【第12話:世界を裏から操る存在を「お片付け」したら、陛下に骨まで溶かされそうです】
『……エラー。エラー。
世界管理コード、消失。
人界の『悪女排除プログラム』が……消え、て……?』
脳内で、なにやら機械的な声が悲鳴を上げている。
先ほど、帝国の大きな大魔導水晶に触れて、ちょっとお掃除をしただけなのだが。
なんだか、世界の裏側で変な呪いの電波を飛ばしていた、不届きなシステムごと綺麗さっぱり消去してしまったらしい。
「すっきりしましたわ!」
私はパンパンと両手を叩いた。
埃っぽかった頭の中が、実家の自室を片付けたときのように爽快だ。
これでドレスの胸元がもう少し緩ければ最高なのだが。
相変わらず、私の豊かな胸が生地を押し上げていて少し息苦しい。
「エルサ。大丈夫か……っ!?」
銀髪を揺らし、紫の瞳に深い憂いを帯びたレイヴン様が、私の手をそっと握る。
その手は、まるで強敵との戦いを終えたばかりの騎士のように、武者震いで小刻みに震えていた。
(まあ、レイヴン様ったら、世界の異変を察知して戦ってくださっていたのかしら? さすがは陛下の武勇ですわ!)
本人は必死に鉄仮面のポーカーフェイスを保っているようだが、隠しきれていない。
なにしろ、彼の頭上に浮かぶ文字は、先ほどからおかしなことになっている。
【好感度:∞(測定不能)】
もはや数字ですらない。
横に倒れた8のようなマークが、眩い黄金の光を放って荒ぶっている。
「はい、私はとっても元気ですわ、レイヴン様! それよりお疲れではないですか? 手が震えておりますよ」
「……いや、これはお前が……あまりにも、眩しいからだ」
レイヴン様は形の良い唇をきゅっと引き結び、私の手をそっと引き寄せた。
完璧なポーカーフェイス。
冷徹な皇帝そのものの美しい佇まい。
だが、私に触れている彼の手のひらは、驚くほど熱い。
おまけに、綺麗な耳の尖端が、隠しきれずに真っ赤に染まっている。
「エルサ。世界がお前を拒もうと、俺がその世界を捩じ伏せる。お前を害する神がいるなら、その神ごとこの世界を買い取って、俺の庭にして見せる。だから……俺の生涯を、お前に捧げさせてくれ」
跪き、私の手の甲にそっと誓いのキスを落とすレイヴン様。
その一連の動作はため息が出るほどスマートで、絵画のように美しい。
しかしその直後、レイヴン様は私の手の甲に唇を寄せたまま、甘く、切なげに視線を伏せた。
長い睫毛が細かく震えている。
そのまま、私の指先を一本ずつ愛おしそうに包み込み、じっくりと体温を分け合うように指を絡めてきた。
「……離したくない。お前を他の誰の目にも触れさせたくない。このまま俺の城の奥深くへ、隠してしまいたいほどだ……」
完璧な鉄仮面が一瞬だけ崩れ、紫の瞳の奥から、私を独占したいという狂おしいほどの情熱が溢れ出す。
あまりにも真剣で、あまりにも甘い、低音のテノール。
スマートなのに、私への執着を隠しきれていないそのギャップに、なんだか胸の奥が少しトクトクと高鳴ってしまう。
その瞬間、世界の空がパキィンとガラスのようにひび割れた。
『ア、アイエエエエ!?
な、何ですかこのエネルギーは!?
神である私の洗脳を、人間の感情(愛)の出力だけで物理破壊するなんて、計算にありません、エラー、エラーーーッ!!』
上空から、世界の管理者(自称・神様)の情けない悲鳴が響き渡る。
どうやら、レイヴン様の愛の業火が強すぎたせいで、世界を維持するシステム自体が完全に壊れてしまったようだ。
そこへ、すっと影が差した。
眼鏡の位置を直しながら、ひどく疲れた顔をした宰相のキース様が、書類の束を抱えて現れる。
「失礼します、陛下。エルサ様。
ただいま、空から『神』と名乗る煤塗れの精神体が降臨し、我が国の受付でガタガタと震えておりますが」
「あら、キース様。お掃除の残骸がそちらに飛んでしまいましたのね」
「お掃除、ですか。エルサ様が大魔導水晶に触れた瞬間、帝国の全魔導インフラの出力が5倍になり、同時に世界の『運命の因果』が強引に書き換えられた形跡があるのですが、これを掃除の一言で片付けるのは、さすがに私の胃が保ちません」
キース様は懐から胃薬を取り出し、水もなしで器用に飲み込んだ。
相変わらず、大変お忙しそうな方である。
「それで、陛下。その自称・神ですが、エルサ様の術式干渉によって権能の9割を剥奪され、現在はただの『ちょっと光るだけの無職の老人』になっております。どう処理いたしますか?」
「……我が国に仇なすものは、神だろうと容赦はせん。帝国奴隷法に基づき、帝都の全自動お茶汲み魔導具の動力源として、生涯タダ働きさせろ」
「かしこまりました。神の魔力を利用した、永久機関の完成ですね。建設的で素晴らしいと思います。プロスタニア王国に続き、神界の主まで完全買収(奴隷化)するとは、我が主君ながら恐ろしい買い叩きです」
キース様は淡々と手帳にメモを取り、ふと思い出したように顔を上げた。
「ああ、そう言えばもう一つ。エルサ様を追放したプロスタニア王国のエドワード元王太子たちの件です。我が国による経済完全買収が完了し、彼らは王族の地位を剥奪され、家財も全て差し押さえられました」
「あら、エドワード様たちが?」
「はい。エルサ様が『お片付け』された魔導インフラは永久に復旧せず、水も出ない、明かりも点かない荒れ果てた領地で、現在は二人仲良く、泥に塗れて芋を掘る生活をされているそうです。元婚約者の悪口を言い合いながら、毎日醜い泥仕合を繰り広げているとか」
「まあ、元気そうで何よりですわね!」
私がにっこりと微笑むと、キース様は「元気の定義がゲシュタルト崩壊しそうです」と呟きながら一礼した。
「では、私は神をお茶汲み人形に改造する手続きをしてまいります」
キース様が下がった瞬間、レイヴン様が、私の腰をそっと抱き寄せた。
驚くほど逞しい腕が、私の身体を壊れ物を扱うように、しかし絶対に逃がさないという強い執念でホールドする。
彼の厚い胸板に押し付けられた私の胸元が、さらに窮屈になって、ふえぇ、と変な声が出そうになる。
「レイヴン様……っ?」
「すまない。だが、もう我慢の限界だ。お前を脅かすものは、この世界のどこにもいない。……これからは、俺の腕の中だけで生きてくれ」
レイヴン様は私の首筋に顔を埋め、深く、愛おしそうに私の香りを吸い込んだ。
彼の吐き出す熱い吐息が肌に触れて、なんだかくすぐったい。
スマートな物腰を保ちつつも、抱きしめる腕の力は、骨が軋むほどに強い。
「お前の全てを、俺が守り、愛し抜くと誓おう。……エルサ、愛している。一生、俺のそばを離れるな」
美しいテノールが、耳元で低く、甘く囁かれる。
完璧なポーカーフェイスの裏側で、彼の独占欲がこれ以上ないほど暴走しているのが、そのあまりにも強くて情熱的な抱擁から痛いほど伝わってきた。
実家からも、元の国からも、世界のシステムからも追放された私。
だけど、この広い世界の中心で、私は世界で一番スマートで、世界で一番重い愛を手に入れてしまった。
「喜んで、お受けいたしますわ。レイヴン様」
私が満面の笑みで答えると、彼の頭上の【∞】のマークが、嬉しさのあまり爆発せんばかりに真っ赤な火花を散らしたのだった。
(第一章・完)
ここまでお読みいただきありがとうございます!
これで第一章完結です。
次から第二章が始まります。
不定期に18時更新予定です。毎日更新出来るように頑張ります!お楽しみに!
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