【第1話:バグ値マイナス500の記念撮影】
「エルサ・フォン・アルメイダ! 貴様のような不実で、ただ胸が大きいだけの無能な女との婚約は、今この瞬間を以て破棄する!」
華やかな卒業パーティーの主役、エドワード王太子の大声が、きらびやかな大ホールに響き渡った。
周囲の貴族たちが一斉に冷ややかな視線を私に注ぎ、ヒソヒソと囁き声を交わし始める。
普通なら、ここで身に覚えのない罪を咎められた令嬢は、泣き崩れるか、絶望に顔を歪める場面なのだろう。
だけど。
(わあ……! すごい、すごい!【マイナス500】なんて数字、初めて見たわ!)
私の目には、エドワードの頭上に浮かぶ真っ赤なクリスタルのようなプレートが、信じられない数値を叩き出しているのが見えていた。
私の特異体質――人の頭上に浮かぶ『好感度メーター』。
上限は100。下限はマイナス100。それがこの世界の絶対のルール。
それなのに、目の前の元婚約者の頭上には、ルールをぶち破った【-500】という狂気のバグ数値が、パチパチと不穏な火花を散らしている。
(人類の限界を超えた殺意と嫌悪……! 新記録だわ! 画家にこの光景を描き留めてもらえないのが、本当に悔やまれるわね)
私は感動のあまり、胸の前で両手をギュッと握りしめた。
その拍子に、ドレスの胸元がむにゅりと押し潰される。エドワードの言う通り、私の上半身は、お世辞にも淑女らしいとは言えない規格外のボリュームだった。おまけに、実家の公爵家が用意したこのドレスは、胸元がパツパツで信じられないくらい息が苦しい。
「おい、聞いているのかエルサ! 浮気の証拠は挙がっているんだ! 言い訳は許さんぞ!」
エドワードの隣で、いかにも『可哀想な被害者』ぶった男爵令嬢が、これみよがしに彼にしがみついている。
彼女の頭上は【100】。上限いっぱいの愛。
それに対して、私への周囲のヘイトは、会場の平均値すら【-300】を越えている。
どうやら世界そのものが、私を『希代の悪女』として奈落に突き落とそうと、歪んだ洗脳をかけているらしい。
(でも、これだけ嫌われているなら、私が何を言っても無駄よね。それなら――)
私はローズクォーツの瞳をきらきらと輝かせ、これ以上ないほどの満面の笑みを浮かべた。
「承知いたしました、エドワード殿下! 婚約破棄、喜んでお受けいたします!」
「……は?」
エドワードの顔が、間抜けに強張る。
泣き叫ぶ私を組み敷き、優越感に浸るつもり満々だったのだろう。
「殿下、本当におめでとうございます! 私のような『ただ胸が大きいだけの無能な女』と離れられて、本当にすっきりされましたよね! ああ、良かった!」
「お、おい、何を言ってい――」
「実は私も、このドレスがギチギチで本当に苦しかったんです。今すぐお屋敷に帰って、楽な寝着に着替えたいなと思っていたところだったんですよ。タイミングバッチリです!」
私は豊かな胸元をふう、と手で仰ぎながら、実に見事な、非の打ち所がないカーテシー(お辞儀)を決めてみせた。
「それでは殿下、男爵令嬢様。お幸せに! お片付けの件もありますので、私はこれにて失礼いたしますね!」
くるりと背を向け、大広間の扉へと向かってスタスタと歩き出す。
背後からは、
「えっ……? 泣かないの?」
「ていうか、本当に胸、すごいな……」
「お片付けって、何の話だ……?」
という、完全に拍子抜けした王太子と貴族たちの間抜けたざわめきが聞こえてきたけれど、私は一度も振り返らなかった。
(さあ、帰って荷まとめをしなくっちゃ!)
実家の公爵家(好感度マイナス300のパパたちが待っている)に帰ったら、私が今まで「親切心」で維持してあげていた、国中の魔導インフラのシステムを全部初期化(お片付け)してあげなきゃいけない。
無能と呼ばれた私の、ささやかな置き土産だ。
明日からこの国がどうなるか、今からとっても楽しみ。
私は鼻歌を歌いながら、夜会会場を笑顔で後にした。




