【第21話:有給休暇という名の概念は、一瞬でお掃除されてしまいました。】
「それでは陛下、エルサ様。私は本日より、念願の三日間の有給休暇をいただきます。くれぐれも問題を起こさないでください。特にエルサ様、神様の権能でお布団を自動で干すなどの術式干渉は国家の危機を招くのでおやめください」
翌朝。
執務室の机の上に、綺麗に捺印された『休暇申請書』を置き、キース様はいつになく晴れやかな顔で頭を下げた。
その顔には、いつもの死んだようなクマはない。
エルフの里特製の胃薬(ドブの味)をボリボリと噛み砕く音もしない。
「ええ、ゆっくり休んでくださいね、キース様」
私は満面の笑みで、お茶汲み神様(動力源)が淹れてくれた極上のハーブティーをキースに差し出した。
「ありがとうございます。それでは――」
キースが執務室の扉に手をかけた、まさにその瞬間だった。
バァァァン!!!
大きな音を立てて、執務室の扉が勢いよく開き、一人の近衛兵が息を切らせて飛び込んできた。
「ほ、報告します! 帝都中央広場に、巨大な『魔導衣類』の暴走体が出現! 市民の服を次々と巻き込み、巨大なドレス型の怪物となって暴れ回っています!」
「……は?」
キースの動きが、ピタリと止まった。
その手は、ドアノブを掴んだまま微動だにしない。
「まあ、大変。どうしてそんなことになってしまったのかしら?」
私が首を傾げると、近衛兵は泣きそうな顔で、私の手元にある『あるもの』を指差した。
「そ、それが……! 怪物の中心部から、エルサ様が昨日開発された『全自動ドレス紐解き魔導具』の波動(お茶汲み神様のエネルギー)が検出されているのです!」
「あら」
私はポンと手を叩いた。
「そういえば昨日、ドレスの紐をお片付けした後、あの魔導具をゴミ箱へポイとお掃除(処分)してしまいましたわ。神様のエネルギーが残ったまま、お隣の洗濯工房の魔導乾燥機と術式が共鳴してしまったのかしら?」
「……っ、」
私の隣で、静かに書類を読んでいたレイヴン様が、ピクリと肩を震わせた。
氷の彫刻のように冷徹な鉄仮面。
紫の瞳には一切の動揺も見せない、完璧な皇帝のポーカーフェイス。
だけど、彼の頭上の好感度メーターは、すでに大気圏を突破して真っ赤に大爆発している。
((((((ゴミ箱にポイ、だと……!? 神の権能が宿った超一級危険魔導具を、ただの生ゴミ感覚で捨てたというのかエルサ! おいたわしや創世の神! だがそんな、自分のやらかしに全く気づいていない無垢なエルサが最高に愛おしい尊い無理だ! それよりドレスの怪物だと……!? 万が一にでもあの怪物がエルサに近づき、その指一本、髪の毛一筋でも触れるようなことがあれば、俺は今すぐこの世界ごとあの怪物を消滅させるッ!!! いや、そもそもせっかくエルサと二人きりで過ごせるはずだった甘い時間が邪魔された! 許さん、絶対に許さんぞッ!!!))))))
レイヴンは一言も喋らない。
だが、鉄仮面の裏側で、彼の耳の先が真っ赤に茹であがっている。
手元を隠すように、ガタガタと震える手で、必死にサインペンを握り締めていた。
(まあ、レイヴン様。ドレスの怪物の出現に、恐怖で手が震えてしまうのね。
世界最強の皇帝陛下なのに、お洋服のオバケが苦手だなんて、なんて可愛らしいのかしら。)
その時――。
「……ゴリッ、ボリボリボリボリボリボリッ!!!!」
執務室の入り口から、昨日を遥かに凌駕する、すさまじい不穏な咀嚼音が響き渡った。
見れば、キース様が。
あの有能な帝国宰相キース様が、ドアノブを掴んだまま、緑色の『世界樹の根の凝縮塊』を手のひら一杯に掴んで、ものすごい勢いで口に放り込んでいた。
バリバリと、国家予算並みの薬が音を立てて噛み砕かれていく。
彼の眼鏡の奥の瞳は、完全にハイライトが消え失せ、底なしの深淵のようになっている。
「キース様? 有休の出発時間が遅れてしまいますわよ?」
私が心配して声をかけると、キース様はロボットのような動きでゆっくりと振り返り、机の上の『休暇申請書』を、無表情のままビリビリに破り捨てた。
「……私の有給休暇という名の概念が、今、エルサ様の天然術式によって、一瞬でこの世からお片付け(消滅)されました。運命の因果、ここに極まれり、です」
「まあ、破り捨ててしまうなんて」
「エルサ様。大変申し上げにくいのですが、神の権能を搭載した魔導具を一般ゴミとして不法投棄するのは、環境破壊を通り越して世界の法則に対するテロ行為です。バカなんですか? いえ失礼、あまりにも規格外すぎる天才の所業ですね」
キース様はさらに世界樹の根を二粒、口に放り込み、ゴクンと飲み込んだ。
あまりのドブの味に、彼の綺麗な顔がピキピキと引き攣っている。
「陛下。いい加減に鉄仮面の下で『エルサに近づく奴は塵にする』という殺気を撒き散らすのをやめてください。そしてその、怒りでペンをへし折るのもやめていただきたい。私はこれから、帝都全域に避難勧告を出し、被害総額の計算と、各騎士団への出撃命令書をワンオペで作成します。……死ぬ。ガチで胃が爆発して死ぬ。エルフの里の長をここに呼んでください、点滴を打ちます」
キースは完全にキレながら、凄まじい速度でペンを走らせ始めた。
「レイヴン様、キース様がとても忙しそうですわ。私たちが、あのドレスの怪物をお掃除しに行きましょう!」
「……あ、ああ((((((エルサが俺を頼ってくれている……! あああ俺の理性が、理性がついに完全消滅する、待っていろドレスの怪物、エルサを怖がらせた(※勘違いです)罪、そして俺たちの時間を邪魔した罪は重い。今すぐその術式を物理破壊してやるッ!!!))))))」
レイヴンは相変わらず一言も喋らないまま、真っ赤な顔でガタガタと震えつつ、エルサの手を入念に握り締めて立ち上がるのだった。




