【第7話:初めての仕立て、密室の攻防】
帝国の最高級ブティック。
その建物を丸ごと一日貸し切るという、規格外の贅沢の中に私はいた。
「エルサ。あの国で着せられていた粗悪なドレスはすべて処分しろ。今日からお前が纏うものは、我が国の最高峰の絹と、お前の魔力を邪魔しない特殊な魔導糸で編まれたものだけだ」
ソファーに深く腰掛けたレイヴン様が、氷のように整ったお顔で淡々と告げる。
しかし、私の目の前で広げられるドレスの数々――おそらく一部屋が買えるほどの逸品ばかりを前にして、彼の頭上はすでに【好感度:700,000,000(7億)】へと突入していた。
「陛下、処分しろと言いながら、エルサ様が触れたドレスをすべて買い占めるのはやめてください。まだ試着すらしていませんよ」
隣でキース様がいつものように胃を押さえながら突っ込む。
私はお店の方に促されるまま、大きな試着室へと入った。カーテンを閉められ、用意された漆黒のイブニングドレスへと着替えを始める。
(わあ、さすが帝国のドレスだわ。生地がすごく柔らかくて、前の国のものみたいに骨組みが刺さって痛くない!)
だけど、一つだけ問題があった。
(……後ろの紐が、上手く結べないわ。それに、やっぱり胸元が少しきついかしら?)
帝国の最高技術で作られたドレスですら、私の規格外のボリュームを完全には計算しきれなかったらしい。背中の編み上げ紐を持ったまま、私はカーテンの向こうへ声をかけた。
「あの、レイヴン様、キース様。すみません、サイズが少しキツくて、後ろの紐がどうしても結べないのですけれど……」
「私がやる」
間髪入れずにカーテンが開いた。
入ってきたのは、見たこともないほど険しいお顔をしたレイヴン様だった。
「えっ、レイヴン様!? 皇帝陛下にそんなことをさせるわけには――」
「動くな。……キースは外に待たせてある。カーテンを完全に閉めろ」
レイヴン様は私の言葉を遮り、ガラリとカーテンを閉めて中へ入ると、カチリと鍵をかけた。
一瞬にして、二人きりの狭い密室になる。
「レイヴン様……?」
振り返って見上げると、彼の美しい紫の瞳は、まるで獲物を前にした野獣のようにぎらぎらと怪しく濁っていた。呼吸が少し荒い。お顔は相変わらず鉄仮面のように無表情だけれど、その耳の裏は今にも火が吹き出そうなほど真っ赤だ。
「……背中を向けろ。紐を結んでやる」
「あ、はい。お手数をおかけします」
言われるままに背を向ける。
鏡越しに見る私の姿は、背中が腰の近くまで大きく開き、緩んだ紐のせいで、豊かな胸元がドレスから溢れそうになっていた。
背後に立つレイヴン様の大きな手が、私の背中にそっと触れる。
その瞬間、彼の長い指先が、私の肌の上をふいにかすめた。
「んっ……、レイヴン様、くすぐったいです……」
「っ……、声を出すな。これ以上、私の理性を試すな」
レイヴン様の声が、驚くほど低く、そして掠れていた。
私の肩を掴む彼の両手が、まるで地震のようにガタガタと激しく震えている。やっぱり、まだ国務のお疲れが残っていらっしゃるのかしら。
彼が震える手で丁寧に、しかし少し強引な手つきで紐を締め上げるたび、私の胸元がドレスに押し潰されて、さらに強調されていく。
鏡の中のレイヴン様は、必死に視線を斜め上の天井へと逸らしながらも、時折、耐えかねたように私の胸元へ視線を落としては、ゴクリと喉を鳴らしていた。
ふと頭上を見上げれば、なんと【7億】だった数値が、カタカタと音を立てて【7億5千万】に跳ね上がっている。
(わあ、お疲れのはずなのに、数字がまた5千万も増えました! 帝国のお洋服は本当にすごいのね!)
「エルサ。……今夜の夜会は中止だ。お前を他の男の目に晒すなど、到底できん。このまま、私がお前を――」
レイヴン様が私の肩に、後ろからそっと額を押し当て、熱い吐息を吹きかけるように囁いた。
その瞬間、試着室の扉が外から激しく叩かれた。
「陛下ー。鍵を閉めて何をしているんですかー。外まで漏れ出している陛下の独占欲の魔力のせいで、お店の高級ガラスが3枚割れましたよ。早く出てきてください。あと夜会の中止は認めません」
キース様の、完全に冷え切った声が響く。
レイヴン様は「チッ」とはっきりと舌打ちをすると、名残惜しそうに私から離れ、鍵を開けて外へと出て行った。
「……フン。騒々しい男だ。エルサ、着替えが終わったら、最高の宝飾品を選びに行くぞ」
お顔を怖いままに戻したレイヴン様。
だけど、私を見つめる【7億5千万】の数値は、まるで恋い焦がれる炎のように、激しく揺らめき続けていた。
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