【第2話:無能の置き土産とお片付け】
夜会会場を飛び出し、馬車を飛ばして実家のアルメイダ公爵邸へと戻る。
重々しい扉を開けて出迎えてくれたのは、案の定、不機嫌そうに眉間へ深い皺を刻んだ父――アルメイダ公爵だった。
「エルサ。エドワード殿下から連絡があったぞ。夜会で大恥を晒し、婚約を破棄されたそうだな」
冷え切った父の声が、広々とした玄関ホールに響く。
父の頭上を見上げれば、そこには期待を裏切らない数値が浮かんでいた。
【好感度:マイナス300】
家族であるはずの娘に対して、上限を遥かに突破したこの嫌悪感。
やっぱり、私の実家もまるごと、不可解な世界のバグに洗脳されているらしい。
「弁解の余地はない。お前のような我が家の恥晒しを、これ以上この屋敷に置いておくわけにはいかん。今すぐ荷物をまとめ、北の果てにある古い別邸へ失踪しろ。二度と私の前に顔を見せるな」
「わかりました、お父様! 喜んで出て行きます!」
私は間髪入れずに、満面の笑みで頭を下げた。
泣き叫んで縋り付いてくるとでも思っていたのか、父は「……なっ」と言葉を詰まらせ、怪訝そうに私を見つめる。
(だって、こんなに嫌われている家にいたって、息が詰まるだけですもの。それに、北の果ての別邸なら、誰にも邪魔されずに大好きな魔導研究がやり放題じゃない!)
私は弾む足取りで自分の部屋へと戻り、旅支度を始めた。
お気に入りの研究ノートと、着替えの数着をトランクに詰め込む。
そして、部屋の中央に鎮座する、淡く輝く巨大な魔導水晶の前に立った。
「さて、と……。お引越しのお片付けをしなくっちゃ」
私はトランクを傍らに置き、魔導水晶にそっと両手を触れた。
実は、このアルメイダ公爵領――ひいては、この国の王都を支えるすべての『魔導インフラ』は、私が幼い頃から独自に開発し、維持してきたものだ。
蛇口をひねれば温かいお湯が出るのも、夜の街を魔導灯が明るく照らすのも、王宮を覆う強力な防御結界も。すべては、私のこの両手から紡ぎ出された魔力回路で動いている。
私はただ、家族や婚約者に喜んでほしくて、夜通し研究して、彼らのために「親切心」で無償でシステムを貸し出していただけだった。
だけど、私は無能として追放されるのだ。
「もう私の家じゃないんだから、私が散らかしたおもちゃは、ちゃんとお片付けしていかないとね」
私は魔導水晶の奥深くへと意識を潜らせ、マスターキーとなる私の魔力登録を、優しく、そして完全に『デリート(消去)』した。
パキン。
部屋の中の水晶が、光を失ってただの透明な石へと変わる。
それと同時に、屋敷の廊下を照らしていた魔導灯が、フッと一斉に消灯した。
(うん、初期化完了! 次にこのシステムを立ち上げられるのは、世界で私一人だけ。無能な私が消えたんだから、残された優秀な皆さんなら、きっと自分たちで新しいシステムくらい簡単に作れますよね!)
私はトランクを手に取り、真っ暗になった廊下を軽快に歩いていく。
玄関ホールでは、突然の停電にパニックになった使用人たちや、慌てふためく父の声が響いていた。
「おい! 何事だ! なぜ灯りが消える! 結界の維持装置はどうした!?」
「お父様、お荷物まとめ終わりましたので、私、行ってまいりますね!」
暗闇の中、声をかけると、父がギョッとしたように私を振り返った。
その顔は、好感度メーターの赤黒い光に照らされて、なんとも奇妙に歪んでいる。
「エ、エルサ、お前、何をした……? なぜ屋敷の魔導具が動かん……!」
「さあ? 私のような無能には分かりませんわ。優秀なお父様なら、きっとすぐに原因が分かりますよね。それでは、お元気で!」
私は最高の笑顔で最後の挨拶を告げると、夜の闇へと足を踏み出した。
背後から「待て! 戻れ、エルサ!」という父の怒鳴り声が聞こえたけれど、もう遅い。
公爵邸だけでなく、今頃は王宮も、そして王都の街並みも、ドミノ倒しのようにすべての魔導インフラが停止しているはずだ。
「まずは、お腹が空いたわね。どこかで美味しいものでも食べようかしら」
トランクを片手に、私は夜道を歩き出す。
この先に、私の頭上の数値を【5億】なんていう天文学的な数字でバグらせた、銀髪の男が待ち構えているとも知らずに。




