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13/25

13.懲りない弟子

 その日から、私は正式に彼女の手伝いをすることになった。


 といっても、最初に任されたのは薬の調合ではなく、掃除と仕分けだった。(結局のところ、今までやっていたことと大きく変わらない。さらに、「毒草を触るのは薬草を覚えてからだ」とオルガに釘を刺され、しばらく毒草集めも禁止された)

  

採ってきた薬草についた土を落とす。


傷んだ葉を取り除く。


種類ごとに分ける。


乾燥させるものと、生のまま使うものを区別する。

 

 単純な作業だったが、植物を一つひとつ手に取っていると、自然と細かな違いが目についた。


 同じ種類の植物でも、育った場所や季節によって香りが違う。



 薬草は、ただの材料ではない。


 一つひとつが生きていた時間を持っている。


「リゼット、それは傷んでるんじゃないよ」


 ある日、私が黒ずんだ葉を取り除こうとすると、オルガが手を止めた。

 

「これは寒さに当たった跡だ。薬効は残っている」

 

「ですが、細胞が壊れている可能性があります」

 

「細胞?」

 

「葉の組織が傷んでいるなら、成分が変化しているかもしれません」

 

「そこまで見る薬師は少ないねえ」

 

「ですが、見たほうが正確です」

 

「正確にダメだと決めつけるだけじゃ、薬師は務まらないよ」

 

 オルガは黒ずんだ葉を指先でつまみ、匂いを確かめた。

 

「状態を見て使い道を変えるんだ。捨ててしまわずにね。例えばこの葉は、飲ませる薬には向かないが、すり潰して膏薬にすれば傷口をかばう良い油分になる。あるいは、寒さを経験した分だけ、体を温める湯薬に混ぜるとよく効くんだよ」

 

「なるほど…」

 

「完璧な状態の薬草ばかりを探していたら、冬を越せないよ。弱った薬草には、弱った薬草なりの働き場所があるのさ」

 

 私はその言葉を、紙に書き留めた。


 植物の状態を知ること。


 薬効を知ること。


 そして、その薬を必要とする人間を知ること。

 

 前世では植物そのものばかりを見ていた私にとって、それは新しい視点だった。

 

 薬草は、誰かの身体に届いて初めて薬になる。

 

 そのことを、私は少しずつ学んでいった。


 ただし。


 私が大人しく普通の薬草だけを扱っていたのは、最初の数日だけだった。


「オルガさん」


「なんだい」


「森の奥で、面白いものを見つけました」

 

「あんたってやつは…森の奥には行くなって何度言わせるんだい。いい加減にしな」

 

 私は少しだけ頬を膨らませた


「そんな顔してもだめだよ」


「どんな顔ですか」


「普通はそこで聞き返さないんだよ」


「森の奥は、そんなに危ない場所でもないです」


「……まあ、そうだね」


 オルガはあっさり認めた。


「森の奥そのものが、特別に危険ってわけじゃない。大人が何人かで入るなら、珍しいことでもない」


「では、どうして行ってはいけないんですか?」


「子どもが一人で行く場所じゃないからだ。特にお前は」


 オルガは少しだけ眉を寄せた。


「道が分かりにくくなるし、何かあったって、すぐ助けを呼べる相手もいない。そういう場所なんだ」


「……大人が一緒ならいいんですね」


「そういうところだけ拾うんじゃない…」


オルガは額を押さえ、行き場を失ったため息を天井へぶつけるように、長く息を吐いた。


「で?何を見つけたんだい?大抵ろくでもないものだろうけどね」


私は収納空間を開き、その中から、細長い黒紫色の葉を取り出した。


 葉の表面には、薄い銀色の筋が走っている。

 茎の付け根には小さな棘があり、触れた指先に冷たい感触が残った。


――植物名: 影縫い草

――分類: 草本植物(多年草)

――状態: 健全、魔力反応微弱

――生息環境: 森の東側(湿地の近く、倒木の下に群生)

――毒性:葉の汁に強い麻痺作用

夜間、葉の表面に毒性成分が増加

大量摂取で呼吸筋の麻痺を引き起こす

――薬効: 鎮痛薬の材料としての可能性はあるが、有効量と致死量の境が極めて厳しいため、安全な薬への実用化の例はない。

――採取適期: なし

――備考: 湿地帯、日陰の環境を好む。冷感のある棘や夜間に高まる毒性など、外敵から身を守るための巧妙な仕組みを持つ。





「……どこで採った」


 オルガの声が低くなった。


「森の東側です。倒木の下に群生していました」


「東側って、あの湿地の近くかい?」


「はい」


「何本採った?」


「三本です」


「全部置きな」


「薬に使えます」


「置きな」


「でも、乾燥させれば――」


「置けと言ってるんだよ!」


 店の中に、びしりと声が響いた。


 私は言われた通り、影縫い草を机の上に置いた。


 オルガは布を二重にしてそれを包み、さらに木箱へ入れた。


「これはね、扱いを間違えると指一本動かせなくなる。昔、これを素手で刈った馬鹿が、三日三晩寝込んだ」


「毒性成分の濃度を調整すれば鎮痛薬になります」


「だからといって、子どもが気軽に採ってくる草じゃない」


「私は毒が効きません」


「お前に効かなくても、他の人間には効いちまうんだよ!」


 その指摘はもっともだった。


 私は少し考えた。

 

「採取した植物は、種類ごとに整理してあります」


「そういう問題じゃない」


「では、オルガさんの許可なしに毒草を出しません」


「そういう問題でもない。店の裏だって毒草だらけだろ」


「……採取前に、使用目的を決めます。薬に出来る毒草のみに。特に危険なものはオルガさんに相談します」


「……」


「それなら問題ありませんか?」


 オルガは頭痛を堪えるように目を閉じた。


「お前は本当に、薬師に向いているのか向いていないのかわからないね…」

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