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従姉妹


「フィーア……ありがとう」


 フィーアは僅かな躊躇いを見せたけれど、もう仕事は終わってしまったからか下がろうとするのをアレスが引き止めた。


「フィーアお前も座れ」

「はい」


 フィーアはアレスに示されたエレナ達の斜向かいの椅子に浅く腰掛けた。



「朝の遠乗りで立ち寄った湖で襲撃を受けた」


 アレスが事実を淡々と言うと、フィーアは切れ長の瞳を大きく見開いた。


「敵の正体はまだ分からないが、この件が解決するまでエレナの遠乗りは禁止だ」


「はい」


「それからエレナの護衛に、俺の配下の者を付ける。エレナには神官家の護衛兵が付いているがそれだけでは十分では無い」


 アレスの言葉に「はい」と頷きながらもフィーアは浮かない顔をした。それを見逃さずにアレスが言う。


「何か問題が有るのか?」


 フィーアは躊躇う様子を見せながら言う。


「護衛兵達はエレナ様の命令より神官長様の命令に忠実です。アレス様が自らの側近をエレナ様に付けた事は直ぐに神官長様の耳に入ってしまうでしょう」


「こちらの動きを神官長に知られるのは避けたいが今はそうは言っていられない。王太子妃であるエレナも敵に狙われる可能性が無いとは言えないから俺の信頼する部下を近くに置きたい」


 フィーアは納得した様子で「はい」と頭を下げる。けれどまだ気がかりが残っている様で、浮かない顔のままアレスに進言した。


「もう一つ気になる事が有ります。最近神官長様がエレナ様の護衛に任命した兵士は言動に問題が有ると聞いています。王太子殿下の部下の方と衝突するかもしれません」


 知らなかった事態にエレナは驚き反射的にアレスに目を向ける。アレスは動じた様子は無くゆっくりと頷いた。


「その件は俺も報告を受けている。王宮に入ったばかりなのに神官長の権威を傘に着て随分と好き勝手な言動だそうだな。厄介だが今すぐ追放する事は出来ない。俺の部下になんとか上手くやって貰うしかないな」


 真剣な表情で話し合うアレスとフィーアから、エレナは複雑な想いで目を逸らした。

 二人の会話は自分が知らない事ばかりだったし、話に付いていけそうにない。自分の護衛兵の事なのに何も知らない自分が情けなくなる。


(このままじゃいけない)


 アレスの妃としてこの先も一生側に居たいと願っている。それならばもっと自分がアレスに近付かないといけない。ただ恋する気持ちだけでアレスの隣で幸せに浸っているだけでは駄目なんだと実感した。





***




 サリア王太子妃の居間の南側の大きな窓からは、美しい庭園の景色が良く見える。


 若い王太子妃を満足させる為に、サリアでも最高の腕を持つ庭師が造り上げた庭は、世界一の大国エザリアの姫も感嘆の溜息を吐くであろう程素晴らしいものだった。



 その日の王太子妃の庭園は朝方降った小雨が木や花の葉に付きキラキラと光を放ち、常以上に清涼な美しさに溢れていた。


 磨きこまれた窓に手を付きぼんやり外を眺めていたエレナは表情を曇らせ小さく零した。


「つまらない」


 その小さな囁きを聞き逃さなかったフィーアはかなりの仏頂面になりながら早口に言った。


「この庭を見て“つまらない”なんて言う姫君はエレナ様くらいですよ」


 エレナは外の景色から視線を移し、フィーアを不満そうに見た。


「だって遠乗りが禁止になってしまったからアレス様にもう7日も会ってないのよ?」


「しょうがないじゃないですか。王太子殿下はエレナ様の安全を考えて遠乗りを禁止されてるのですから」


「それは分かってるけど……早く全て解決すればいいのに」


 湖で謎の兵士に襲われてから七日経ったけれど、兵士の正体は未だ不明のままらしく、エレナの遠乗り禁止令は解かれないままだった。


 それどころかアレスが日中に政治を執り行う中央の王宮に行くにも許可が必要で、以前の様に気安く歩き回る事も出来なくなっていた。


「それにしてもエレナ様の緊張感は持続力が無いですね。初めは怯えていらしゃったのに、たった七日でもうつまらないって……」


 フィーアの呆れた様な視線を感じ、エレナは取り繕う様に言った。


「緊張感が無くなった訳じゃないわ。今でもあの時の恐さは忘れてないし、アレス様の事が心配で仕方無いもの。でも私はここに居るだけで何も出来ないでしょう?私だってアレス様の役に立ちたいし助けになりたいのに出来る事が見つけられないんだもの」


 アレスはエレナに会いに来ないけれどその行動は完璧に把握していて、無茶な事をしない様にと行動を制限されている。


「王太子殿下はエレナ様には安全な場所に居て欲しいんですよ。そうでないと気になって自分の仕事に支障が出てしまうんだと思いますよ。とにかく今は耐えるしかありません」


「フィーアの言う通り私はアレス様の邪魔にならないように大人しくしてるのが一番なんでしょうけど……」


「そうです。どうか突飛な行動は謹んで下さいね」


「わかってる。でも少しくらい状況を教えてくれてもいいと思わない?」


 首をかしげて聞くと、フィーアはハアと溜息を吐いた。


「エレナ様は気持ちが直ぐ顔に出てしまう性質ですからこちらの思惑が敵に読み取られてしまいます。だから王太子殿下も話す時期を考えてしまうのでしょう」


「それなら顔に出ない様に訓練するわ」


「止めませんけど無駄だと思います。人には向き不向きが有りますから」


 いつかも言っていた様な台詞を吐き、フィーアはエレナ用にとお茶を入れてくれた。


「ありがとう」


 窓辺から居間の中央の長椅子に移動して、お茶をゆっくりと飲む。


「お茶でも飲んでゆっくりとこの素晴らしい庭園の景色を楽しめば気分も良くなりますよ」


 フィーアに言われ、エレナはちらりと窓の外に目を向けた。けれどこれと言って心惹かれるものなどなかった。確かに素晴らしい庭だけれど毎日見ていれば感動も薄くなってしまうものだ。



 早々に外の景色を眺める事を止めぼんやりと過ごしていると、忙しく動き回っていたはずのフィーアがエレナの下にやって来て難しい顔をした。


「どうしたの?」


「報告が有ります」


「報告? もしかして……」


「エレナ様が解決を期待していらっしゃる“謎の兵士”の件とは別件になりす」


 では一体何が有ったのだろう。


「セーラ様とカヤについて新たな情報が入りました」


「あっ、そうだわ。ふたりの事を調べていたのよね」


 初めはエレナが勘で命令をしたカヤの調査が、今はアレスの思惑でセーラとカヤの調査になっていた。


「それで何が分かったの?」


「前回の報告でカヤが北の神殿に足しげく通っているとお話しましたが、実はセーラ様も北の神殿に滞在している事が分かりました」


「セーラ姫が?」


 驚くエレナにフィーアが眉間にシワを寄せながら言った。


「そうです。エレナ様には決して近付くなと命じていた北の神殿にセーラ姫は近付くどころか滞在しているのです。それを許したのはメンデル様です」


「お兄様が……」


「はい。ですが神官長様が知らない訳は有りませんから、神官長様も許可しているという事になります」


 脳裏に険しい表情の父親の姿が思い浮かぶ。

 エレナにはどこまでも冷たく厳しい父だけれど孫のセーラ姫に対しては違うのかもしれない。


(セーラ姫にだけ神殿に入る許可を与えたのだから)


 少しだけ心が痛む。



「……セーラ姫は北の神殿で何をしているの? 滞在って事はずっと居るって事よね?」


「何をされているのかは分かりません。情報を集めている侍女も神殿には近づけませんから。ですが、セーラ様が神殿に篭る様になったのはエレナ様が一時帰宅した直ぐ後の事だそうです」


「あれからもう大分経つわ。そんな長い間ずっと神殿に篭っているの?」


「はい。カヤが神殿に通っていたのはその為です。恐らくセーラ様の身の回りの事をしていたのでしょう。神殿でセーラ様に付いている侍女はカヤだけだそうですから」


「そう……」


 セーラ姫は本当に何をしているのだろう。どうして父はセーラ姫にだけ神殿への滞在を認めたのだろう……分からない。


 けれど、父とセーラ姫の行動に意味が無い訳がない。何か考え付いた訳ではなく、それは本能的なものだった。


「フィーア。今の事をアレス様に知らせて。それからセーラ姫の事もっと調べて」


 エレナはフィーアに調査の継続を命令した。

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