十二番目の精霊の物語
ぼくたちは、ハピーメロウの技術を守り繋ぐ「イヌダシオン」の技術者集団に生まれました。
母がクジラの骨から削りだしたのがハイシアとぼくです。ぼくたちは、技術を伝えるために生まれた一対の道具であり、精霊でした。
いいえ、嘆くことはありません。ひめ君がひめ君として生まれたように、鳥が鳥として生まれるように、ぼくはぼくとして生まれたのですから。
心の在り方が、別であることは認めます。
ご存じの通り、はじめ兄は荒くれ者……というよりは、奇抜で面白いことを求める性質がありました。無条件に愛されると信じて、気に入らない相手がいたら取っ組み合いの喧嘩で友人になろうとする。
それでいて、誰よりも精霊らしいものの考え方をする。そんな兄でした。
気は合いませんでした。けれど、仲は悪くありませんでした。
『すべての命を大切にしたい』気持ちは同じでしたから。
ええ。兄の話は、後世の創作です。責任の一端はぼくにあります。
ある時、母が死にました。
技術提供を断ったことで雷虎一族の怒りをかって、雷に打たれたのです。
相手も精霊種でしたから、母はすべての精霊種がそうであるように、五つに分かたれてしまいました。
母の意思は兄に、心はぼくに宿りました。
ぼくは、母の死を認めたくありませんでした。すばらしく強く優しい母ですら、死から逃れられないと知った時、永遠に焦がれたのです。
一つ弁明をするのならば、この頃のぼくは『生物すべてが同じ苦しみに対面すること』を嘆いただけでした。すべての生命を大切にするために死別の苦しみを取り除こうと思ったのです。
兄は、ぼくに反対しました。
常々母が説いていた「永遠ではなく、次代に繋ぐことを尊ぶように」の教えを語り聞かせました。どんな世界も文明も、必ず滅ぶと繰り返しました。
滅びを避けようとしてもっとひどいことになった事例をいくつも上げて、考え直すようぼくに言いました。
ぼくは、頑なになりました。
「どうやっても命を救おうとしない」と兄を軽蔑しました。ぼくは仲間を集めて研究をし、永遠を夢見ました。有翼人たちと手を組んだのもこの頃です。彼らの理想にぼくは、希望を持ちました。
ぼくたちの在り方を恐れて集落を出ていく者は多くいました。元居た場所に去る者や、放浪の身になっても集落にいたくはないと出ていく者も大勢。兄は止めませんでした。彼らが《《まだいる》》と見せかけるために健康を損ないもしました。
出ていく者たちに研究を託していたのでしょう。
そうしてぼくたちには母から受け継いだ研究を自分が隠したように見せかけたのです。
気が付いたぼくたちが追いかけようとしても、兄には歯が立たなかった。
……顛末は、ご存じでしょう。
ぼくは、心を入れ替えた風を装って、兄と話し合う席を設けました。一切警戒しない兄は、ぼくを家に迎えました。あるいは、止まってほしかったのかもしれません。
ぼくは事前に喉を潰す毒を水に混ぜていました。振る舞う側の兄が先に茶を飲むからです。
…………忘れ、られないのです。
兄の唇は「どうして」と言っていました。いえ、そう見たいだけかもしれない。だって、兄は、兄の目が。……すみません、取り乱しました。
自慢の歌声を潰されて茫然とする兄を、ぼくたちは切り刻んだ。情報を聞き出すために生かしました。精霊種ですから、本気で害そうと思わなければ、そうそう死にはしません。指も、目も、骨も、舌も。
治るから問題ないと、ぼくは、兄を、痛めつけた兄を、牢屋へ。
仲間や有翼人が兄を虐げても「兄が話してさえくれれば」と「協力さえしてくれたら」と。……許されることではありません。
許してはならないことなのに、兄はずっと柔らかな目で、ぼくたちを見ていました。
ひめ君の尺度で数えて、三百年が過ぎました。仲間もぼくも、三十年は年を取った。兄だけがずっと変わらず、若々しかった。
今なら分かります。永遠に若くある術などありません。兄は「世界の端末」のままだったのです。
お話した通り、我らは技術を守る道具として生れ落ちる。重要なのは「世界のためにそれを成す」ことです。
ひめ君。
貴方の力が生命を災いから守るために与えられたのと同じく、我々が技術を与えられたのは世界のためでした。技術を繋ぎ、知識を繋ぎ、生き物に最も近しい精霊として必要なだけ助ける。
家族や恋人、愛しい友人に対するように。もしくは、自分を愛するほどに世界のすべてを慈しむからこそ、許される力でした。
決して一つの命、一つの文明のために使っていい力ではなかった。
兄は、逃がした民の命。我らが繋げば救えるかもしれない命すべてを一人で守ろうとしました。後世のために、自分一人が惨い目にあうことを受け入れたのです。
そう、ですね。例え話ですが、ひめ君は我らの預言を信じてくださりました。
理解無き罵倒のただ中でも、生き物を黄金の薔薇に変え続けました。
近い未来にすべてが宝石に変えられると告げた、我々の言葉を信じてくれたのです。ぼくたちが捨てたのは、その心です。我々の行いはあの不届き者のようなものでした。
世界を宝石科学から守るため、山上の町を閉ざすしかなかったフーシャ様を弑した。町は一時解放されましたが、すぐ町民も国々も、今は世界さえも解き放たれた災いに食い潰されつつある。
我々も、フラクロウの勇士も、一生命体の理論を振りかざし目先の救いを取ったのです。
世界も、生きるものすべてを脅威に晒したのです。
だから零落した。
力を与えられるにふさわしくないと判断された。
仲間たちは別の考えでした。当時のぼくも衝撃を受けこそすれ、恥ずかしながら同じような考えでした。疑問を持つことができなかった。
我々は、永遠を知るためにますます兄を痛めつけました。とても、口に出せない行いです。そのために兄は……害意がなければ死なないはずの兄が、死んでいました。嫉妬も羨望も、研究欲に塗りつぶされて、それでも。
ぼくは、兄を故郷の海に葬りました。
兄の何一つ、ぼくには宿らなかった。大きな鯨が一頭、遠ざかるのが見えただけです。次いで材料に望まれたのは、片割れのぼくでした。差異を調べようとしたのです。分かったのは、ぼくが精霊種から零落しつつあることでした。怒り焦った仲間の一人が、ぼくを殺す事故をしました。
ぼくは辛うじて、部分的に精霊種でした。「世界すべての命を救いたい」「そのために死を克服する」考えが、ぼくを辛うじて精霊種たらしめていました。
ぼくは、死ななかったのです。
正確には二つに分かれました。生物と、精霊とに。
精霊の部分は、あまりに弱くなっていたので真っ暗な思考に閉じ込められていました。「生物」であるぼくの心のどこかに隔離されていたのです。動くこと、話すことはもちろんできません。突然性格が変わったように見えたでしょう。
ぼくは研究され尽くして捨てられました。かつての兄のように。
精霊でなくなったこと、『非協力的な兄の弟』だったこと、兄を死なせた責任……色々な事情がありました。
命を拾ったぼくは彷徨った末、とある島に流れ着きました。ええ『大鯨伝説』の舞台ルイーズ諸島です。
島には、親に捨てられた子や病気で見放された人たちが暮らしていました。彼らの世話をしていたのが「くじら」を名乗る……ええ、兄です。正確には五つに別れた内、遺体に宿った存在です。
ぼくたちが付けた傷だらけで、声も失っていました。人のぼくは喜びましたよ。
「これで、自分を捨てたものを見返せる」「研究が続けられる」と。
恥ずかしくて、とても顔向けできなかった。自分の行動、考え、計画、暗闇の中でつぶさに感じて恥ずかしくて消えそうでした。兄を殺したぼくは、兄の存在ですら生物のぼく越しでないと見ることができなかった。
”ぼく”が兄を捕え、何をしようとしているか伝えたかった。何度も叫びました。けれど、ぼくに声はなかったのです。
とうとう、”ぼく”が兄を追い詰めた時、兄はぼくを試しました。
兄を切り捨てて高みを目指す覚悟があるのか。母の教えを裏切ってまで生物であるのか。生物のぼくは、兄から逃げるために無防備だった兄を切りつけました。兄は、とうとうぼくを見放しました。
けれど、最後の慈悲はあったのでしょう。精霊だったぼくの意識だけは兄の遺体に移されました。兄はただ『待っている』と、昔とは違い少し怒った表情で言いました。
世界にああも逆らったぼくは、泡になりました。そもそもが事故で死んでいたはずなのです。不思議でもありません。
こうしてぼくは、辛うじて残った精霊種の部分は、兄の体で生きることになりました。
ぼくから始まった永遠への執着。
与えられるべきでないときに与えられ、大きくなりすぎた技術。
断ち切ること、終ぞ叶わず無念ではあります。せめての償いに、今ある命を守りましょう。




