【第22話:暴走した巨大ドレスは、まとめて洗濯脱水(デリート)いたします。】
帝都の中央広場は、未曽有の恐怖に包まれていた。
……ということになっていた。
「まあ……。ずいぶんと大きな布の塊になってしまいましたわね」
私が目の前の光景を見上げて呟くと、隣に立つレイヴン様がピクリと微動だにした。
そこにいたのは、市民の洗濯物や仕立て屋の生地を巻き込み、全高数十メートルにまで膨れ上がった『巨大ドレスの怪物』だ。
昨日私が作った「自動ドレス紐解き魔導具」の神様エネルギーと共鳴し、意思を持ったようにうごめいている。
「キシャァァァ!」と布の擦れる音を立てて威嚇してくる怪物。
だけど、私の目には、それが単に「畳みにくい巨大な洗濯物の山」にしか見えなかった。
「……っ」
レイヴン様が私の前に一歩踏み出す。
完璧な皇帝の鉄仮面。紫の瞳は氷のように冷徹だ。
だけど、彼の頭上では、測定不能(無限大)の好感度メーターが、もはや太陽のように真っ赤に燃え上がり、バチバチと激しい火花を散らしている。
そして、腰の魔剣を抜こうとする彼の手は、ガタガタとマッサージ器のように震えていた。
(まあ! レイヴン様、やっぱりこの大きなお洋服のオバケが怖いのね。
私がついていながら、最愛の旦那様にこんな恐怖を与えてしまうなんて、皇妃失格だわ。)
((((((エルサ……ッ! あの不浄な布切れの怪物が、エルサをその汚い繊維で一瞬でも見つめた(※目がありません)だと……!? 許さん、万が一にもエルサのあの至高のドレスに触れでもしたら、この帝都ごと塵にしてくれる! いやそれ以上に、怯えて俺の背中に隠れる(※隠れていません)エルサが尊すぎて心臓が痛い! 守る、俺が命に代えてもエルサの髪一筋さえ触れさせんぞッ!!!))))))
相変わらず表向きは一言も喋らないが、レイヴンの周囲の空気が、彼の凄まじい独占欲と殺気でゆらゆらと歪んでいる。
怒りのあまり、握り締めた魔剣の柄がミシミシと悲鳴を上げていた。
「レイヴン様、大丈夫ですよ。そんなに怖がらなくても、私が一瞬でお片付けしてしまいますわ」
私は優しく微笑み、懐からもう一つの歯車を取り出した。
お茶汲み神様(動力源)のエネルギーを、今度は「お洗濯モード」に術式干渉させる。
「お掃除の、お時間ですわ」
私が魔導具を掲げると、創世の神の権能による超高速の『空間洗濯・強制脱水術式』が発動した。
パァァァ……!
神聖な光が中央広場を包み込む。
シュルシュルシュルシュル! バチバチバチッ!!
巨大なドレスの怪物は、私のお掃除術式に巻き込まれ、まるで全自動洗濯機の中で高速回転させられるかのように、ものすごい勢いでスピニングし始めた。
神の権能による全自動お洗濯。汚れも、魔力の暴走も、存在そのものも、すべてが秒速でデリートされていく。
一瞬だった。
あれほど巨大だった布のオバケは、完全に「綺麗に洗浄・脱水・圧縮」され、最後は私の足元に、手のひらサイズの『真っ白で真四角な布のブロック』となって、ストンと落ちてきた。
「はい、完璧なお片付けです! これならクローゼットの場所も取りませんわね!」
満面の笑みで振り返った私を見て、レイヴン様は――。
「……は、ふぅっ……!」
((((((神の権能で超高度な空間消滅魔導(お洗濯)を発動しただと!? あの特級災害指定級の怪物を一瞬でただの圧縮雑巾にしおった……! ああ、だけどやり遂げた後のエルサのあの誇らしげな笑顔、ローズクォーツの瞳の輝き、世界で一番愛おしい可愛い神々しい! 今すぐ抱きしめて我が寝室に幽閉したい理性が、理性が限界だッ!!!))))))
レイヴンはついに、真っ赤になった顔を片手で覆い、その場に崩れ落ちた。
「……ゴリゴリ、ボリボリボリボリボリボリッ!!!!」
はるか後方の陣地から、もはや地鳴りのような凄まじい不穏な咀嚼音が響いてくる。
見れば、特設テントのデスクで、山のような書類(被害届)に囲まれた宰相キースがいた。
彼は死んだ魚の目で、緑色の『世界樹の根の凝縮塊』を両手で口に放り込み、ゴリゴリと凄まじい速度で噛み砕いていた。
「あらキース様、お疲れ様です。お掃除、もう終わりましたわよ?」
私が手を振ると、キース様はバキリと筆記用具を折り、涙目のまま虚空を見つめた。
「……終わっていません。エルサ様、大変申し上げにくいのですが、神の権能を『広域洗濯脱水魔法』に術式変換して特級怪物を雑巾にするのは、魔導の歴史に対する最大の冒涜かと存じます。バカなんですか? いえ失礼、あまりにも合理的な天才の所業ですね。世界中の仕立て屋が失職します」
キースはさらに薬を噛み砕き、そのあまりのドブの味に「うぐっ」と悶絶しながら、執念で眼鏡の位置を直した。
「それ以上に、その完璧すぎるお片付けのせいで、我が国の最高権力者が尊さのあまり、戦闘不能(悶絶)になっています。陛下、いい加減に鉄仮面を真っ赤に染めてスクワットするのをやめてください。私はこれから、この『謎の圧縮布ブロック』の戦後処理と、目撃した市民への口止め工作の書類をワンオペで作成します。……有給。私の有給が、因果の彼方へ消え去っていく……」
キースの胃は、今日も国家予算並みの薬によって、なんとか形を保っているのだった。




