表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/37

過去の恋

「エレナが急に俺から離れようとしたのはその事が原因か?」


「え?」

「考えてみればエレナの様子がおかしくなったのはマリカと会ってからだ。気付かなかった俺も迂闊だったが、どうしてその時言わなかったんだ?」


「それは……言えませんでした。だって聞いてもアレス様に“お前には関係ない”とか“余計な詮索をするな”とか言われるだろうと思ったから。それにマリカ姫を好きだってアレス様の口から聞いたら私立ち直れませんでした」

「でも今は聞けるのか?」

「今は……」


 アレスはエレナの考えを見透かされている様で落ち着かない気分になった。答えなくてもアレスは答えを知っていそうだと感じる。


「アレス様が私を本当の妃にすると言ってくれたから少しだけ自信がついたんです。前みたに拒絶されないだろうって……でもそれでもマリカ姫はとても綺麗でお二人は親しそうに見えるし、アレス様達が一緒にいる所を見ると不安になります」


 もっと自信が持てたらいいのにと思う。何が有っても揺らがずにアレスを信じる強い心があればいいのにと。けれど今はまだアレスの気持ちを言葉にして貰わないと不安だった。


 どうか違うと言って欲しい。そうすれば不安や嫉妬から抜け出せるのに。


「エレナは本当の事が知りたいんだろう? それがエレナにとって嫌な事でも」


 心臓が小さく跳ねた。アレスがこれから言う事は良くない事なのかもしれないと感じる。聞くのが怖い。でも嘘で誤魔化されるのはもっと嫌だった。


「聞きたいです」


 アレスは頷き、口を開いた。


「エレナが聞いた噂は本当だ」


「本当……?」

「エレナが聞いた噂の通り俺はマリカを愛していた。いつか妃にしたいと思っていたし、マリカもそれを望んでいた」


 自分から聞きたいと言ったのに、真実を知りたいと思ったのに、覚悟が足りなかったのかもしれない。真実を告げられた今、衝撃が大きくて上手く言葉が出て来ない。


 動揺が顔色に表れているのか、アレスが労わるようにそっと手を握って来た。


「だが誤解するな。その気持ちはもう過去の事で今の俺が妃に望んでいるのはエレナだけだ」

「アレス様……」


 声が震えてしまう。エレナの手を握るアレスの手に力が篭った。


「エレナを傷つけると分かっていたが、いずれ他から知ってしまうかもしれない。だから俺の口から言った。不安な事や知りたい事が有るなら今言って欲しい、後から一人で悩んだりするな」


 アレスの言葉は衝撃だったけれど、誠実さも感じられた。過去は変えられないけれど、きっと今のアレスはエレナの不安を受け止めてくれると思えた。


「私との結婚が決まった時も婚礼の儀の後も、アレス様はマリカ姫が好きだったのですよね?」


 答えを聞いたら更に傷付いてしまうと頭で分かっているけれど、聞きたかった。


「ああ。エレナとの結婚は国王と神官長が決定した事だから断る事は出来なかった。マリカにはその時別れを告げた。1年後子供を授からない事を理由にエレナとの離縁が成立したとしてもカーナ家の姫に代わりマリカが王太子妃になるのは難しい。叶ったとしてもどれだけ時間がかかるか分からない。そんな不確かな状態で待たせる事なんて出来なかった」


「それは、マリカ姫の事をとても大切に思っていたからですよね? だからこそ別れを告げたんですよね? 」


 アレスの気持ちを聞く程心が苦しくなった。


「マリカには罪悪感も持っていた。マリカは俺より五歳年上だから貴族の姫としては婚期を逃している。俺を待ってくれていた為だ。そんなマリカを裏切るしかなかった自分が許せなかった」


 アレスは苦しそうに言う。普段感情を表に出さないアレスのこんなはっきりした心の動きを見るのは二度目だと思った。


「アレス様はずっとマリカ姫の事を想っていたんですね……私が始めてマリカ姫と会った夜会の時もアレス様はマリカ姫をとても苦しそうな目で見つめていました」


 その時の光景は今でも忘れられない。切なくマリカ姫を見つめていたアレスは、彼女を追って中庭へ消えて行った。


「それは違う!」

「え?」


 ビクリとして顔を上げる。どういう意味なのだろう。


「あの夜確かに俺はマリカの事を考えていた。だがエレナが思っている様な気持ちからじゃない」

「でも……アレス様はマリカ姫を追って中庭に出て行って長く戻りませんでした」

「それはマリカに話しておきたい事が有ったからだ。ニルソン家は神官長に睨まれ謹慎していたと言っただろう? ようやく訪れたマリカと話す機会だった。だから俺達の仲について噂が有るのは知っていたがそれでもマリカを追いかけたんだ」

「それ程……大事な話だったんですね」


 二人の間の会話が何で有ったのか気になった。でもそこまで踏み込んで聞いていいのかと躊躇った。アレスの気持ちを聞く事は許されたとしても、マリカ姫についてはそうではない気がしたから。けれど、エレナの心を読んだのかアレスから言ってくれた。



「あの時、俺はマリカにもう待たないでくれと告げたんだ」

「……マリカ姫は私が王太子妃になった後もアレス様の事を待っていたのですね」


 アレスが約束は出来ないと別れを告げてもそれでも僅かな希望を捨てずに健気に待っていたのだろう。そしてアレスはその事に気付いていた


「そうだ。だが俺はマリカの想いに応える事が出来なくなっていた。エレナと別れてもマリカには戻る事はない。その事をはっきり伝えた」

「どうしてですか? アレス様もマリカ姫を想っていたのですよね?」

「いや、エレナに伝えてはいなかったがあの頃はの俺は既にエレナに惹かれていた。神官長の事も有るし自分でもどうすれば良いのか迷っていたが……マリカにはその気持ちを直接伝えたかった。そして心変わりしてしまった事を謝りたかったんだ」


 アレスの言葉は思いがけないものだった。あの頃のアレスはエレナにとても冷たくて、まさかそんな風に想ってくれているなんて考えてもいなかったから。だけどアレスは切なさを感じる微笑を浮かべて言った。


「マリカは受け入れてくれた。そんな気がしていたとも言われた。エレナに対する俺の態度を見て察していたのだろう」

「アレス様は考えている事が顔に出ないのにマリカ姫には分かるのですか?」

「長い付き合いだからな。上手く隠しているつもりでもマリカには見抜かれる事が良くあった」

「……そうなんですか」


 それだけアレスとマリカ姫の間の絆は深いと言う事なのだろう。


「アレス様は本当に私なんかでいいのですか?」


 マリカ姫の様に役に立つ家の出ではない。それどころか敵対しているカーナ家の人間だ。王太子妃としての政治力も明らかに不足しているし、アレスの力になる様な人脈もない。


(それに私よりマリカ姫の方がアレス様をずっと理解している)


 好きな気持ちは誰にも負けないつもりだけれど、全てにおいてマリカ姫に劣っている事実が自信を失わせる。


「エレナを真の妃にすると決めたのは俺自身だ。誰に強要された訳じゃない」

「アレス様……」

「だから何時までもそんな暗い顔をするな。それともエレナは俺に他の女を選べと言うのか?」

「そ、それは嫌です!」


 反射的に声を高くして反論する。アレスが他の女性とだなんて考えたくない。マリカ姫の方が相応しいとは思うけれど、アレスを諦めるのは嫌だ。アレスは小さな笑みを浮かべた。


「冗談だ。だがもう自分が卑下するような事は言うな。俺は今のままのエレナを気に入ってる」

「はい……ごめんなさい。私自信が無くて不安になってしまって。でもアレス様と離れたい訳じゃないんです。ただ私で良いんだって言って欲しかったんだと思います」


 無意識に「自分でいいのか」などと言ってしまったけれど、アレスが否定してくれる事を願っていたんだと思う。


「だったらそう言えばいい。素直で正直なのはエレナの長所だろう?」

「……アレス様」


(アレス様が私の長所を言ってくれた)


 初めての事かもしれない。心の中に喜びが湧き上がり、劣等感が消えて行く。


「アレス様ありがとうございます。私、とても嬉しいです」


 これからもアレスには正直でいようと思う。この気持ちを何時までも忘れたくない。


「納得したようだな。他に聞きたい事は有るか?」


 微笑むエレナに、アレスがほっとした様子で言った。


「ええと……ではマリカ姫の事であとひとつだけ聞きたいです」

「なんだ?」

「今日の夜会の時、アレス様はマリカ姫とどこかに行かれたんですか?」

「夜会の時?」


 アレスは一瞬眉をひそめたけれど、直ぐにエレナの言葉の意味が分かった様で頷いた。


「マリカからは報告を受けていた。ニルソン家には裏で動いてもらっている。主に調査活動だがその結果だ」

「調査活動? ではマリカ姫がおっしゃっていた良くない事ばかりと言うのは……」

「良くない報告ばかりと言う意味だ」

「……そうなのですか」


 マリカ姫は今でもアレスを仕事の面で支えてくれいているという事だ。マリカ姫の表情は明るく力が有り時折微笑みさえ浮かべていた。失った恋を嘆いている様には見えなかった。傷付いていないはずはないのに、自分の力で辛い気持ちを乗り越えたんだろう。とても強い人だと思った。


「マリカには感謝している。あんな事が有った後も俺の為に動いてくれている……彼女には幸せになって欲しいと思っている」

「はい。私もそう思います。いつか必ず」


 マリカ姫だけでなく皆が幸せになれたらいい。穏やかで優しい日々を送りたい。


 でもそう考えると頭に浮かんで来るのは父親の姿だった。


 それから銀の髪の青年。


 エザリア王女の夫、フリード侯爵。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ