛見世物の空気はかなり薄れている。
助かった。
かなり助かった。
と思った矢先、別方向の問題が起きた。
祭壇上部の巨大な花輪が、不穏な音を立てたのである。
みしり。
嫌な音だった。
ミリアさんが即座に顔を上げる。
「支柱が緩んでいる」
「え」
僕が見上げた次の瞬間、花輪がぐらりと傾いた。
祭壇の横には、子供たちが数人いる。
ミイナも、まだ近い。
「危ない!」
叫ぶより早く、全員が動いた。
ガレンさんが前へ飛び出し、倒れてくる支柱を下から受け止める。
「ぬおおおおっ!」
声量は相変わらず戦場級だったが、今は助かる。
ミリアさんの指先から青白い魔法陣が広がり、花輪の接合部を空中で固定する。
「左側三点、補強完了。ガレン、三秒持て」
「三秒と言わず三十分でも持つぞ!」
「十分でいい」
セラフィナ様はすでに子供たちの方へ走っていた。
「こちらへ。走らないで、でも急いで」
優しい声で誘導しながら、転びかけた子を抱き上げる。
ついでに尻もちをついた老人の膝へ、治癒の光も飛ばしていた。
アルトさんはミイナを抱えて後方へ下がらせ、そのまま倒れてくる装飾の一部を剣の腹で受け流す。
斬るのではない。
壊さず、安全な方向へ逸らす。
そういう加減だけは、やはりうまい。
「リオ!」
ミリアさんが呼ぶ。
「はい!」
「補強用の縄! 祭壇横!」
僕は即座に走った。
確かに、祭壇脇には予備資材が積まれている。
縄束を掴み、ガレンさんの方へ投げる。
「右です!」
「任せろ!」
ガレンさんが片手で受け、もう片方で支柱を抱え込む。
無茶な動きだが、この人ならやる。
アルトさんが上へ飛び、傾いた支柱に縄を回した。
ミリアさんの固定魔法が一瞬だけ角度を維持する。
そこへガレンさんが力任せに引き戻し、最後に僕が下側の杭へ結びつける。
数秒後。
花輪は、ぎりぎりのところで持ち直した。
広場が静まり返る。
そして次の瞬間、大歓声が上がった。
「すごい……」
「さすが勇者パーティー!」
「全員で助けたぞ!」
花びらがまた舞う。
今度は演出ではなく、誰かが興奮して籠をひっくり返した結果だった。
ガレンさんが支柱から手を離し、胸を張る。
「よし! 壊れていない!」
「そこは本当に偉いです」
僕は息を切らしながら言った。
「少し前までなら、勢いで祭壇ごと持ち上げていましたよね」
「うむ! 今回は加減した!」
「成長ですね」
セラフィナ様が戻ってくる。
「怪我人は軽傷だけです。驚いて泣いた子が二人。あと、勇者様」
「何だ」
「無茶をする前に一言ください」
「間に合わなかった」
「そうでしょうね」
言いながら、セラフィナ様はアルトさんの腕の擦り傷に治癒をかけた。
手つきはいつも通り正確で、声だけが少しだけ柔らかかった。
「ありがとうございます」
僕が言うと、
「あなたではなく勇者様に言ってください」
と返される。
だが棘は、そこまで深くなかった。
町長は感動しきった顔で、何度も頭を下げていた。
「いやあ、すばらしい! まさに伝説の英雄たち! しかも連携まで!」
その一言に、僕は少しだけ目を瞬かせた。
連携。
討伐後、この四人に対してその言葉を使う人は少なかった。
僕も、あまり使わないようにしていた。
けれど、今のは確かにそうだった。
打ち合わせなんてしていない。
誰が何をするかも決めていない。
それでも、自然に役割が噛み合った。
たぶん、体が覚えているのだ。
互いの動きを。
互いの得意を。
互いが守るものを。
祭りは、その後どうにか無事に続いた。
ミイナは花冠をかぶって、アルトさんの隣を歩いた。
アルトさんは終始ぎこちない顔だったが、子供相手なので何とかなっていた。
ガレンさんは沿道の子供たちに手を振りすぎて、三回ほど列を乱しかけた。
ミリアさんは祭壇事故の原因を聞き取り調査し、すでに簡易報告書を作り始めていた。
セラフィナ様は笑顔で祝福を配りながら、裏では転倒者の手当てをしていた。
僕はその全部を記録した。
記録しながら、何度も思う。
世界を救った英雄たちは、やはり面倒だ。
とても面倒だ。
でも、たまにこうして、ちゃんと英雄なのだからずるい。
夜。
町が用意してくれた宿の一室で、僕は机に向かって記録帳を開いていた。
『親善旅行二日目。花祭りの町リュネに到着。歓迎行事は過剰。街道花輪封鎖あり。』
まずそこから書かないと、後で自分が信じられなくなる。
窓の外では、まだ祭りの灯りが揺れていた。
広場の音楽も遠くから聞こえる。
僕がインクを乾かしていると、扉が控えめに叩かれた。
「どうぞ」
入ってきたのはセラフィナ様だった。
外向けの聖女の顔ではなく、少しだけ疲れた旅の仲間の顔をしている。
「まだ起きていらしたんですね」
「公式記録がありますから」
「真面目ですね」
「皆さんが自由すぎるだけです」
セラフィナ様は小さく笑い、机の向かいに立った。
しばらく、僕の書きかけのページを眺める。
「今日のこと、どう書きますか?」
「町の歓迎は盛大。祭りの儀式により、勇者様が花嫁役を選出」
「硬いですね」
「公式記録なので」
「では、観察記録なら?」
「ミリアさんの領分です」
「あなたなら、何と書きます?」
少しだけ考える。
それから僕は、正直に言った。
「勇者様は、そういう時だけ妙に正しい、ですかね」
セラフィナ様は目を細めた。
窓の外の灯りが、その横顔をやわらかく照らす。
「……ええ」
その返事は、驚くほど素直だった。
「勇者様は、たまに選び方だけは間違えませんね」
昼間よりも、少しだけ静かな声だった。
僕は何も返さなかった。
返さなくても、たぶんそれでよかった。
セラフィナ様も、それ以上は言わずに踵を返す。
扉のところで一度だけ止まり、
「おやすみなさい、リオさん。倒れる前に寝てくださいね」
「善処します」
「それはしない方の返事です」
最後に小さく毒を残して、聖女様は去っていった。
僕は苦笑しながら、記録帳に追記する。
『祭壇事故発生。勇者パーティー、久々に自然な連携を見せる。被害軽微。町民の評価は高い。』
そこまで書いて、ペンを置いた。
今日は疲れた。
ものすごく疲れた。
けれど、昨日までより少しだけ、この旅がただの胃痛では終わらない気もしていた。
その予感が、翌朝、最悪の形で裏切られるまでは。
朝。
宿の食堂に下りた僕は、テーブルの上に置かれた町の新聞を見て固まった。
一面の大見出しが、朝日より先に胃へ刺さる。
『勇者、花嫁候補に聖女を選ばず!』
その下には、さらに小さな文字でこうあった。
『花祭りに走る不仲説の真相とは』
僕は静かに新聞を折りたたんだ。
折りたたんでも、見出しの破壊力は消えなかった。
「……平和な町って、何でしたっけ」
親善旅行二日目の朝。
僕の胃は、今日も元気に沈んでいった。




