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諦めの言葉

 アレスは自分の側近も下がらせた。思いがけずに二人きりになった事で慌ててしまう。


「ここで何をしている?」


 アレスの声はあくまで冷静で、悪い事をしている訳ではないのに体がビクリと震えてしまった。


(これじゃあ後ろめたい事があるみたいじゃない)


 こんな時、流暢に話す事が出来ない自分に腹が立つ。かと言って急に性格を変える事など出来る訳も無いから、いつもの様に一方的にアレスに問い質される状況になってしまった。


「風邪をこじらせ臥せっていると聞いていたが、もうすっかり元気そうだな」


「風邪?」


「お前の女官からそう報告が有った」


「女官が?」


 怪訝な顔をするエレナを見て、アレスは機嫌が悪そうな表情になった。


「そうだ。偽りの報告だった様だが」


「偽り?」


「初めから風邪などひいていなかったはずだ」


「あ……」


 なぜそんな話になっているのか分からないけれど、アレスの機嫌を損ねてしまったのは確かだった。誤解を解かなくてはと焦る気持ちが襲って来たけれど、言葉を発する前に気がついた。


 もう弁解する必要は無いのだと。


 今まではアレスに呆れられたくない、嫌われたくない一心でこんな時は必死に自分の気持ちを伝え、分って貰おうとして来た。けれどアレスへの想いを諦めた今、余計な事を言ってアレスを煩わさない方がいい。


「女官が勘違いしたのだと思います。申し訳ありませんでした」


 それだけ言い、静かに頭を下げた。


 アレスはいつもの通り呆れた顔をするだろうけれど、追求はして来ないだろう。元々エレナの事に関心などないのだから。エレナから話しかけなければ会話だって続かないのだから。


「もういい」その一言を頭を下げたまま待っていた。


 けれどいつまで経ってもアレスからは何の反応も無かった。


 不審に思い顔を上げる。アレスは険しい顔をしてエレナを見下ろしていた。


「……アレス様?」


「どういうつもりだ?」


「え?」


「突然俺を避ける様になったのはなぜだ?」


「アレス様を避けているつもりは……」


「何を言っても止めなかった朝の遠乗りに突然現れなくなった。女官は具合が悪いと嘘をつく。これで避けていないと言えるか?」


 アレスの声は厳しくて、怖さで体が震えそうになる。


(こんなに怒るなんて思わなかった)


 エレナが何をしていても関心なんて持たないと思っていたのに。


 アレスの怒りの理由が分らない。何も言えないでいると更に苛立った声で責められた。


「神官長の命令か? 夜会の後カーナ家から何か指示を受けたのか?」


 その言葉でアレスの態度の理由が分った。アレスはエレナの行動をカーナ神官長の意向と取っているのだ。


 自分はカーナ家の娘だけれど、アレスの味方のつもりだった。三月の間心を込めて接して来たつもりだけれど、そんな気持ちは何一つ伝わっていなかった事がとても悲しかった。


「……お父様とは何も話していません。夜会の時に会ったきりで手紙も有りません」


「ではなぜ急に態度を変えた?」


 アレスは、理由をはっきりと言わないと納得しないのだと悟った。納得しなければ何時までもエレナを疑い、警戒し続けるのだろう。それはエレナにとって悲しい事だし、アレスにとっても心休まらない苦しい事だ。そんな想いはしたくない。


「アレス様。私が遠乗りを止めた事にカーナ家は関係有りません……ただ私が納得しただけの事なんです」


「納得?」


 アレスが怪訝な顔をする。


「はい。いつかアレス様に言われました。お前は無駄な事ばかりすると。離縁する事が決まっているのにアレス様に近付こうとする私の行動を見てそう思ったんですよね」


「……それが今回の件とどう関係するんだ?」


「私はその時こう答えました。何もしないで諦める事は出来ない、自分が納得する迄は諦めたなくないと」


 アレスの表情が僅かに変わった気がした。きっとエレナの言いたい事を察したのだろう。


「私、ようやく納得出来ました。九月後の離縁を受け入れます……もうアレス様に付きまとったりはしません」


 覚悟を持って宣言する。その瞬間大きな悲しみが襲って来たけれど、アレスの前で泣く事だけはしたくなくて必死に堪えた。



 告げればアレスは喜ぶと思っていた。エレナから解放され煩わしさから解放される事。離縁への障害が減り、マリカ姫との未来が開ける事で。


 けれどアレスの反応は想像と違っていた。微笑むどころか、スッと目を細め冷ややかにエレナを見据えて言った。


「なぜ急に納得した?」


 低い声。まるで怒っている様にも感じる。


(アレス様どうして?)


「答えろ」


 より一層冷たい声音で答えを促される。


(怖い……)


 こんな展開になるとは思っていなかった。どんな言い方をすればアレスが納得するのか分らない。


 アレスとマリカ姫の邪魔になりたくない。幸せな二人を引き離した罪悪感で苦しい。名前だけの妃で居る事が辛い。

 想い合う二人を見てとても惨めになった。これ以上傷付きたくない。


 アレスの気持ちが自分に向く事は無いのだと分かってしまった。


「……私、報われない気持ちがずっと苦しかった。限界が訪れたんです。アレス様の事を諦めようと思ったら楽になりました。離縁迄の残された時間は穏やかに過ごしたい……ただそれだけです」


 それは本当の気持ちでも有り、嘘でも有った。

 苦しかったのは本当だ。でも諦めても決して楽にはなれない。


 アレスはしばらくの沈黙の後、「分った」とただ一言を残してエレナの前から去って行った。



 その日の夜は久しぶりに大泣きした。


 どうしてあんな言い方しか出来なかったのだろう。不器用な自分が嫌になる。自分から離れたのにアレスが恋しくて仕方無い。


 諦めると決めたのに想いは募るばかりだった。


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