4.火眠りの実
ある日、村の外れで、赤い実のついた低木を見つけた。
葉は細長く、枝には小さな棘がある。実は鮮やかな赤色で、表面に白い斑点が浮かんでいた。
私はしゃがみ込み、じっと眺めた。
――植物名: 火眠りの実
――分類: 木本植物(低木)
――状態: 成熟果実、魔力反応中程度
――生息環境: 日当たりの良い乾燥した土地
――毒性: 強い神経毒(摂取すると呼吸抑制、意識混 濁。成熟果実は特に危険)
――薬効: なし(理論上、超極微量の希釈で強力な麻酔・鎮痛に転用できる可能性はあるが、有効量と致死量の境が曖昧なため実用化は不可能)
――採取適期: なし
「……おお」
思わず声が漏れた。
これは、かなり面白い植物だ。
実がこんなにも鮮やかな色をしている。生存戦略だろうか。
私は実を一つ、指先でつまんだ。
「リゼット!」
背後から、村の薬師の声が響いた。オルガだ。
振り返るより先に、彼女が駆け寄ってくる。
「それを離しなさい!」
「え?」
「それは火眠りの実だ! 絶対に口に入れるな!」
「食べるつもりは――」
そう言いかけたとき、実が指から滑った。
ころり、と地面に落ちる。
私は反射的に拾い上げた。
そして、表面についた土を払おうと、何気なく口元へ近づけた。
「ああ――っ!」
オルガが叫んだ。
遅かった。
実は、私の口の中に入った。
噛んだ。
甘かった。
「……甘い」
「吐き出しなさい!」
「もう飲み込んだ」
「なぜだ!」
オルガが頭を抱えた。
私は首を傾げる。
「だって、食べられるかどうか確認したかったから」
「それを確認するために食べるな!」
オルガは私の口を開けさせ、舌を確認し、瞳孔を見て、脈を取り始めた。
「……おかしい」
「何が?」
「いや、何がではなく……」
彼女は私の手首を握り直した。
「毒が回っていない……?」
「そうなの?」
「そんなはずはない!火眠りの実だぞ…。大人でも一粒で――」
オルガは慌てて解毒薬を取りに走っていった。
私はその場に座り込んだまま、口の中に残った甘さを思い返していた。
少し酸味があって、後味にかすかな苦みがある。
なるほど。毒性のある植物は、味にも特徴が出るのかもしれない。
あとで記録しておこう。
そう思っていたところへ、母が駆けつけてきた。
「リゼット!」
「お母さん」
「何を食べたの!?」
「赤い実」
「赤い実じゃわからないわ!」
「火眠りの実」
「名前を知ってるなら、どうして食べたの!」
「味が気になって」
母は、しばらく口を開けたまま固まった。
その後ろから、父がやってくる。
父は私を見て、薬師を見て、地面に落ちた枝を見た。
「……死ぬのか?」
「わからん!」
オルガが叫んだ。
「だが、普通ならもう症状が出ているはずだ!」
「普通なら?」
「普通なら!」
私は二人の会話を聞きながら、自分の体を確認した。
苦しくない。
痺れもない。
吐き気もない。
むしろ、少しお腹が空いている。
「……もう一個、食べてみてもいい?」
「駄目に決まっているだろう!」
父と母、オルガの怒声が、村の外れまで響き渡った。
その日、私は村中を巻き込む大騒ぎの中心になった。
そして翌朝。
オルガは、私の前に座り込み、深刻な顔で尋ねた。
「リゼット。昨日の実を食べて、何か変わったことはなかったか?」
「ありません」
「頭痛は?」
「ないです」
「吐き気は?」
「ないです」
「手足の痺れは?」
「ないです」
「幻覚は?」
「見ていません」
「……本当に?」
「はい」
オルガは長いこと黙っていた。
やがて、震える手で自分の顎を撫でる。
「……毒が、効かなかった」
「うん」
「うん、ではない!」
オルガは頭を抱えた。
私はその様子を見ながら、ふと、女神の言葉を思い出した。
――毒や病気に対する耐性も必要になるでしょう。
「……ああ」
なるほど。
そういうことか。
どうやら私は、植物を知るために、植物の毒に負けない体をもらったらしい。




