父と兄
視線を感じならがら自分に用意された席に着く。
温かみのある乳白色の生地に豪華な金糸の刺繍を施されたドレスと、黄金のティアラ。
乳母とフィーアと相談して決めた衣装だけれどアレスはどう思ったのだろう。一月ぶりの再会と言う事も有り、強く意識してしまう。
今夜のアレスは、エレナとは対照的な黒衣に身を包んでいていつも以上に隙の無い鋭さを感じる。
幼い頃読んだ物語に出て来る理想の王子。それ以上に素敵に見えるアレスを見ていると顔が熱を持ってしまう。
(まだ夜会は始まったばかりなのに)
先ほどから刺激的な事が続き過ぎて、少しも心が休まらない。動揺が出てしまっているだろう顔を扇で隠すのと同時にアレスに声をかけられた。
「久しぶりだな」
ドキリとしながらアレスを見つめる。一見無表情だけれど、その瞳には優しさが垣間見られる。
「はい……アレス様、お元気そうで良かった」
感極まり思わず泣きそうな気持ちになりながら言うと、アレスは少し困った様子で小さく頷いた。
人目があるから無理だけれど本当はもっとアレスに近寄りたい。離れていて寂しかったと訴えたい。
アレスが困った表情を浮かべたのはそんなエレナの気持ちを見透かしているからかもしれない。
「今夜は神官長だけでなくメンデルも来ているようだ」
「お兄様が?」
次代の神官長である兄のメンデルは騒がしい事を嫌い、夜会には神官長以上に滅多に顔を出さないから意外だった。
「お父様とお兄様……今夜の主賓はエザリアのフリード伯爵ですよね? フリード伯爵は先日もサリアにいらっしゃっいましたけど、その時もお父様は夜会に出ていましたよね」
アレスは難しい顔をして頷いた。
「フリード家はエザリアの外交を担っている。その為のサリア訪問だがカーナ家は個人的にも繋がりが有る様だな」
「そうなのですか? カーナ家に居た頃、フリード伯爵の話題なんて聞きませんでしたけど」
目を丸くするエレナにアレスは気まずそうに言う。
「それはお前が知らされていなかっただけだろう。フリード家がエザリアの外交担当の地位に就いたのはもう1年以上前の事だ」
「そ、そうなんですか」
「それからフリード伯爵ではなく、フリード侯爵だ。間違えるなよ」
「え? 爵位が上がったのですか?」
伯爵から侯爵へ位上げするなどサリアの貴族社会では滅多に無い事だ。エザリアでは違うのだろうか。
エレナの疑問に答える様にアレスが言った。
「フリード家に降嫁したローズ王女が懐妊したそうだ。そのせいも有って位上げになったのだろう」
「懐妊?」
エザリア王女の結婚についてはエレナも聞いていた。サリア王家からもカーナ家からも使者が婚礼の儀に参加している。けれど詳しい事は知らなかった。
「それでは先日お会いした時は既にエザリア王女を奥方様に迎えていたって事ですよね?」
「そうだが……まさか知らなかったのか?」
アレスが信じられないといった視線を向けて来る。
「すみません……王女の婚礼の頃、私はアレス様との結婚の事しか考えていなかったので」
また呆れられてしまったと自覚しながらも、嘘は吐けないので仕方なく頷く。少しの沈黙の後、アレスが気を取り直した様に言った。
「とにかくフリード侯爵はただのエザリア貴族ではない。そして神官長とは個人的な関わりがある。油断は出来ない相手だ」
「は、はい、分かりました。私も気をつけます」
「いや、エレナは普通にしていればいい。だが無闇に侯爵に近付くな。それから絶対に一人にはなるなよ」
「……はい」
アレスはフリード侯爵に対して、そして父に対してかなり警戒しているようだった。
(湖で襲って来た兵士の事はどうなったのかな?)
考えたくないけれど、カーナ家が何か関係しているのだろうか。アレスに尋ねようとしたけれど、エレナは言葉に出来ずに口を閉ざした。アレスが険しい目で、広間の方を見つめていたから。
視線を追うと、父ガルダと兄メンデルが近付いて来るところだった。
メンデルはアレスの席の前に立つと形ばかりに頭を下げた。ガルダは何時も通りの冷たい目をアレスに向ける。メンデルは何の感情も浮かばない顔でガルダの隣に控えている。一通りの挨拶を終えると、ガルダはいつかの様にエレナに声をかけて来た。
「久しいな」
そう問いかけながらもガルダの目に父親らしい情の念が浮かぶ事は無い。相変わらずの緊張感に襲われながらエレナは頷いた。
「はい」
「賊に襲われたそうだが、問題は無いようだな」
続いたガルダの発言にエレナは眉をひそめた。
どうしてその事を知っているのだろう。
チラリとアレスの様子を窺う。
何を考えているのかまでは分からないけえれど、アレスは険しい目をガルダに向けていた。
アレスはこの話題を不快に感じている。そう察してエレナはガルダ、依然として黙ったままたのメンデルを見つめながら言った。
「大丈夫です。それよりもお兄様がいらっしゃるなんて驚きました」
メンデルは自分に声をかけられた事で、ようやくエレナに目を向けた。
「努めだから来たが、しばらくしたら私は退がらせて貰う」
「お兄様は昔から賑やかな場所が苦手ですから、この様な席は疲れてしまうかもしれませんね」
メンデルは気乗りのしない様子で頷く。嫁ぐ前から関わりの薄い兄妹だったけれど相変わらずエレナに対する関心は薄い様だ。
「……セーラ姫は元気ですか?」
「なぜだ」
エレナの言葉に、メンデルはそれまでの無関心が嘘の様に強い反応を見せた。
「あの……最近見かけないのでどうしているのかと思って」
戸惑いながら応えるエレナに、メンデルは何か言おうと口を開いた。けれどそれより先に神官長がエレナを見据えながら切り捨てる様に告げた。
「お前には関係が無い事だ」
そのあからさまな拒絶にエレナは黙り込んだ。
神官長とメンデルはそんなエレナに声をかける事もなく連れ立って王族の席から遠ざかって行った。
二人の後ろ姿を見送りながら、エレナは溜息交じりに呟いた。
「お父様は本当に私が嫌いなのね」
その独り言に近い発言に、アレスは声をひそめて応える。
「お前が嫌いと言うより、触れられたくない所に踏み込んで来られたのが気に入らないのだろう」
「触れられたくないところ?」
「セーラの事だ。その名が出た時のメンデルの様子は明らかにおかしかった」
「そうですね……確かに、お兄様は急に恐い顔をなさいました」
それまでエレナなど眼中に無いと言った態度だった兄が急に苛立ちの視線を向けて来た。
「まあ、あれは俺も驚いたがな」
アレスは苦笑いを浮かべて言う。
「どうしてですか?」
「俺達は今、セーラの事を調べている。そんな中何事も無い様にセーラの様子を聞くのは難しい」
「あの時はお兄様との話題が無くて咄嗟にセーラ姫の事を言ってしまったんです。だからあまり深く考えていなくて……」
「そうだろうな、だがおかげでメンデルの反応を見る事が出来た」
「お父様とお兄様の考えがわかりません……それにセーラ姫がどうしているも」
彼女は神殿に篭り一体何をしているのだろう。
気になりながらも、いつまでもアレスと話している訳にはいかない。貴族達からの挨拶を受け、一言二言声をかけていく。
皆アレスの前では緊張している様子だけれど、エレナには柔らかな笑顔を見せる。アレスがその様子を見てポツリと言った。
「お前は人を油断させる才能があるな」
「でもアレス様はなかなか油断してくれませんでしたよ」
エレナが応えるとアレスは僅かに笑みを浮かべた。
(アレス様……笑ってくれた)
あまり人前では馴れ馴れしくしてはいけないと分かっているけど、嬉しくなる。アレスがエレナの事を受け入れてくれている事を感じる事が出来るから。




