第1部 第2話「9階層のヌンチャク使い」
――ダンジョン。
第9階層。
地上から遠く深く降りていく場所は、これまでの階層とは、どこか空気が違っていた。
天井は高く、道幅も広い。
壁は奇妙な鉱石が埋め込まれているものの、光は弱い。この鉱石、採れないだろうか? そして
薄暗い洞窟の中を――
一人の少女が歩いていた。コツ、コツ、コツ…。
靴音だけが、長い通路に響いている。
少女は――まりな。
黒髪のショートボブ。
黒の軍服風の装備。
腰には日本刀。11歳の少女。落ち着いた足取りで、奥へ進んでいた。
「……」
まりなは時折、周囲への警戒、視線を向ける。
第9階層。
ここに来る冒険者は少ない。
それだけではない。
出てくるモンスターも、それまでの階層とは違っていた。
動きは、速い。強い。
そしてーー賢い。
まりなは立ち止まる。
「……強くなってる」
呟く。
だが、怖がる様子はない。
むしろーー 「ーー強くならないと。」
先へ進もうとしていた。
その時。
ーーズゴォン!!
「……!?」
遠くから、何かが壁に叩きつけられたような轟音が響いた。
まりなが顔を上げる。
直後。
ーーバギャッ!!
続いてーー
ーーズドギャ!!
「……」
何かと戦っている。
まりなは刀に手をかけた。
そして――
タッ!
音のする方向へ走り出す。
第9階層・奥地
まりなが角を曲り、その瞬間。
「……!」
そこには――
大量のモンスターがいた。スピードリザードが。
10体や20体だけじゃない。
洞窟の広い空間を埋め尽くすほどの数、キモい。
グギャアアア!!
シャアアアア!!
無数の威嚇と咆哮が。
その中心に――
一人、立っていた。
「……」
少年だった。
年齢は十代後半ほど。
茶色の短い髪。
そして――
手に持っている武器は、
日本刀でも。
槍でも。
弓でもない。
――ヌンチャク。
まりなは目を細め。
(……ヌンチャク?)
一般冒険者なら、もっと扱いやすい武器を選ぶだろう。
少なくともーー
この数のモンスターを相手にする武器としては、かなり珍しい。
だが。この少年はまるで気にしていない。
少年は、何も気にしない。余裕なのだ。
モンスターが一斉に襲いかかる。
グギャアアア!!
「……」少年は、
動かない。
いや。
正確には――
動く瞬間を待っている。
一体目が飛びかーー。
その瞬間。
ヒュンッ!!
少年がヌンチャクを巧みに回転させ。
ーーズドギャッ!!
モンスターの側面を捉える。
吹き飛んでいく。
二体目が。
バギャァ!!
三体目も。
ズドン!!
さらに四体目が背後から奇襲。
少年は身体を捻り。
ブォン!!
攻撃を紙一重でかわす。
そのままヌンチャクで足を払う。
ドッ!!
モンスターの体勢が崩れる。
続けて――とうやはヌンチャクを回転させ、モンスターの顔面を打ち据えた。
さらに追撃を叩き込む。
一連の動き、ほとんど無駄がない。
「……」
まりなは離れた場所から、戦いを見ていた。
少年はモンスターの群れの中を駆ける。
一体を倒す。
次へ。
そして次へ。
まるでーー
相手の動きが分かっているかのようだった。
まりなの目が少しだけ大きくなる。
「……すごい」
その声は小さかった。
最後の一体が、大きく跳躍した。
グオオオオ!!
上空から襲いかかる。
少年は――
横へ身体を滑らせ。
シュッ!!
爪が空を切る。
その直後。
少年のヌンチャクが振り抜かれた。
ズガッ!!
直撃。
モンスターは回転しながら吹き飛びーー
ドォォン!!
壁にぶつけられ、地面へ倒れた。
静寂。
先ほどまでの騒音が嘘のように。
少年はヌンチャクを軽く回し。
そしてーー
カチャン。
収納する。
「……」
そのまま普通に少年は、歩き出す。
まりなはその姿を見つめていた。
(……強い)
その時。
少年がまりなのいる方へ向かって歩いてくる。
まりなは反射的に刀へ手を添えた。
カチャ。
少年は気づいた。
「あ」
少年が足を止める。
まりなも止まる。
――初対面。
数秒間。
微妙な沈黙が流れる。
少年が先に口を開いた。
「こんちゃ」
「……こんにちは」
「こんなところに一人?」
「あなたも一人」
「まぁな」
少年は軽く肩をすくめる。
そして、少し考えるようにまりなを見る。
「名前は?」
「……まりな」
「まりなね」
「ん」
まりなも少年を見る。
「……名前は?」
「んあ、俺?」
少年は自分を指さした。
「とうやな」
「とうや」
「おう」
会話は短い。
だがーー
まりなの視線は、とうやの装備へと向いていた。
学生服。
普通の学ランではない。
武器を収納するスペース。
動きやすいように伸縮自在な構造。
ダンジョン探索用に魔改造されてる。
まりなは聞く。
「……学生?」
「そう」
「学校は?」
「今日は休み」
「……」
まりなの目が細くなる。
とうやは気づいた。
「いや、ちゃんと学校には行ってるからな?」
「そう」
「疑ってんだろ」
「別に」
「その『別に』は絶対疑ってるやつだろ」
「……」
とうやは頭をかく。
「まぁいいや」
そして歩き始める。
まりなも少し遅れて歩き出した。
自然と二人並んで進む形になる。
とうやが話しかけ。
「俺さ、ダンジョンで稼いでるんだよ」
「お金?」
「そう」
とうやは、軽い調子で言った。
「小遣い稼ぎ」
「……」
まりなは無言でとうやを見る。
「危なくない?」
「危ないなw」
「……」
「ダンジョンだし、なんとかなるだろw」
「……」
二人とも黙り込んだ。
数秒。
とうやが耐えられなくなった。
「なんだよ、その顔」
「適当」
「それが俺でしてw」
「……」
とうやは笑う。
そして突然、別の話を始めた。
「ちなみに帰ったらゲームする」
「ゲーム?」
「そう」
まりなが首を傾げる。
「ダンジョンで戦って、家に帰ってゲーム」
とうやは親指を立てる。
「こんな楽しい生活はないぜww」
「……よく分からない」
「そのうち分かるw」
「分からないと思う」
「なんでだよ〜」
まりなの口元が――
ほんの少しだけ緩んだ。
「……」
とうやはそれを見ていない。
二人はそのまま歩いていく。
しかし。
その先から――
ゲゲゲゲゲゲ…!!
変な唸り声が聞こえた。
とうやが足を止める。
「お」
まりなも立ち止まる。
「来る」
洞窟の奥。
暗闇から、巨大なモンスターが姿を現した。
個体名 スパンキングトカゲ。ゲシャアアアア!!
とうやはヌンチャクを構える。
ヒュン。
まりなは刀へ手を添える。
カチャ。
とうやが横目でまりなを見る。
「一緒にやるか?」
まりなは少しだけ考えた。
「……ん」
そして――
コクッ。
「よし」
二人が同時に走り出す。
ダッ!!
モンスターも咆哮を上げて突進。
ズドドドドド!!
まりなが左へ。
シュッ!!
とうやが右へ。
ヒュンッ!!
モンスターの攻撃が空を切る。
とうやのヌンチャクがモンスターの太ももへ叩き込まれた。
バシィン!!
「ゲォッ!?」
モンスターの動きが一瞬止まる。
まりながその隙を見逃さない。
「今」
「おう!」
まりなが踏み込む。
タンッ!
刀が閃く。
ズバン!!
モンスターが膝から崩れ、
そして――
ドォン!!
倒れた。
二人は同時に動きを止める。
「……」
「……」
しばらく沈黙。
とうやがモンスターを見て――
次にまりなを見る。
「……息ぴったりだったなw」
「そう?」
「そうだよw」
「……」
まりなの口元が――
ほんの少し。
緩んだ。
「……」
とうやが気づく。
「……?」
まりなは無表情に戻った。
「何?」
「いや」
とうやは少しだけ笑う。
「なんでもない」
それから、しばらく。
二人は一緒に第9階層を進んだ。
このダンジョンには。
まだ誰も知らない秘密が眠っている。
少女と少年。
回復術師とヌンチャク使い。
二人の物語は――
まだ始まったばかりだった。
――続く。




