カーナ家の終わり
「陛下……なぜ?」
ガルダは信じられないと言った様に呟く。
「数日前、アレスから暗示の事を聞いていた。にわかには信じられない話だったが……残念だ。私はお前を頼りにしていたし信用もしていたのだからな」
国王の言葉には力が有り、ガルダの術からはすっかり抜け出しているのだと感じられた。
(でも、どうして?)
少し前までの国王は完全にガルダの支配化にいる様に見えたのに。
ガルダは呆然と国王の居る玉座を見据えていたけれど、やがてアレスに憎悪の目を向けて来た。
「私をはめたのだな?」
そのあまりに強い恨みの感情は、アレスの直ぐ隣に居たエレナをも恐怖に陥れる。ビクリと震えるエレナの隣で、アレスは怯む事無く言い放った。
「機会を窺っていた事は否定しないがこの断罪の場を作ったのはお前だろう。貴族達の前で俺を陥れたかった様だが、結果は自らの首を絞める事になったな」
「……こうなると分かっていたと言うのか?」
「これ程早く仕掛けて来るとは思わなかったがな。だが最後の謎は昨夜解けたから、こちらの準備は整っていた」
「最後の謎……そうか」
ガルダは力を失った様に頭を垂れた。その直後勢い良く顔を上げ、血走った目でアレスとエレナを睨みながら避けんだ。
「滅びよ!」
呪詛の様なその言葉にエレナが目を瞠ったとき、腰に何かが巻きついた感覚がし、そのまま身体毎引っ張られた。
「きゃあ!」
悲鳴を上げ助けを求める様にアレスに手を伸ばす。けれどアレスには剣を振りかぶったキースが渾身の力を込めて襲いかかっていた。
「アレス様!」
真っ青になり叫ぶエレナの耳元で低い声がした。
「お静かに」
自分の状況を思い出し腰に目を向けると、がっしりとした腕が巻きついていた。首を後ろに向けると、濃灰の軍服の胸元が目に入る。自分を拘束している者の正体が分かり、エレナは声を震わせた。
「デイル……」
デイルはエレナを強引に引き摺りアレスから遠ざけようとする。
「やだ、離して! アレス様!」
必死にもがくけれど、力の差が有りすぎてびくともしない。
アレスはキースと戦っているし、ライは神官長の配下だったと思われる兵士達の相手をしていた。
王家に忠誠を誓っているはずの近衛兵達達はいつの間にか国王を守る盾となっている。
混乱して逃げ出そうとする貴族達。その中でエレナを助けようとする者はいなかった。
カーナ家の血を引き、不要な王を排除するべく活動する四つの名前を持つ者。デイルはその内の一つの名を持つ者だ。誰よりも神官長に忠誠を誓っている。そんな人物にきつく拘束される恐怖にエレナは震えた。
それでも必死に抵抗していると、甲高い悲鳴が聞こえて来た。
「エレナ様!」
ハッとして声の方を向くと、蒼白な顔をしたフィーアがいた。この混乱に乗じて謁見の間に入って来たはいいけれど捕らえられたエレナを見て血の気が下がったようだ。
フィーアが呆然としていたのはほんの僅かで、直ぐにドレスの合わせから隠し持っていた短剣を取り出して胸元で構え叫んだ。
「デイル! エレナ様を離しなさい!」
「フィ、フィーア! 駄目よ! そんなものは仕舞って!」
まさかのフィーアの行動にエレナは声の限りに叫んだ。
フィーアが剣を使うなんて無茶だ。賢くしっかりしているフィーアが身体を動かす事を苦手としている事はエレナが誰よりも良く知っている。それなのにこの屈強なデイルに立ち向かうなんて無謀過ぎる。
「フィーア逃げて!」
このままではフィーアが傷つけられてしまう。自分の腰に回された腕は太く、フィーアの腕など簡単にポキリと折ってしまいそうだ。けれどフィーアは引き下がるどころか、剣を構えたまま距離を縮めて来る。
頭上からデイルの煩わしそうな溜息が聞こえて来た。心臓がドキリと跳ねる。
(このままじゃ……)
デイルはフィーアをどうにかしようと決めたのか、エレナの腰の拘束を僅かに緩めた。
その瞬間を逃さずエレナは常からは考えられない程の素早さで動き、デイルの腰の剣を鞘から引き抜いた。
唖然とするデイルにエレナは剣を突きつけ、牽制しようとした。けれど、高々と掲げようとした剣を持った右手は呆気なく下がり、体勢を保てない。
(う、嘘?!)
勢いで鞘から引き抜いてみたはいいものの、想像以上の剣の重さに愕然とした。これと同じ様な剣をアレスもライも軽々振り回していたから、自分も出来ると思っていたのに。 現実の厳しさにおののきながら両手を使いなんとか剣を構え直す。
「デイル! あなたがお父様の配下だって事は分かっています。でもアレス様ももフィーアも傷付けさせたりなんてしない!」
いつになく強いエレナの声にデイルは動揺していた様だけれど、退く事なく一歩一歩近付いて来た。エレナの必死の牽制など全く通用していない。
「エレナ様逃げてください」
フィーアの叫びが聞こえたとき、背後からグイと腕を捕まれた。
「あっ!」
直ぐに剣も取り上げられて、それから強い力で身体毎抱き締められる。
「落ち着け」
悲鳴を上げそうになるエレナの耳元で誰よりも愛しい人の声がする。
「アレス様?」
顔を上げると、少し息を切らしたアレスと目が合った。
「大丈夫か? こんな無茶をして」
アレスが心配そうにエレナの身体に視線を巡らす。怪我がないか確認している様だった。
「大丈夫です、アレス様は?」
「俺は問題ない。それよりもうこんな危ない真似はするな、お前が剣を構えているのを見た時、今日一番の衝撃を受けた」
「ご、ごめんなさい。でもデイルが……」
デイルの姿を探そうとアレスの腕の中から身を起こそうとすると、低い声が聞こえて来た。
「アレス様」
声の方を向けばデイルが、肩膝を突いた体勢でアレスに頭を下げていた。
「え……どうして?」
父の配下のデイルがなぜアレスに跪くのか。困惑するエレナを宥める様にアレスが言った。
「エレナ。デイルは神官長の手の者ではない」
「でもキースと一緒にアレス様を捕らえようとしました!」
「それは神官長を欺く為だ」
「欺く?」
「そうだ。エレナにはデイルは武術大会で優勝したから俺の側近にしたと言ってあったな」
アレスが確認する様に言う。
「はい……もしかして違ったのですか?」
アレスは少し気まずい顔をして頷く。
「ああ。デイルは神官長の命令を受けて王宮の騎士になり俺に近付いた。カーナ家の王家支配を止めたいと訴えて来たんだ」
驚くエレナにデイルが控えめな声で続きを言った。
「私はカーナ家の分家の三男として生まれ育ちました。本来は神官長に目どおりは叶わない身分ですが、神官長はなぜか幼い頃から私に目をかけてくれ何度か面会の機会を得たのです。初めは誇らしかったです。ですがカーナ家の内情を知るにつれ神官長への反発が生まれ、このままではいけないと強く感じるようになりました。そんな時王太子殿下への目通りが叶い、私は王太子殿下こそ王に相応しいと感じ忠誠を誓いました」
ガルダがデイルを目にかけていたのは、デイルがカヤと同じくカーナ本家の血を引く子だからだろう。デイル自身はその事実を知らされていない様だけれど。
考え込むエレナにデイルが気まずそうに言った。
「エレナ様、先ほどは無礼を働き申し訳有りませんでした。王太子殿下よりいざという時には何をおいてもエレナ様をお守りする様に命じられていた為強引な真似をしてしまいました」
「アレス様の命令?」
アレスを見つめるとしっかりと頷いた。ならばデイルは裏切り者ではなく、アレスの指示通り動いた忠義の人なのだろう。
(そんな人に剣を向けてしまうなんて……)
「デイル。ごめんなさい無理矢理剣を奪って脅す様な事まで言ってしまって」
「あの混乱の最中、私をカーナ家の兵士と思っていたのだから無理は有りません」
デイルが穏やかにそう言うと、今度はアレスが不機嫌そうに言う。
「だが今後剣は禁止だ。危なっかしくて見ていられない。いいな?」
迫力満点に言われては頷くしかない。
「はい」
アレスは納得したのか、エレナを離し辺りをぐるりと見渡した。エレナもそれに倣い周囲に視線を走らせる。
貴族達はいち早く逃げたのか姿が消えていた。謁見の間に居るのはアレスとエレナ。フィーアとライとデイル。国王とその身を守る近衛兵達。それからいつの間にか入って来たメンデル。そして拘束されたガルダとキースだった。
アレスはエレナをフィーアとデイルに託すとゆっくりとガルダへ近付き宣言した。
「ガルダ・カーナ。今をもってサリア神官長の地位を剥奪する」
ガルダはこれ以上無い程の憎悪でアレスを睨む。それでも国王を操れない今、アレスへの抵抗の術を見つけられないないようだった。口を閉ざしたままのガルダはメンデルの姿を見つけ目を見開いた。
「メンデル、そこで何をしている」
何かを訴える様なガルダの視線を受けたメンデルは、相変わらず蒼白な顔でガルダへ近付いて来た。
「父上。もはやこれまでです」
メンデルの言葉にガルダが怒りを顕にする。
「カーナ家が王家に敗れるなどありえない」
「いえ、我らの負けです。しかしそれは王太子のみの力では有りません。セーラ、エレナ、デイル……我らは身内によって敗れたのです」
「なんだと?」
ガルダはメンデルからエレナへ視線を移す。それから隣で控えるデイルを見つけ顔を強張らせた。
「エレナ、デイル……裏切り者が!」
ガルダの叫びにメンデルは首を横に振った。
「エレナはカーナ家を陥れるつもりは無かったはずです。自らの意志を持ってカーナ家を変えようとしていたのはむしろセーラでしょう」
「セーラ……あの誰よりカーナ家に相応しい娘がか?」
ガルダは信じられないといった様子で呟く。
「そうです。セーラは以前よりカーナ家の有り様を憂いていました。自由な外出は認めていなかったから出来る事は限られていたが、少しずつカーナ家の正体を世間に知らしめようとしていた。王太子が我らに疑問を持ったのも元はと言えばセーラの手で世間に出たほんの僅かの情報からでしょう」
「お前はそんな事でカーナが揺らぐと思うのか?」
「現に揺らいでおります。確かにセーラが放った情報はそれだけでは意味をなさないものだったでしょう、だがアレス王太子はその頼りない情報から真実を見つけ辿り着いた」
ガルダは瞬きもせずにメンデルを見据えている。
「婚儀の後はエレナから情報を得ていたのでしょう。エレナには当家の真実は知らせていなかったが、生まれた時からカーナの姫として育てた娘。些細でも王太子にとっては有益な情報を持っていても不思議はない。それにエレナには人を油断させる何かが有る。あのフリード侯爵もエレナの前で失言をし、結果王太子に最後の秘密を知られる事になってしまった」
(最後の秘密?)
先ほどアレスも言っていた。最期の謎は昨夜解けたと。
(何の事なの?)
ハラハラと見守る中、ガルダが呻いた。
「誰も彼も……時までもが我らの邪魔をしているようだな」
「全てが悪く重なりました」
メンデルは静かにそう言うと、国王に目を向けた。
「陛下。我ら親子は神官長の地位を捨て領地に下りそこで沙汰を待ちます。カーナ公爵の位は筆頭分家の現当主に譲る事とさせて頂きたい」
国王は苦しげな表情で答えた。
「ガルダからは神官長の位と公爵位を剥奪する。次期カーナ公爵については審議の後追って沙汰する」
ガルダはその命令を遠い目をして聞いていた。あれ程恐ろしかった父が今は頼りなく見える。
ライと近衛騎士に連れられ謁見の間を出て行く父をエレナは悲しい気持ちで見送った。親子の情など殆ど無かった関係なのに敗北した父の弱い姿を目の当たりにすると心痛んだ。
ガルダが出て行くとアレスは国王に向き直り言った。
「父上。身体は大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。それよりアレス。カーナ家の陰謀を阻んだこの度の功績見事だった」
「ありがとうございます。ですが私一人の力では有りません」
そう言ってアレスはエレナに手を差し出した。近く来いと言ってるのだと気付き、エレナはアレスの隣に立った。
「陛下。神官長の陰謀を見破れたのは妃の力によるものです。わが妃は実の父親に敵対するのも恐れずひたむきに私を支えてくれたのです」
エレナを優しい目で見下ろしながら流暢に語るアレスにエレナは戸惑い、落ち着かない気持ちになった。
アレスの言った様に立派な事をした訳ではない。ただアレスの事が好きだという気持ちで行動していただけなのだから。それでも国王は柔らかな笑みを浮かべてエレナに言った。
「息子を支えてくれて感謝する」と。




