【第15話:私の妻に触ろうとした不届き者は、どこのどいつだ?】
「おーっほっほ!あの女、いい気味ですわ!我がルドル家が贈った呪詛石で、今頃はベッドから起き上がることもできずに衰弱しているはずですわ!」
帝国の公式な夜会。
きらびやかな大夜会場の隅で、元側室候補の令嬢が勝ち誇った声を上げていた。
その隣には、帝国の権力者である父親のルドル侯爵が、尊大な態度でふんぞり返っている。
(あら、私の噂話かしら? でも私、床暖房のおかげでとっても元気ですのに)
私は本日も、キース様が用意してくれた最高級のドレスに身を包んで出席していた。
相変わらずドレスの胸元が生地を押し上げていて少し窮屈なのだが、体調はすこぶる万全である。
「む、むむむ……!? なぜお前がここにいるのだ、小娘!!」
私を見つけたルドル侯爵が、幽霊でも見たかのように顔を青ざめさせた。
令嬢の方も「あり得ないわ! なぜ生きているの!?」と絶叫している。
「あら、ルドル侯爵。お祝いの床暖房、とっても重宝しておりますわ! 毎日お部屋がぽかぽかで快適ですの」
私が満面の笑みで感謝を伝えると、二人は言葉を失ってガタガタと震え出した。
「お、おのれ、不届きな小娘が……! たかが他国から拾われただけの女が、調子に乗るなよ! 我がルドル家の財力と権力があれば、お前などいつでも――」
ルドル侯爵が、怒りに任せて私の肩へ手を伸ばそうとした、その瞬間だった。
ピキィィィン……ッ!!!
夜会場の空気が、一瞬で絶対零度の氷壁へと変わった。
肌を刺すような凄まじい威圧感に、周囲の貴族たちが悲鳴を上げてその場に平伏する。
「……私の妻に、その汚い手を伸ばそうとした不届き者は、どこのどいつだ?」
銀髪を冷ややかに揺らし、紫の瞳に凍てつくような殺意を宿したレイヴン様が、すっと私の前に立ちはだかった。
完璧なポーカーフェイス。
だが、ルドル侯爵を睨みつけるその佇まいは、まさに冷徹なる絶対強者、皇帝そのものだった。
【好感度:∞(測定不能)】
レイヴンの頭上のメーターは、怒りと独占欲で見たこともないほど真っ赤に荒ぶり、激しい火花を散らしている。
唇をきゅっと引き結び、表向きは一言も喋っていない。
((((((あのドブ鼠め、俺のエルサにその汚い手を触れようとするなど万死に値する……っ! エルサ、そんなに小刻みに震えて(※ただドレスが窮屈なだけ)俺の後ろに隠れるな可愛すぎて心臓が破裂しそうだ!! 嫉妬と狂おしいほどの愛おしさで頭がおかしくなりそうだし、今すぐこの場でルドル家ごと一匹残らず叩き潰して、お前を誰の目にも触れさせないように閉じ込めて、狂おしい程愛し尽くさねば俺の理性が跡形もなく吹き飛んでしまう……っ!!!))))))
(まあ! レイヴン様ったら、一言も喋らないけれど、メーターの光り方が爆発しそうなほど赤くなっていますわ! 私のことをそんなに心配してくださるなんて、本当に愛おしい旦那様ですわ!)
「ルドル侯爵。お前の一族がエルサに呪いの魔導具を贈った証拠は、すでにすべて押さえている。国家反逆罪、および皇妃暗殺未遂だ」
レイヴン様は美しいテノールで、淡々と、しかし容赦のない宣告を下した。
「本日をもって、ルドル侯爵家の爵位を剥奪、全財産は没収とする。お前たちの資産はすべて帝国が買い叩き、エルサの新しい魔導工房の予算に組み込む。……一族揃って、帝国の最果ての鉱山で一生泥に塗れて働くがいい」
「な、物理的にも経済的にも完全破滅……っ!? そんな、我がルドル家がぁぁぁ!!」
絶叫する侯爵親子は、近衛兵たちによって引きずられていった。
元の国のエドワード様たちに続き、またしても泥塗れで働くお友達が増えたようですわね。
「お見事な買い叩きです、陛下」
いつの間にか背後にいたキース様が、眼鏡を直しながら、これまた手慣れた動作で胃薬をボリボリと噛み砕いた。
「これで後宮の不穏分子は一掃されましたが、エルサ様のために国家の勢力図を一日で書き換えるのは、さすがに宰修としての私の心臓が保ちません」
「当然の処置だ。キース、あとの戦後処理はお前に任せる。俺はエルサを連れて、執務室に戻る」
「はいはい、お熱いことで。どうぞお二人だけの世界へ行ってらっしゃいませ」
キース様が下がった瞬間、レイヴン様に腰をぐっと引き寄せられた。
そのまま、スマートな動作で夜会場を後にし、皇帝の個人執務室へと連れて行かれる。
パタン、と執務室の重い扉が閉まった。
「レイヴン様……っ?」
驚く間もなく、私はレイヴン様の逞しい腕によって、大きくて豪華な執務机の上へと座らされていた。
視線の高さが同じになる。
彼の美しい顔が、吐息が触れ合うほどの至近距離にあった。
「すまない、エルサ。夜会場でお前が襲われそうになった瞬間、俺の理性が完全に決壊した……」
ポーカーフェイスの裏側で、彼の独占欲が限界突破しているのが分かる。
スマートに佇んではいるものの、その紫の瞳は熱く潤み、向けられる視線はひどく濃厚だ。
彼の手は、私を失う恐怖から小刻みに震え、耳の尖端は真っ赤に染まっている 。
((((((お前の柔らかい体温と甘い香りが肌に伝わるたびに、理性のタガが完全に消し飛ぶ……っ! エルサ、一生この腕から離さん。お前の指先も、髪も、ドレスに押し上げられた胸元も、すべて俺だけのものだ。今夜はここで、お前が降参だと言うまで何度も何度も激しく、とろけるほどに愛し尽くしてやる……っ!))))))
「レイヴン様、私は大丈夫ですわ。ほら、怪我も何もしていません」
「……言葉だけでは信じられない。こうして、お前が俺のものだと、肌で確かめさせてくれ」
低い、掠れた声が耳元に届く。
直後、レイヴン様は私の首筋に顔を埋め、深く、愛おしそうに何度も唇を押し当てた。
ちゅ、と甘く濃厚なリップ音が静かな執務室に響き渡る。
そのまま私の両手をすくい上げ、指先を逃がさないように深く絡め合わせて恋人繋ぎにし、私の唇を深く、深く塞いできた。
「ん、む……ぅん……っ」
何度も角度を変えて深く食むような濃厚な口づけに、頭の中が真っ白になっていく。
スマートな皇帝としての気品を保ちながらも、その抱擁とキスは、私の骨まで溶かしてしまいそうなほど情熱的で重かった。
世界を裏から操る存在を倒しても、私はやっぱり、この世界で一番スマートで重すぎる陛下の愛から、一生逃げられそうにない。
「ん、ふ……っ。私も、大好きですわ、レイヴン様」
私が真っ赤な顔で満面の笑みを浮かべると、彼の頭上の【∞】のマークは、嬉しさのあまり爆発せんばかりに眩い黄金の火花を散らし続けたのだった。
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