【第3話:好感度5億の男は、脳内で融解する】
実家を追放されてから三日。
私は北の別邸へ向かう途中、国境近くの深い森をトボトボと歩いていた。
お腹が空いた。さすがにトランク一つで森越えは無茶だったかもしれない。
その時、前方の茂みの奥から、凄まじい轟音と魔獣の咆哮が聞こえてきた。
(あら? 何かしら)
恐る恐る覗き込むと、そこは開けた広場になっていた。
中心にいたのは、息を呑むほど美しい一人の男。
月の光をそのまま紡いだような涼やかな銀髪。切れ上がった涼毅な目元には、妖しくきらめく紫色の瞳。仕立ての良い黒い外套を翻し、長身の体をしなやかに躍動させている。
だけど、私の目は彼の顔よりも、その頭上に釘付けになった。
【好感度:500,000,000】
(ご、5億……!?)
桁が多すぎて、一瞬、目の錯覚かと思った。パチパチどころではない。彼の頭上のプレートは、もはや真っ赤な業火に包まれて大爆発を起こしそうに激しく燃え盛っている。
(初対面なのに、5億!? それとも私、過去にこの方にどこかでお会いしたかしら!?)
エルサが驚愕しているその時、男――ガルディニア帝国の皇帝レイヴンは、襲いかかってくる巨大なAランク魔獣を剣で一閃しながら、内心で完全に狂い狂っていた。
((((((本物だ。エルサだ。エルサ・フォン・アルメイダが目の前にいる。待ってくれ、論文の筆跡や魔導具の緻密さから『神の如き知性の持ち主』だとは知っていたが、実物はなんだこれは。金髪が太陽の光を集めたように美しい。ローズクォーツの瞳が綺麗すぎる。ていうか、ドレスの胸元のボリュームが尋常ではない。歩くたびに信じられない弾み方をしている。なんだあの破壊力は。けしからん。あまりにもけしからん。無理。尊い。今すぐ我が国に拉致して終生甘やかしたい。服を着せ替えたい。美味しいものを喉がはち切れるまで食べさせたい。ああダメだ、理性が溶ける))))))
レイヴンは必死に顔の筋肉を固定し、氷の彫刻のような無表情を保つ。
「……ふん。こんな危険な森に、無防備な令嬢が迷い込むとはな」
低く、冷徹で、地響きがするほど格好いい声。
しかし、頭上の数値はさらに十万ほど跳ね上がっている。
「あの、危ないです!」
私が叫んだ瞬間、男の背後から別の魔獣が牙を剥いて飛びかかった。
「しまっ――」
レイヴンが振り返ろうとするより早く、私はトランクを放り出し、地面に指先で素早く魔力回路を描いた。
「『大気の理、集いて爆ぜよ』!」
私が悪気なく放ったのは、古代の超上級爆破魔法。
本来なら十人がかりで一日かけて儀式を行う魔法を、私は無自覚に「ノーモーション(無詠唱同然)」でぶっ放した。
ドォォォォォン!!!
凄まじい爆風と共に、魔獣は消し飛んだ。
爆風で、私の金髪がふわリと舞い、パツパツだったドレスの襟元がさらに少しはだけて、白い鎖骨と豊かな渓谷が露わになる。
私は「ふう」と胸元を手で仰ぎながら、男に微笑みかけた。
「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
レイヴンは、完全に石化していた。
脳内はすでに、語彙力という概念が消滅した宇宙と化していた。
((((((今の魔法なんだ? 指先一つで古代魔法を発動したぞ? 天才か? 知ってた。知ってたけど可愛すぎる。爆風で乱れた髪が最高にエロティックだ。そして胸。ダイナミックすぎる。今、私のために魔法を使ってくれたのか? 私を心配してくれたのか? ああ、もうダメだ。限界だ。一秒でも早く私のものにしなければ、私が恋い焦がれて死ぬ))))))
「……お前、名前は」
レイヴンは片手で口元を覆い、必死に「冷徹な皇帝」の声を絞り出す。指先が、エルサの可愛さと色気の暴力でガタガタと震えている。
「私、エルサと申します。実家を追放されて、旅の途中でして」
「追放……だと? あの愚王どもの国が、お前を?」
レイヴンの紫の瞳に、一瞬だけ本物の『冷酷な捕食者』の光が宿った。
あの国を、今すぐ文字通り地図から消し去ろうと決意した目だ。
「あの、私、貴方様にどこかでお会いしたかしら??」
しかし、その問に応えることは無く次の瞬間には、彼はエルサの前に跪き、その小さな手をとっていた。
手袋越しでも伝わるエルサの柔らかさに、レイヴンの脳内は「柔らかい、尊い、死ぬ」の三語で埋め尽くされる。
「エルサ。我がガルディニア帝国へ来い。お前を不当に扱った者たちすべてに、生きていたことを後悔させるだけの罰を与えてやる。……だから、私の妻になれ」
「えっ? 妻ですか?」
「そうだ。嫌とは言わせん」
有無を言わせぬ強引な口調。
だけど、エルサが彼の頭上を見上げると、そこには――。
【好感度:550,000,000】
(5億5千万……。お話するだけで、どんどん増えていくわ。この人、お顔はすっごく怖いのに、私をすごく良く思ってくれているのね?)
私は、何も考えず「それなら、ご飯も食べさせてもらえそうだし、いいかも!」と、あっさりその手を取ることにしたのだった。




