096.狂人
俺は守護者というコアちゃんが名付けた護衛役の肩書に踊らされていたのかもしれない。
肩書では抜けない。そうテルシアに断言したこの俺が、だ。なんという恥じるべきことだろうか。
実際に出てきたお高い上位モンスター娘たち。顔と体はドンピシャなのに毎日三十リットルの牛乳を絞る必要がある暢気な牛娘。こいつのせいでしばらく主食はシチューになりそうだ。
次に出てきた高飛車悪魔侯爵令嬢は秒でわからされて個性を失い、胸の大きさではアスティに勝てず、見た目の個性の強さではサメに勝ち目のない、個性を失くすことが個性みたいな残念令嬢。
最後に出てきたのは、あまりにも尻尾以外にサメ要素が無さすぎてシャークヘッド帽子でごまかそうとしている冷笑系ロリ。
あとちょっと、もうちょっと、ゴールポスト三センチくらいずらしてくれたら人生ゴールインしてもいいかなっていうところで遥か彼方に飛んでいくボールたち。全部惜しい。
そして惜しいは=本気で恋愛対象にはならないのだ。そこには必ず妥協が生まれる。
この人のこと可愛いし好きかも……あ、でもこういうところはちょっとやだな。元カノの方が良かったかな……そんな気持ちで付き合うなんて失礼なんだ。
俺だったらそんな妥協で恋愛するやつのことは本当の愛じゃないって断言できるね。
その点俺は愛なんてどうでもいいからダンジョンマスター権限で言うことを聞かせられるので同じ土俵には立っていない。人権無視最高!
性格、内面全否定で全部許される。ハッピーだね。
だから俺はこのサメちゃんが変な帽子をしていようと、貧乳だろうと顔がいいから受け入れてみようと思う。
「ところでサメちゃんはなんでそんな長めの体操服みたいな服を着てるの?」
「うぉw 体操服に、興奮してる……変態、うぉw」
やばいやっぱちょっと無理かもしれない。
冷笑系は無理かもしれない。
アスティはこれと本当に仲良くなるつもりなんだろうか?
「この服の下、気になる?w」
うすら笑いのサメちゃんがぺろんと服の裾をめくってすぐにサッと隠す。真っ白な太くない太ももが一瞬だけパッと露わになって消えた。終わらない夏を感じた。
「気になるって言ったら見せてくれるの? その……おパンツを」
「うぉw 食いwついwたwww」
「なんだ、見せる勇気ないのか。興醒めだな」
「きょw興醒めwwwサメだけにwww」
「そんなつもりで言ってねーよ! 俺がつまんないこと言ったみたいなのやめてよ!」
自分は頬をひくひくさせて冷笑しつつこちらを貶めるとか、推しの配信見ながら距離感掴めてないコメント送ってくるおじさんかよ。
「みせてあげるw」
「結局見せんのかい」
そしてガバっと勢いよく体操服みたいなものが持ち上げられる。紺色のパンティが見えた、と思ったらさらに脱ぐつもりなのかどんどん服が捲れ上がってついに全身が露わになった。
「す、スクール水着……だと……」
パンティだと思ったものはスクール水着だった。立体感があるのは下の丘だけ。上には丘も谷もないぺったんこ平野。
まさか、あの体操服みたいな長シャツはビーチでよく見る「ちょっと恥ずかしいから隠そうかな……」のやつだったってのか!? それとも「パンツだと思った? 今日プールだから家で下に水着着てきてたんだよね」のやつなのか!?
「お、おまえまさか……シチュエーションに拘るタイプの冷笑系なのか……」
なんだその初めて見る属性は。自分は冷笑系なのに冷笑されそうなことを率先して体現していくだなんて……何がしたいんだ???
「う、うぉw 帽子が引っかかって服が脱げないw うおぉw」
なんかいつまでも服脱げきらないなと思ってたらシャークヘッドが引っかかってたらしい。そうだよね。その被り物絶対襟より大きいもんね。
つーか今思いっきり帽子つったな?
「コアちゃん、床」
「はーい」
軽い返事と同時、ステージの床がパカりと開く。
「う、うおおおおぉぉぉぉ——wwwww」
「サメちゃぁぁぁぁん! 今度からオチ考えてから出てこいよぉぉぉぉ!」
サメちゃんが落ちていった落とし穴に向かって叫ぶ。これからうちの子になるならちゃんと、自分でやるって決めたネタはオチまでしっかりやってくれないと困るからね。
「ぉぉぉぉおおおおうwww」
とか思ってたらサメちゃんがトライデントで水流を操って水の流れの上を滑って飛ぶように落とし穴から自力で戻ってきた。しかも、逆音声風にである。う、うおw
「サメだから飛べるwww」
「フロリダの件お前が回収すんのかよ!」
それについてはもう一生回収される機会はないもんだと思ってたわ! お前が回収するんだな! こんなに時間経ってからここで出すんだな!?
「それにしても凄いな。水流を操るのは水魔法? それともトライデントの力?」
「サメパワー」
「コアちゃん、俺この子とどう仲良くなったらいいのかわかんないや」
「随分仲良さそうに見えたけど?」
「どこにそんな様子があった?」
「わー! サメちゃんお水の中だけじゃなくて空も飛べるのです! かっこいいのです!」
「う、うおw こんなことで褒められたwww」
さすが陽キャのアスティはサメちゃんの言葉遣いや奇行も気にせず距離を詰めていく。
「うーん……俺あの子一番苦手かもしれない」
「そんなこと言われてもリコールなんてできないわよ。前にも言ったけど性格と見た目の個人差は運だもの。産んだ責任は取らないと」
「産んだのコアちゃんじゃん」
「私はシノミヤの介護で手一杯よ」
「どの口が言ってんだよ」
「口は無いわ」
「怖い話やめてね」
口どころかツルツルだから本来スピーカーの音出る部分みたいのも無いのにコアちゃんってどうやって喋ってんだろう? ファンタジー存在だから不思議な力的なアレか?
「それよりシノミヤ、サメちゃんの名前どうするの?」
「え、もうサメでよくない? サメちゃんコアちゃんでいいじゃん」
「うーん、私をリスペクトした名前ってことね。それならいっか」
「ポジティブって時に想像を超えるんだね」
「何言ってるのよ、ここはダンジョン……」
「あるのはネガティヴだけね。わかったわかった」
「あら、珍しいわね。いいこいいこ」
サメちゃんと仲良くなろうとアスティに質問攻めされてうおたえて——うろたえているサメちゃん。そんな二人を眺めながら熟年夫婦の縁側トークみたいなことをしていたらコアちゃんのツルツルボディで頭を撫でられた。久しぶりのメロつきだ。
これは、いい機会なのかもしれない。
「コアちゃんってさ、何か俺に聞きたいこととか不安に思ってることでもある?」
「……どうしてそう思ったの?」
「なんとなく。なんか時々。話してて違和感があったていうか」
俺がダンジョンを一人で歩いていたときや、ミエレやテルシアと一緒にいた時とかは特に。
ガーディアンたちだってそうだ。いきなりの大盤振る舞いで三人も会話ができてかなり強そうな女を寄越してきた。
「……正直に言えばかなりね。シノミヤだって私に言わずに色々考えたり悩んでたりしてたんじゃないの?」
「やっぱわかるんだ?」
「頭の中なんて覗いてないわよ。前に言ったでしょ、シノミヤの頭の中に脳は入ってないんだから」
「またそうやって怖がらせようとする」
「……そうね。悪かったわ。これからは気をつける」
特に変なことを言うでもなくあっさりと引き下がるのは珍しい。いつもはこんなにしおらしくなんてないのに。
「ごめんね、コアちゃん」
「何がよ」
「前に邪険に扱ったこと」
「それならもう謝って貰ったわ」
「それでも胸に引っかかってはいたんだよ。だからこれは俺がスッキリしたくて謝った」
「悪い子ね」
「コアちゃんの家族だからね」
「……」
ダンジョンコアとダンジョンマスター。
ふたりでひとつの命。
運命共同体。
それは、どんなに配下が増えようと……どれだけ時間が経とうと変わらないことで。
「俺、バカだし女好きだし、タバコも酒もやめられないけど、要らない人間は平気で殺せるよ」
「じゃあ、要らなくない人間ができたらどうするの?」
「要らなくなるまで生かしてから殺すかな」
「混沌に生きる覚悟が決まったの?」
「それは違うかな」
そう言って、人魚たちを映していたスクリーンから視線を逸らし、コアルームの壁のとある場所を指で指し示す。
「ニワトリの爪痕ね。あの時は本当に死ぬかと思ったわ」
本当にまったくその通り。
あんな化け物がいる世界だなんて聞いてなかったし、あれが化け物じゃなくてただのニワトリで、もっとヤバい化け物や冒険者が居たんだからたまったもんじゃない。
——ごめんね、私役立たずで。
あの一言は、本当なら俺が先に口に出すはずだった言葉だ。
何もできない、魔法も使えない。体の動かし方も知らない無力な自分。割と生きることを諦めていたとき、俺を生かした言葉。
「時々さ、思い出せそうで思い出せない記憶……って呼べるのかな。わかんないけど、そういう、何か忘れてる感覚ってのが力を解放して貰ってから何度かあったんだよね。結局全部わからないままなんだけどさ。多分、そういうのもあってちょっとナーバスになってたんだ」
「知ってるわよ。顔にも体にも出てたしね」
「ちょっと待って、体にってなに?」
「ヤリすぎ」
「はい……」
相変わらず夜のチェックされてるのね。
コアちゃん寝ないから暇だもんね。
「まあ、そんなこともあったけどさ。今の俺はこの手に入れた魔王城もダンジョンももっと楽しくていい場所にしたいと思ってる。人間に奪わせる気なんて欠片もない。人殺しが楽しい訳ではないけどさ、やるしかないならやろうと思うんだ。こんなネガティヴな所信表明されても困ると思うけど——」
こつん、と久しぶりに丸くて硬いバレーボールが唇に衝突して歯に痛みが走る。多分、唇の端っこが切れた。
「ダンジョンにはネガティヴだけあればいいって、さっき自分でわかったって言ったでしょう? そんなこと胸張ってなさいよ。嫌で面倒で、でも邪魔だから人間を殺す。それがダンジョンの通常営業よ。まあ、楽しめるようになったら楽しめばいいわ」
「ありがとう。実はたまに楽しんでる時もある」
「ふふ。いいじゃない。これからもシノミヤが頑張ってくれた分はちゃんとお礼をしていくから。助け合って……今はまだ私の方が助けられてばかりだけれど……私の力もいずれ戻るから。そうしたら助け合って行きましょう。もっと立派な魔王城を立てて、ダンジョンを拡大して、贅沢な暮らしをさせてあげる」
だから
「私たちの幸せを邪魔する人間どもは皆殺しにしましょうね」
「使い道があるのは生かすけどね」
「もう、それはいいわよ。綺麗に纏めようとしたのにぃ」
皆殺しにすることが綺麗って、不謹慎でちょっと笑ってしまった。
ダンジョンの準備は問題はありながらも進んでいる。まだ細かい調整や八階層と九階層が残っているが……それは北部侵攻をしながらでもできることだ。
きっと、俺もコアちゃんも心の奥底にあるものを全て言語化なんてできていないし、これからもすれ違いや不信感を抱くことはあるんだろうけれど——そんなの誰が相手でも同じだ。
むしろ俺とコアちゃんは魂からノリが繋がってる。覚えもない郷愁に駆られるのは仕舞いだ。
「う、うぉw 母乳出たwww」
「もう〜まだ飼い主様の赤ちゃんできてないから母乳じゃなくてただのミルクなのですぅ〜もう〜」
「ちゃんともう〜って鳴くんだw うおw」
過去に例がないくらい美しく締めに入ってたのに台無しにするのやめてくれない?




