迫る災いの刻限
黄薔薇城の大広間には、ひめ君と十二番目の精霊が二人きりでした。ひめ君の周りは天井も床も壁も、黄金の薔薇で覆われています。薔薇は金で出来ていますから、災いの手は届きません。
それは生きとし生けるものを宝石へと変える災い。
黄金の薔薇をさらに宝石には変えられないのです。
「賢者よ、あなたの話が聞きたい」
ひめ君は悲しそうに目を伏せます。城にぶつかった災いが大きな音を立てるのです。命も、記憶も、感情も、世界のすべてを宝石に変えても、災いは止まらないでしょう。
頑丈な結界が外側から一枚、また一枚と消えることがものの割れる音で分かりました。
薔薇は災害を免れるでしょう。
けれど、担い手であるひめ君がお隠れになると、彼らは二度と元の姿に戻れないのです。真珠のような涙を見て、まじない師は微笑みました。
「賢き姫よ、恐れることはありません。力は世界から貴方様に与えられたもの。長き時を生きる準備はすでに整っています」
「ヨモギ様は不作法ものに討たれます。フーシャ様はあれに取り込まれてしまったとも聞きます。精霊ですら喰らった相手に、わたくし一人でなんとしましょう」
ひじ掛けにもたれて、ひめ君は唇を結びます。
城の外はもうほとんどが飲み込まれて、ひめ君は孤独でした。
まじない師は、微かに視線を動かして大広間の入り口を見据えます。もうすぐ戦いの時が来ます。
精霊は、柔和な笑みを消しました。涙するひめ君を見上げ、優しい声をかけます。
「では、わたしの後悔をお聞き届け願えるでしょうか。黄薔薇城の城主、アルツのひめ君よ」
「許します」
精霊の声があまりに真剣でしたので、ひめ君は涙を振るって顔を上げました。精霊は、これまで一度も外さなかったフードを外します。
現れたのはさざなみの髪に、晴れた日の海を写し取ったような目をした、とても美しい生き物でした。
首元にまで夥しい傷が走ってなお、とても美しい精霊でした。
ひめ君は息を詰めました。皮膚を無理にはぎとった痕を見ても呼吸を詰めただけであったのは、流石の豪胆さでございます。
精霊は目を細めたきり顔を伏せて、話を始めました。
「この体はぼくの兄のものです。兄の名は、ハイシア。海守ハイシアです。……そしてぼくは、セルーナ。一番若い精霊であり、最も古いまじない師でもあります。セルーナ派の、はじまりにある者です」
精霊の告白にひめ君は固まりました。無理もありません。『海守ハイシア』など聞いたこともありません。ひめ君が知っているのは、神話に語られる荒くれ者の大鯨「ハイシア」と、弟の「セルーナ」のみでした。
「黄薔薇のひめ君よ。今こそ、我が不始末を謝罪する時が来ました。ぼくは、報いを受けなくてはならない」
セルーナは真っすぐひめ君を見つめて、口を開きました。古い、語られなかった物語を告げるために。




