【第11話:世界のバグを、お片付けいたしましょう】
「ねえ、キース様。ガルディニア帝国の『国家魔導中央管理室』を見学させていただいてもよろしいかしら?」
お気に入りの専用工房で、私は書類の山と格闘しているキース様に声をかけた。
キース様は持っていたペンをピタリと止め、ひどく疲れ切った様子で私を振り返る。
「……エルサ様。あそこは我が国の心臓部であり、最高機密です。一般の方はもちろん、いかに陛下がお連れした方とはいえ、簡単に立ち入らせるわけにはまいりません」
「私が許可する。今すぐエルサを案内しろ、キース」
いつの間にか私の背後に音もなく立っていたレイヴン様が、地響きのような低い声で言った。
白く眩い光を放ち続ける彼の頭上の【好感度:測定不能(∞)】のメーターは、今日も元気に猛烈な熱量を放っている。
「陛下、最高機密という言葉の意味をご存知ですか。愛の力で国家のセキュリティをガバガバにするのはやめていただきたいのですが」
キース様がいつものように胃を押さえながら丁寧な口調で苦言を呈したけれど、レイヴン様は私の細い腰をグッと大きな手で引き寄せ、ポーカーフェイスのまま「エルサが望むなら、この国のすべてをお前にやる」と耳元で甘く囁いた。
腰を抱きしめる彼の指先は、なぜか先ほどからガタガタと激しく震えている。やっぱり、まだ魔獣戦の疲れが残っていらっしゃるのかしら。
(レイヴン様、相変わらずお顔は世界を滅ぼしそうなほど怖いけれど……本当にお優しいのね!)
こうして私たちは、帝国の最深部にある『国家魔導中央管理室』へとやってきた。
部屋の中心には、この国のすべての結界やインフラを制御する、家一軒ぶんほどもある巨大な【大魔導水晶】が、厳かに青い光を放っている。
「素晴らしいわ……! でも――」
私は大魔導水晶に歩み寄り、その表面にそっと触れた。
意識を水晶の奥深くへと滑り込ませると、そこには案の定、先日の『世界の声』と同じ、赤黒いノイズのような歪んだ術式がこびりついていた。
【――警告。エラー。悪役令嬢エルサの排除に失敗。これより、ガルディニア帝国の住民全員の脳波に介入し、ヒロインへの好感度を強制上昇、エルサへのヘイトを――】
(やっぱり。この世界を管理している『創世の神様』だか何だか知らないけれど……ずいぶんと非効率で、押し付けがましい術式を組んでいるのね)
世界の仕組みは、私を無理やり不幸にして、この世界から追い出そうと躍起になっているらしい。
だけど、そんな世界からの洗脳電波を、隣にいるレイヴン様は【∞の愛】という暴力的なまでの精神力で、ハエを叩き落とすように無自覚に弾き返している。
「エルサ? 水晶がどうかしたか」
「ううん、なんでもありません! ちょっと、お行儀の悪い落書きがしてあったので……私、お掃除をさせていただきますね!」
私は満面の笑みで告げると、両手から魔力を一気に水晶へと流し込んだ。
少しだけ魔力回路の通り道を整えて、余計なノイズを消していくだけの簡単な作業だ。
赤黒い世界の洗脳術式を、私の魔力で上から押し潰し、文字通り完全に消去していく。
パキパキパキィン!!!
大魔導水晶の内部で、赤黒い霧のようなものが音を立てて消滅した。
それと同時に、水晶はこれまでにないほど澄み切った、美しい黄金色の輝きを放ち始める。
「な……ッ!? 大魔導水晶の出力が、従来の五倍に跳ね上がりました……!? エ、エルサ様、今一体何をしたのですか!?」
床に落ちた書類を拾うのも忘れて、キース様がひっくり返った声で叫ぶ。
「ええっと、世界から混ざっていた『バグ』を綺麗にお掃除して、帝国中のインフラ効率を良くしておきました! これで明日から、帝国中の街灯の明るさが三倍になりますよ!」
「は?? 世界のバグ?? お掃除???」
キース様が完全に処理落ちして頭を抱える横で、レイヴン様は私の両手をそっと包み込み、熱い吐息を漏らしながら私の首筋に深く顔を埋めた。
「さすが私のエルサだ。神の領域すら容易く弄ぶとは……お前が可愛すぎて、本当に私の心臓がもたない。今すぐ誰もいない場所に閉じ込めて、私だけの女神にしたい」
「ふふ、レイヴン様、くすぐったいです!」
神様が敷いた理不尽なレールなんて、私にとってはただの散らかったゴミ。
私は新天地の旦那様の腕の中で、世界そのものを自分好みに住みやすく変えていく準備を、のんびりと始めるのだった。
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