3.リゼット
目を覚ましたとき、最初に思ったのは――
暑い、だった。
次に、眩しい。
そして――。
「……うー」
自分の口から出た声に、私は少し驚いた。
いや、驚いたというより、驚こうとしたが難しかった。
なにしろ、体が思うように動かない。手足を動かそうとしても、布団の中で小さな魚が跳ねているような感覚しかない。
「まあ……!」
すぐそばで、女性の声がした。
「見てください。目を開けましたよ」
「本当か?」
低い男性の声。
私はぼんやりと目を開いた。
木の梁。
白い布。
知らない天井。
そして、私を覗き込む二人の男女。
女性は涙を浮かべながら笑っていて、男性はひどく緊張した顔をしていた。
「……あ」
声を出そうとした。
しかし、出てきたのは、
「ばぶぅ」
という、どうしようもなく幼い音だった。
女性が嬉しそうに私を抱き上げる。
「リゼット。あなたの名前はリゼットよ」
その言葉が、耳の奥にすっと染み込んだ。
リゼット。
それが、今の私の名前らしい。
――転生したのだ。
考えれば考えるほど、前世の記憶が少しずつ戻ってきた。
植物園。
白い花。
山の斜面。
女神。
そして、たしか……死の樹海。
「……本当に、異世界なんだ」
ようやく言葉を話せるようになった頃、私は窓の外を眺めながら呟いた。
小さな村だった。
石造りの家と木造の家が混ざり、道の端には前世では見たことのない草が生えている。遠くにはなだらかな丘があり、その向こうには、深い森が広がっていた。
村のあちこちでは、簡単な魔法を使う人の姿も見かけた。
魔法で火を起こして料理をしたり、風を起こして洗濯物を乾かしたり。
けれど、誰もが魔法を使えるわけではないらしい。
魔法を使える人もいれば、まったく使えない人もいる。
どうやら、この世界では魔法は特別なものというより、使える人にとっては生活の一部らしい。
道を歩けば、荷車を引く馬とすれ違うこともある。
けれど、村の外へ出れば、馬とは違う生き物――魔物もいるそうだ。
そして何より、植物が違っていた。
道端に生えている草も、丘に咲いている花も、私が知っている植物とはどこか違う。
葉の形も違う。
茎の伸び方も違う。
見たことのない色の花も咲いている。
前の世界では、一度も見たことのない植物ばかりだった。
美しい植物ほど、どんな性質を隠しているのか知りたくなる。
それが毒であれば、なおさらだ。
前世の知識があるせいか、見たことのない草でも、なんとなく性質がわかることがあった。
しかし、ある日、それだけでは説明できないことが起こった。
植物をじっくり眺めていると、頭の中に、ぼんやりと情報が浮かんできのだ。
――青鈴草
――分類:草本植物
――状態:健全、開花期初期、魔力反応微弱
――生息環境:半日陰の湿潤な土壌、落葉樹の周辺を好む
――毒性:なし(食用可能)
――薬効:根に鎮静作用。花弁にはほとんど薬効なし
――採取適期:初夏から夏にかけて
――備考:周囲の草木と競合しにくく、群生しない性質あり
「……?」
私は首を傾げた。
どうして分かるのだろう。
ふと、あの女神との会話を思い出した。
私はそこで、ようやく思い当たった。
これが、あのときもらった加護なのだろう。
「便利…」
思わず呟いた。
「何が?」
隣にいた母が、怪訝そうに私を見る。
「この草」
「草?」
「うん。薬になる」
「……あなた、まだ六歳よ?」
「そうだね」
「どうして薬になるってわかるの?」
「なんとなく」
母は、しばらく私を見つめた。
それから、父に向かって小声で言った。
「この子、最近ちょっと変じゃない?」
「最近というか、生まれたときから変だろう」
「生まれたばかりの子に変も何もないでしょう」
「いや、産声を上げる前に、周囲を見回していたぞ」
両親の会話を聞きながら、私は窓の外の草を観察していた。
異世界の植物。
それだけで、毎日が楽しかった。




