12.古い採集記録
それからも、私は見つけた薬草を少しずつ庭へ増やしていった。
気がつけば、庭の隅には見慣れない植物が並び、季節が変わるたびに、その顔ぶれも少しずつ変わっていった。
最初の頃は、オルガも見つけるたびに何か言っていた。
「また増やしたのかい」
「その草は勝手に触るんじゃないよ」
「毒草と薬草を同じところに置くんじゃない」
けれど、いつの頃からか、オルガはあまり言わなくなった。
私が新しい植物を持ち帰っても、ちらりと見るだけだ。
危険なものなら一言だけ注意し、そうでなければ何も言わない。
それは、私が植物を扱うことを少しずつ覚えてきたからなのか。
それとも、何を言っても聞かないと諦められたのか。
ただ、オルガが以前ほど心配そうな顔をしなくなったことだけは、なんとなく分かっていた。
そして、私もまた、ただ珍しい植物を集めるだけではなくなっていた。
採集した植物の状態を確かめ、薬効を調べ、どう使えばいいのかを考える。
そんな時間が、いつの間にか当たり前になっていた。
***
早朝、私は店の裏の薬草を整理していた。
前日に採ってきたものを種類ごとに分け、葉の状態を確かめる。
傷んでいるものは取り除き、乾燥させるものは風通しのいい場所へ移す。
庭で育てている薬草も、一つずつ様子を見て回った。
同じ薬草でも、葉の大きさや色が少しずつ違う。
森で採ったものと庭で育てたものを並べてみると、その違いがよく分かった。
私はそれぞれを見比べながら、使うならどちらがいいのかを考えていた。
「リゼット、そっちは終わったかい?」
「もう少しです」
「なら、こっちも頼むよ」
「はい」
オルガから渡された薬草を受け取り、私は一つずつ状態を確かめた。
以前なら、薬草かどうかが分かればそれで満足していた。
けれど今は、同じ薬草でも状態によって使い方が変わることが分かってきた。
その違いを見つけるのが、私は楽しかった。
オルガから渡された蛇目草を、私は手のひらに乗せた。
葉の表面を眺め、裏返して状態を確かめる。
「葉の裏に小さな虫食いがあります。薬効には問題ありませんが、乾燥させる前に取り除いた方がいいです」
「……よく見てるね」
「こちらの白露草は、日陰で育ったものの方が苦味が少ないです。ただ、解熱作用は日当たりのいい場所で育ったものより少し弱いです」
「……」
「灰紋草は、根の先端だけ使ったほうが胃薬として扱いやすいと思います。中心に近い部分は刺激が強いので。葉にも薬効はありますが、胃の不快感を和らげたりする程度なので、子どもに使うなら葉のほうが向いていると思います」
オルガはしばらく私を見つめていた。
やがて、店の奥から古びた木箱を引っ張り出してくる。
「これを見てみな」
蓋を開けると、中には乾燥した薬草や、紙に包まれた種子が並んでいた。
「私が若い頃に使っていた採集記録だ。薬草の見分け方、採る時期、保存方法。たいしたものじゃないけどね」
「見てもいいんですか?」
「いいよ」
「書き写しても?」
「いいよ」
「質問しても?」
「仕事の邪魔にならない範囲にしとくれ」
「弟子にしてもらっても?」
オルガの眉がぴくりと動いた。
「……いきなりそこへ飛ぶかい」
「薬草の知識を学びたいです」
「知識だけなら、本を読めばいいだろう」
「実際に扱う人から教わった方が、植物の状態や薬効の変化を理解できます」
「口が達者になったねえ」
「お願いします」
私は深く頭を下げた。
オルガは困ったように頬を掻いた。
「薬師ってのは、薬草を知っているだけじゃ務まらない。患者の話を聞いて、症状を見て、必要な薬を選ぶ。薬草が正しくても、使い方を間違えれば毒になる」
「はい」
「それでもかい?」
「はい」
「毒草を見つけると、目の色が変わる癖は直せるかい?」
「それは難しいです」
「即答するんじゃないよ」
オルガは呆れたように笑った。
※
――植物名: 蛇目草
――分類: 草本植物
――状態: 採取後。色褪せや変色はないが、葉裏に僅かな虫食い痕あり
――生息環境: 日当たりの良い野原や道端
――毒性: 無し
――薬効: 軽度の消炎作用(傷口の湿布、または乾燥させて煎じ茶として使用)
――採取適期: 春~秋(開花前)
――備考: 葉の表面に蛇の目を思わせる同心円状の斑紋があるのが特徴。
――植物名: 白露草
――分類: 草本植物
――状態: 採取後。水分抜けや萎れはなく鮮度は保たれている
――生息環境: 林縁の日陰~日向
――毒性: 基本的に無し(過剰摂取時に軽度の腹痛)
――薬効: 解熱・鎮静作用
――採取適期: 早朝(花弁が開く前)
――備考: 薄く透き通るような白い小さな花を咲かせ、茎や葉の表面には細かい産毛が生えている。
――植物名: 灰紋草
――分類: 草本植物
――状態: 採取後。組織の潰れや異常な乾燥は無し。
――生息環境: 山地のやや湿った崖面や岩場
――毒性: あり。中程度(根の中心部は胃粘膜に強い刺激性あり)
――薬効: 健胃・制酸作用、胃機能の調整
――採取適期: 晩秋(根に栄養が蓄えられる時期)
――備考: 濃い緑の葉に灰白色の脈条模様が浮かび、太い根は切り口が環状の層を成している。




