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【第9話:泥舟の王太子、大国に這いつくばる】


帝国の応接室。


レイヴン様の後ろに控える私の前に現れたのは、ひどく見窄みすぼらしい姿の男だった。


目の下に真っ黒なクマを作り、高級なはずの衣服はヨレヨレ。かつて卒業パーティーで私を大声で断罪したプロスタニア王国のエドワード王太子は、ゴホゴホと品のない咳を撒き散らしながら、必死に虚勢を張っていた。


「エ、エルサ……! やはりここにいたか! 探したぞ!」


私を見つけた瞬間、エドワードの目がギラリと卑しく輝いた。


彼の頭上を見上げれば、相変わらずバグだらけの【好感度:マイナス500】が赤黒く明滅している。

私を心の底から嫌悪しているくせに、その表情はすがるような必死さに満ちていて、なんとも奇妙な歪み方だ。


「おいエルサ、目を覚ませ! そんな冷徹な皇帝に騙されるな! お前のような無能を側に置くなど、何か良からぬ企みがあるに決まっている! いいから今すぐ僕の元へ戻り、あの魔導インフラの不具合を直すんだ! 戻ることを許してやる!」


エドワードがそう叫び、私に向かって薄汚れた手を伸ばした、その時。


ドゴォン!!!


凄まじい地響きと共に、応接室の豪華な大理石の床に、エドワードが頭から叩きつけられていた。


「がはっ……!? な、何が……!?」


床に這いつくばったエドワードの背中を、重々しい軍靴ぐんぐつが容赦なく踏みつけている。


踏みつけている主――レイヴン様は、見たこともないほど冷酷で、底知れない暗黒のようなお顔でエドワードを見下ろしていた。


((((((殺す。今すぐこいつの四肢をバラバラに引き千切って魔獣の餌にしてやる。私のエルサにその汚い手を伸ばそうとしたな。万死に値する。無能? 騙されている? 我が国の宝であるエルサをこれ以上侮辱してみろ、お前たちの国を丸ごと消滅させてやる。可愛い。怯えているエルサも最高に守ってあげたくて愛おしいが、こんなゴミ屑のせいでエルサの美しい瞳を汚したくない。尊い。無理。今すぐエルサを抱き上げて寝室に連れ帰り、私の腕の中で安心させてあげたい。ああ、あと一秒で私の理性が消える))))))


お顔は世界を滅ぼしそうなほど凶悪なのに、レイヴン様の頭上の数値は、激しく燃え上がりながら【好感度:900,000,000(9億)】へと爆速で到達していた。


(わあ、9億……! すごいわ、レイヴン様、エドワードを一瞬で床に沈めちゃうなんて、本当にお強いのね!)


私がパチパチと無自覚に拍手を送ると、レイヴン様は私の視線に気づいた瞬間、ゴホンと小さく咳払いをして、踏みつける足の力をさらに強めた。


「ぐ、ぎゃあああ!? は、離せ、僕は一国の王太子――」


「プロスタニアの羽虫が。私のエルサに汚い手を伸ばすな。お前たちのようなゴミ屑が、彼女の視界に入るだけで不愉快だ」


地を這うようなレイヴン様の冷たい声に、エドワードの顔が恐怖で真っ白になる。


「き、キース、ガルディニア帝国の全権を以て、プロスタニア王国の『経済的完全買収(滅亡)』の手続きを進めろ。明日までにあの泥舟の国を、我が国の隷属領とする」


レイヴン様が淡々と告げると、後ろで書類をめくっていたキース様が、


「承知いたしました、陛下。ちょうどあちらの国債は紙クズ同然ですから、一時間もあれば買い叩けます。あと陛下、怒りの魔力で応接室の高級ソファが炭化し始めています。エルサ様が怖がりますから、その溢れんばかりの凶悪な独占欲の覇気を、少しは引っ込めてください」


と、淡々と恐ろしい書類にペンを走らせた。


「エルサ……! 助けてくれ……! 僕が悪かった! 君が、君が必要なんだぁ!」


床に這いつくばったまま、涙と鼻水で顔をグシャグシャにした王太子が叫ぶ。


けれど、あの日私を笑顔で追い出したのは彼らだ。

冷たい水に震え、魔獣の恐怖に怯え、国ごと買い叩かれることになった彼らのことなんて、今の私にはどうでもいい。


「レイヴン様、お片付け(※国の買収)がとっても早くて素敵です! 私、新しい工房でまた頑張っちゃいますね!」


私が満面の笑みで見上げると、レイヴン様の【9億】の数値が、ついに測定不能の限界を超えて眩しく輝き出した。


「……あ、お、お前がそう言うなら、今日の執務はすべて免除だ。……エルサ、部屋に戻って、私をたくさん褒めて(デレて)くれ……」


急に耳を真っ赤にして、私を壊れ物のように優しく、けれど絶対に離さない腕の力で抱きしめてくるレイヴン様。


私はその心地よい腕の中で、プロスタニア王国が歴史から消え去る瞬間を、のんびりと見届けるのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!



不定期に18時更新予定です。毎日更新出来るように頑張ります!お楽しみに!



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