謁見の間
謁見の間はアレスの執務室の有る中央の王宮の奥深くに位置している。広い廊下を進み現れた両開きの扉の前で立ち止まると、アレスはエレナを見つめて言った。
「何が起きてもエレナの事は俺が必ず守る」
「は、はい。アレス様を信じています」
この扉の向こうに何が待っているのか、エレナには分からない。それでもアレスが一緒に居てくれるから恐いとは思わなかった。
「我々は今はここに残るが中の様子がおかしいと感じたら行動する」
エレナ達に付いて来たメンデルがアレスに言う。メンデルは呼ばれてはいなかったけれど気がかりが有るようでこの場から離れる気はないようだった。
「エレナ様、お気を付けて」
フィーアは当然の様にエレナと共にここ迄来たけれど、部屋の中には許可が無い為は入れない。仕方なく立ち止まり心配そうにエレナを見つめていた。
「フィーア……行ってくるわ」
エレナはそう言いアレスを見つめる。アレスは扉の前に立つ騎士に目線で扉を開ける様に命令した。
両開きの重い扉が鈍い音を立てて開き、アレスと共にエレナはは謁見の間に足を踏み入れた。
サリア王宮の謁見の間には高い窓からさんさんと光の束が降り注いでいた。高い窓の外には青い空が見える。
カーナ家に支配されているサリア王家の謁見の間がこれ程解放的である事が、今はなんだかおかしく感じる。
部屋の所々に立つ支柱の影が紺青色の絨毯に長い影を作っている。それらに目を遣りながらアレスに付き従い玉座へと進んで行く。
近付くにつれ国王の顔がはっきりと見える様になった。長く病を患っているせいか頬はこけ、髪はすっかり白くなっている。纏う気配は静かで、国王からは生気を感じる事が出来なかったけれど、唯一その青みがかった瞳だけは僅かに意思の光が感じられた。
玉座から一定の距離を置いて立ち止まるとアレスは臣下の礼を取り頭を下げた。
「陛下、お召しにより妃と共に参りました」
エレナもアレスに習い礼をする。アレスは一切態度に出してはいないけれど、エレナは国王の隣に神官長の姿を見つけ動揺していた。
父が何を企んでいるのかは不明だけれど、父と神官長は以前から仲が良い。それは暗示によって作られた関係かもしれないけれどこの場で国王に神官長の味方をされてはアレスが不利になるのではないかと不安になる。
アレスが顔を上げると国王が口を開いた。
「王太子アレス」
その声は実の息子に向けるものとは思えない程冷ややかだった。アレスは黙って次の国王の言葉を待っている。
「カーナ家より名誉毀損と脅迫の訴えが起こされている。その様な事実は有ったのか?」
「話し合いはしましたが法に背く真似はしておりません」
アレスは自信を持って言う。国王の顔が歪んだ。
「カーナ家からの訴えを無視は出来ない。もしそれが事実なら私はお前を廃嫡せねばならなくなる」
(廃嫡? まさか……)
廃嫡とは跡継ぎとは認めないと言う事。アレスを王太子の地位から降ろすという事だ。
アレスはそれでも顔色を変えない。ただ握った手にぐっと力を込めたのが見えた。
それから直ぐにアレスの反撃が始まった。
「先ほども申し上げましたが私は法に背く行為はしておりません。国王陛下と言えど非の無い私を王太子の地位から追う事は出来ないはずです」
「だが神官長はお前に非が有ると言っている」
眉をひそめた国王の発言に、周囲の高位貴族も同意する様な非難の目をアレスに向けて来た。
(周りはみんな敵みたい)
冷ややかな視線に晒されるアレスが心配になる。許されるなら寄り添って励ましたい。
エレナの心配をよそにアレスは怯む事無く反論した。
「陛下。神官長の話を鵜呑みにするのはお止め下さい。神官長の訴えは偽りです」
「なんだと? だが……」
ぶれる事なく訴えるアレスの姿に押されたのか国王は弱気な声を出し、助けを求める様にガルダに顔を向けた。
ガルダはそれまで憎憎しげにアレスを睨んでいたけれど、国王に向き直りその目を射抜く様に見つめて言った。
「陛下。どうやらアレス王太子には良くない幻覚が見えているようです。これではとても王太子の職務は果たせないでしょう。王太子殿下には長期的な静養に入って頂くべきかと存じます」
一見提案しているそれは、実際は命令だった。
国王はガルダの言うがままに頷くと、右手を上げて近衛騎士に合図を送る。
「王太子アレスを拘束しろ」
国王の命令を受け、騎士達がアレスの下に近付いて来る。その中にエレナの護衛騎士キースとアレスの側近のデイルの姿を見つけエレナは胸を突かれる様な衝撃を受けた。
キースがアレスの敵に回るのは分かるけれど、デイルはアレス自らが側近にした人物だ。カーナ本家の遠縁と分かっていながらその人柄を買い信用していたはずだ。そんな人物の裏切りを受けてアレスがどれ程傷付いているのかと思うと、苦しくなった。
(私だけはアレス様を守らなくちゃ!)
エレナはアレスの腕を引くと早口で訴えた。
「アレス様! 逃げてください、このままでは捕らえられてしまいます!」
「エレナ、大丈夫だから下がっていろ」
慌てるエレナに対しアレスは驚くくらい悠長に構えているように見える。
「大丈夫と思えません。陛下はお父様の言いなりではないですか!」
「そうだな、完全に支配されている様に見えるな」
「だったら早く……」
そんなやり取りをしている内に、いつの間にか近衛騎士達が目前に迫っていた。
「こ、来ないで!」
咄嗟にアレスの前に立ちふさがり、騎士達に声高に告げた。
エレナの行動に驚いたのか騎士達の足が止まる。けれどキースだけは止まらずエレナの目の前まで来ると、蔑みの目をして見下ろして来た。同時にエレナの肩はグイと引かれ、そのままアレスの背後に隠されてしまった。
「アレス様……」
「エレナはそこから動くな」
アレスはこんな時なのに優しい目でエレナを見る。
まるで不安を感じていないような態度だった。けれどキースに向き直ったアレスからは一転して相手が臆してしまう様な威圧感を放っていた。
「王太子妃護衛騎士キース、いやカーナ家ではもっと違う地位に就いているんだったな……いずれにしろお前の出る幕ではない。下がっていろ」
アレスの言葉にキースの顔が怒りに赤く染まった。
「何を偉そうに……お前はもう王太子ではない。その様な口は二度と聞けない様にしてやる! お前達、アレス元王太子を捕らえろ!」
「や、止めて! キース下がって!」
叫びながらアレスの前に飛び出そうとしたエレナは直ぐに強い力で動きを止められる。
「アレス様?」
肩に回されたアレスの腕はエレナが身動きしてもびくともしない。離す気は無いし、ここから逃げるつもりもない。アレスの強い意志を感じ、エレナは身体の力を抜いた。
(アレス様が何を考えているのか分からない、でも……)
この部屋に入る時、何が有ってもアレスを信じると心に決めていたんだった。恐い気持ちは有るけれど、黙ってアレスに付いて行こうと思った。
エレナが大人しくなったのを確認するとアレスは腕を放し、キースと背後の近衛騎士に向けて言った。
「お前達は神官長の訴えが正しいと思っているのか?」
その問いかけに多数の騎士達の顔に困惑が浮かぶ。アレスは間を置かずに発言を続けた。
「神官長と国王のやり方が少しでもおかしいと感じているなら動かず成り行きを見ていろ。これから王との決着をつける」




