091.Nail-biter
テルシア(王国の宰相的立場の公爵のスパイ)からの提案は、王国と手を組みダンジョン資源を融通する代わりにこちらも欲しいものを手に入れるというもの。
ダンジョンに金は必要ないので商売というより物々交換くらい原始的な話とも言える。
「まず、その話に乗った場合にそちらが提供できるものとは?」
どうせ最後は破談になるにしても、王国とやらの資産を聞き出しておいても損はない。内容が本当ならいずれ奪う。嘘ならそれでおしまい。
「そうですね……」と手錠のついたままの右手を顎に添えた後、テルシアがチラリと俺の後ろを見た。
「飼い主様……すみません、染みてきてしまったのですぅ」
「——鍋。ほらミエレ、仕事だ」
何かと思えばアスティの朝の搾乳タイムだった。今までナイフや剣をダンジョンの保管庫から取り出すことはあったが、鍋をサモンする日が来るとは思わなかった。
床に置いた鍋に向かってか細い手でハイライトの消えた瞳で乳搾りをするミエレ。
……ちょっとこいつら存在がうるさいな。
「ご主人様がご希望でしたら……王陛下も公爵閣下も娘を嫁がせることくらいは許可をするかもしれません。幸いなことに、ダンジョンマスター様はモンスターではなく人間。しかも眉目秀麗な殿方ですもの」
「過剰に持ち上げられると現実味がなくなって胡散臭くなるよ」
「そうですわね。言いすぎました。ご主人様は見た目はそこまでですけど……ダンジョンを手に入れるためならそれくらいはする方々にございますよ。私の雇い主は」
「……」
確かに持ち上げるなとは言ったけどさぁ、取り下げなくてもいいんだよ。言い過ぎてないから。別にそのままでいいから。しかも実際落とされたことで話に信憑性少し感じちゃったの悔しいよ俺。
「ご主人様はかなりの色好き。ならばその花々の中に王女や公爵令嬢という花を添えるのもお楽しみいただけるのではありませんか?」
確かに、王道だもんね。王女様とか貴族令嬢とか。普通異世界来たら真っ先にフラグ立たないといけないキャラクターに一切出会ってない。
俺まだヒロイン的な存在に出会ってないんだよね。このままバレーボールがヒロインになるんじゃないかって焦ってたから割とニーズにドンピシャではある。
そう考えるとコレクションに加えられるというのなら有りかもしれないんだけど……でもなぁ。
「肩書きだけじゃ抜けないんだよなぁ」
「今……なんと?」
「肩書きだけじゃ抜けない」
「聞き間違ったことにして差し上げるつもりだったのですが、伝える気の本音だったのですね」
「ん? どういうこと?」
「い、いえ……そ、それならばご主人様。私を抱きますか? 生娘ではございませんが、房中術ならば心得ておりますよ。私の立ち反り絞り芙蓉をお試しになってみますか?」
た、たちそりしぼりふよう!?
なんだその聞いたことのない単語!
異世界の四十八手的なやつなのか?
めっちゃ気になる!
「ビジネス相手だとしてもスパイと分かってて手を出すほどバカじゃないよ」
「残念です……」
流し目で俯くのやめて! ただでさえそのアスティに負けず劣らずなボディは蠱惑的すぎるのに! めっちゃ手出ししたいですよ! なんせ俺はバカだから!
「まあ、興味を唆る話ではあったが……それだけではな。そちらもダンジョンにはそれなりのものを求めるつもりなんだろう?」
血の繋がった娘さえ差し出す覚悟で何を求めているのやら。
「ダンジョンには不思議な力を宿した武器が宝として眠っていることがあると聞きます。そういった類の物から、それこそ需要の絶えない金銀銅に鉄。それらの資源があれば王国は豊かになり、他国に侵略される恐れがなくなるのです」
「アルヴァリア王国ってのはダンジョンに縋り付かなければならない程窮地に陥っているのか? それならば俺は別の国と友誼を結んだ方が得に感じるが」
各種鉱物はいい。俺の頭の中にぶち込まれたこの土地の情報はほとんど右から左に流れ出ていったが、コアちゃんの解析でそういう資源が豊富にあることはわかっている。何百年でも採掘できるくらいの量はあるだろう。
だが、武器となれば話は違う。素材を加工するのにはDPを消費する。ただの鉄鉱石から鉄だけ取り出すとかならDPは不要だが、例えばそれでアスティのハルバードのような形にして強度を増したりパワーアップさせるのはDPが必要だ。
だからうちのダンジョンはいまだにゴブリンを増やして森で集めた素材で矢を造らせてるくらいだし——あ、鏃くらいは鉄製にしてやってもいいかもしれないな。あとでコアちゃんに言っとこう。
「それは難しいでしょうね。ミストフォークは北の果てです。北の山の向こうにも別の国がありますが、人の行き来はありません。山を越えられませんから。東も同様です。山と森に邪魔をされて交流はありません。唯一あるのは南と西ですが……南はヴァルメルト公爵の領地があり、隣国とは良い関係を築いています。西の隣国とは緊張状態は続いておりますが、今すぐ戦争が起こるような戦力差はありません」
随分と具体的な話が出てきたな。要は西の国がダンジョンを押さえたから備えたいってところなんだろうな。
これ以上の話は出てくるだろうか? そろそろ打ち切って終わらせてもいいかもしれないな。
「先に戦争が起こるとしたら西ではなく、この北にございますよ」
「え?」
「既にダンジョンの危険性は王都まで届いております。そこに、ダンジョン保護のために動いた騎士団と冒険者の全滅。そしてヒナトを襲撃した謎のモンスターもダンジョンに関係していると思われています」
確かにダンジョンに来た連中は殆ど死んだけど鹿のやったことは俺関係ないよ?
え、俺のせいになってるってこと?
「そして何より、ヒナトを壊滅させたモンスターをたった一人で倒した英雄。ヴィシャン・ラグナロウ・フレイズ。フレイズ伯爵家の長子にして聖女の名を受け継いだ英雄がこのダンジョンで死んでしまいました。よりにもよって、私の目の前で……あのアルヴァリア人貴族は王国の希望。アルヴァリアの民はどう思うでしょう。息子を二人失い、領内の街と住民を蹂躙されたフレイズ伯爵はどう動くでしょう。戦争です。北部の犠牲者の弔いと、奪われた街の奪還の為にフレイズ伯爵は是が非でもダンジョンを手に入れようと仕掛けてきます。そして、その後ろには私の雇い主からの支援も」
「……おいおい、交渉どころか脅迫じゃねーか」
つーか情報が多いな。あのクソ鹿のやったことが俺のせい?
しかも街を一晩で滅ぼしたモンスター化した鹿を倒したのが——名前からしてラグネルのことなんだろうな。
ラグネルならば命を捨てる覚悟なんていつでも持ち歩いてそうなもんだ。天賦の才だって初めて見た時から異常だった。
なにせあいつの剣の光は動かない。
だったらあの光るエネルギーは何だ。どこからきた。
偽ラグネルの光が生み出した剣に貫かれた痛みが甦ってきて気持ちが悪い。
「その戦争、王国はどれだけ動員するつもりだ?」
「実際に指揮を取るのはフレイズ伯爵。騎士団と正規兵を合わせて三万。民兵を合わせれば五万は集めるのではないかと」
五万。この前の森の獣どもが数千匹に、人間が二百程度。直接対峙しなかった鹿を除けば全部で二千から三千か? 頭数で軽く十倍以上。
しかも、こいつはラグネルが死んでると思っている。だが、実際にはそこにラグネルは必ず現れる。何せあいつは生き返って平気な顔で帰って行ったのだから。
「テルシア、お前いい性格してるよ」
こいつ、その情報を持ってて俺が話を聞こうとするまで黙っていやがった。
ラグネルを殺そうとしなかった理由もわかった。
テルシアも、ヴァルメルトとかいう公爵も——フレイズ伯爵家とやらもまとめて北の地に棲まう人間に戦争を嗾けておきながら、裏で手を回してきたってことか。
つまり、今この場所は敗戦を前提とした戦後処理の叩き台。
素直に戦って全負けするか、駒になって安く負けるか。
「面白い。話には乗ってやる。お前は一度雇い主の元に戻って欲しいものをまとめてこい。こちらももっとまともな交換条件を用意しておく」
「まぁ! ご主人様、本当ですか!? よかった……私は無駄な争いは避けたいと心から思っていたのです。私たちは必ず、必ず手を取り合いわかりあえる筈であると!」
「本当にそうなるように信じていいんだな?」
「ご心配なく。すぐに王都に情報を送ります。私は領都フレイズの情報を探っておきましょう。必ずご主人様の役に立つとお約束します」
そう言って満面の笑みで立ち上がる手錠をしたままのテルシアと両手で握手を交わした。
「アスティ。お客様のお帰りだ、森の外まで送ってこい」
俺とテルシアの会談中に搾乳をしていたアスティが慌てて服を着る。搾乳中にいきなり動いたものだからミエレが牛乳まみれになって小刻みに震えていた。
「ああ、そうだ。テルシア! ラグネルならダンジョンの魔法薬で生き返らせてある。綺麗に首を刎ねてたことと、時間が経ってなかったからなんとか間に合ったよ。本人が覚えてるかはわからないけど、再会してもビビるなよ?」
アスティに連れられて魔王城の外に運ばれるテルシアの背中に叫んでやった。
全くの嘘。デタラメ。
ラグネルは勝手に生き返って変な女のおばけが連れて帰っただけ。
だが、お前らがラグネルを利用するというのなら、こちらもラグネルの死を利用してやる。
死者蘇生の魔法薬を作れるダンジョン、殺したくないよな?




