13.懲りない弟子
その日から、私は正式に彼女の手伝いをすることになった。
といっても、最初に任されたのは薬の調合ではなく、掃除と仕分けだった。(結局のところ、今までやっていたことと大きく変わらない。さらに、「毒草を触るのは薬草を覚えてからだ」とオルガに釘を刺され、しばらく毒草集めも禁止された)
採ってきた薬草についた土を落とす。
傷んだ葉を取り除く。
種類ごとに分ける。
乾燥させるものと、生のまま使うものを区別する。
単純な作業だったが、植物を一つひとつ手に取っていると、自然と細かな違いが目についた。
同じ種類の植物でも、育った場所や季節によって香りが違う。
薬草は、ただの材料ではない。
一つひとつが生きていた時間を持っている。
「リゼット、それは傷んでるんじゃないよ」
ある日、私が黒ずんだ葉を取り除こうとすると、オルガが手を止めた。
「これは寒さに当たった跡だ。薬効は残っている」
「ですが、細胞が壊れている可能性があります」
「細胞?」
「葉の組織が傷んでいるなら、成分が変化しているかもしれません」
「そこまで見る薬師は少ないねえ」
「ですが、見たほうが正確です」
「正確にダメだと決めつけるだけじゃ、薬師は務まらないよ」
オルガは黒ずんだ葉を指先でつまみ、匂いを確かめた。
「状態を見て使い道を変えるんだ。捨ててしまわずにね。例えばこの葉は、飲ませる薬には向かないが、すり潰して膏薬にすれば傷口をかばう良い油分になる。あるいは、寒さを経験した分だけ、体を温める湯薬に混ぜるとよく効くんだよ」
「なるほど…」
「完璧な状態の薬草ばかりを探していたら、冬を越せないよ。弱った薬草には、弱った薬草なりの働き場所があるのさ」
私はその言葉を、紙に書き留めた。
植物の状態を知ること。
薬効を知ること。
そして、その薬を必要とする人間を知ること。
前世では植物そのものばかりを見ていた私にとって、それは新しい視点だった。
薬草は、誰かの身体に届いて初めて薬になる。
そのことを、私は少しずつ学んでいった。
ただし。
私が大人しく普通の薬草だけを扱っていたのは、最初の数日だけだった。
「オルガさん」
「なんだい」
「森の奥で、面白いものを見つけました」
「あんたってやつは…森の奥には行くなって何度言わせるんだい。いい加減にしな」
私は少しだけ頬を膨らませた
「そんな顔してもだめだよ」
「どんな顔ですか」
「普通はそこで聞き返さないんだよ」
「森の奥は、そんなに危ない場所でもないです」
「……まあ、そうだね」
オルガはあっさり認めた。
「森の奥そのものが、特別に危険ってわけじゃない。大人が何人かで入るなら、珍しいことでもない」
「では、どうして行ってはいけないんですか?」
「子どもが一人で行く場所じゃないからだ。特にお前は」
オルガは少しだけ眉を寄せた。
「道が分かりにくくなるし、何かあったって、すぐ助けを呼べる相手もいない。そういう場所なんだ」
「……大人が一緒ならいいんですね」
「そういうところだけ拾うんじゃない…」
オルガは額を押さえ、行き場を失ったため息を天井へぶつけるように、長く息を吐いた。
「で?何を見つけたんだい?大抵ろくでもないものだろうけどね」
私は収納空間を開き、その中から、細長い黒紫色の葉を取り出した。
葉の表面には、薄い銀色の筋が走っている。
茎の付け根には小さな棘があり、触れた指先に冷たい感触が残った。
――植物名: 影縫い草
――分類: 草本植物(多年草)
――状態: 健全、魔力反応微弱
――生息環境: 森の東側(湿地の近く、倒木の下に群生)
――毒性:葉の汁に強い麻痺作用
夜間、葉の表面に毒性成分が増加
大量摂取で呼吸筋の麻痺を引き起こす
――薬効: 鎮痛薬の材料としての可能性はあるが、有効量と致死量の境が極めて厳しいため、安全な薬への実用化の例はない。
――採取適期: なし
――備考: 湿地帯、日陰の環境を好む。冷感のある棘や夜間に高まる毒性など、外敵から身を守るための巧妙な仕組みを持つ。
「……どこで採った」
オルガの声が低くなった。
「森の東側です。倒木の下に群生していました」
「東側って、あの湿地の近くかい?」
「はい」
「何本採った?」
「三本です」
「全部置きな」
「薬に使えます」
「置きな」
「でも、乾燥させれば――」
「置けと言ってるんだよ!」
店の中に、びしりと声が響いた。
私は言われた通り、影縫い草を机の上に置いた。
オルガは布を二重にしてそれを包み、さらに木箱へ入れた。
「これはね、扱いを間違えると指一本動かせなくなる。昔、これを素手で刈った馬鹿が、三日三晩寝込んだ」
「毒性成分の濃度を調整すれば鎮痛薬になります」
「だからといって、子どもが気軽に採ってくる草じゃない」
「私は毒が効きません」
「お前に効かなくても、他の人間には効いちまうんだよ!」
その指摘はもっともだった。
私は少し考えた。
「採取した植物は、種類ごとに整理してあります」
「そういう問題じゃない」
「では、オルガさんの許可なしに毒草を出しません」
「そういう問題でもない。店の裏だって毒草だらけだろ」
「……採取前に、使用目的を決めます。薬に出来る毒草のみに。特に危険なものはオルガさんに相談します」
「……」
「それなら問題ありませんか?」
オルガは頭痛を堪えるように目を閉じた。
「お前は本当に、薬師に向いているのか向いていないのかわからないね…」




