089.カミングアウト
俺がダンジョンマスターになってからというもの、朝目が覚める時は大抵はコアちゃんのアラームかモンスター(主にグレイス)にかじられたり、舐められたり蹴られたりしていたのだが……いや思い返すと結構酷いんだけど、それは一旦置いといて。
「んちゅ……はむ。ぷふぁ……は、ほひはひは? ほはほうほらひまひゅれふ……」
なんて湿っぽくて奥深い目覚め方をしたのは初めてのことである。
びっくりして突っ込んだあと、すっきりして目が覚めた俺は、その後何故か珍しく寝起きなのに頭が冴えていたのでさっと着替えた後に、俺を刺激的に起こしてくれたアスティに鎧を着せてもらった。
「飼い主様、朝のミルクごちそうさまなのです」
ちょっとどういう意味かは深掘りできないので「うむ」と頷いておいた。
実は昨晩はちょっと大変なことが起こった。何がというと、お風呂でお楽しみの最中のこと。
俺は牛の乳搾りというのを舐めていたのである。卑猥な意味ではない。甘く見ていたという意味だ。味のことでもない。
アスティはホルスタイン種。つまりは乳牛である。母乳のつもりで搾乳とか言ってたら牛乳が出てきたのだ。大量に。
おそらくは二十から三十リットルほどの牛乳を処理するハメになった。
慌ててコアちゃんに鍋を作って貰ってせっせせっせと乳搾りをすることになったのだ、ミエレが。
俺? 俺はすぐにギブアップした。疲れたし飽きたのだ。それによって奴隷の癖に穀潰しだったミエレにはアスティの乳搾りという仕事を与えることになった。なので今日から護衛にアスティ、そしておまけでミエレが俺に帯同する。
ちなみにアスティの服装は彼シャツはやめた。普段からエロいと有り難みがないので今はDP製オフショルダーのリブニットとパンツルックである。
ミエレは盗品の中にあった安っぽい村娘みたいな服装をしている。ガラスの靴で覚醒する前のシンデレラみたいな感じ。
ちなみにグレイスのドレスは覚醒後のシンデレラの服を台無しに破いたような感じ。
回想と余談終わり。
まず本日の予定だが、昨日の騒動で一階層目から三階層目のモンスターが不在。ついでにフェルも不在。六階層もまだ落ち着か無い。
なのでコアちゃんには一旦モンスターの配置を適当に振り分けて貰いつつ、宝箱の中身を考えて設置する作業を依頼した。
コアちゃんも最近無理をしていたし気分転換に好きなことを楽しんで欲しい。
グレイスは森に出した。遠征部隊を動かす余裕がないので、森を徘徊してダンジョンに近づきそうなヤバいやつを処理して貰う。日中の行動だが"存在希釈"があればなんとかするだろう。
「そういう訳で、今日は二人でゆっくり話でもどうかと思ってね」
魔王城のリビング、小さな机を挟んで向き合うのは俺とテルシア。
机には安物のティーカップに並々のミルク。
「ご主人様のお時間を頂戴できるとは光栄にございます。それで……その、このミルクは……」
「牛乳だ」
「昨日の……」
「ミルクだ」
「とても美味しそうですわね」
テルシアはずっとリビングの檻の中に居たので昨日の乳搾り事件に気づいている。だからどうした。出たものは使わなければ勿体無いのだ。
ちなみにアスティとミエレは俺の後ろに立っている。アスティは護衛。ミエレは奴隷。
テルシアがここに来てミルクで若干引くという感情の機微を見せたのは少し意外。やっぱ人型からでたミルクは抵抗があるんだろうか。あるよな、普通。
「で、昨日はあちこち嗅ぎ回っていたようだが……成果はあったか?」
「……ご存知でしたか」
「ダンジョンの中のことは全て把握しているのでね。俺たちが何をしていようと目は何処にでも存在する」
「まるで天陽天視のようですね」
「てんようてんし?」
コアちゃんからの報告で知った情報で突いてみたら知らない言葉が帰ってきた。
「昼の空を照らす大きな白い星のことでございます。このあたりの国では天陽と呼ばれておりますが、この辺り——北方や東方の一部では天から地上を視るという意味で天視とも呼ばれております。ご存知ありませんでしたか?」
「へえ、あの太陽は天陽と言うのか」
こちらに来てから少しだけ気になっていた恒星の呼び名を今更ながらに知る。とはいえ世界標準ではなくあくまで土地によって呼び方は違うらしいけど。
「それで、話を戻しても?」
「ええ。ダンジョンの中を私がこそこそと嗅ぎ回っていたのは事実です」
「素直に認めるのか。では、なんのために?」
「ダンジョンというものを知るためですね」
「その答えはどう受け取るべきかな?」
テルシアの手足は檻から出した時点で拘束してある。まあ、ミルクが飲めるように後ろ手ではなく前で普通に手錠をしてるだけなんだけど。
「そのまま受け取って頂いて構いません。ただ……そうですね。信じてもらえないかとは思いますが、私にダンジョンに敵対する意思は全くないのです。昨日の退室命令のあと、なんの指示もなかったものですから、部屋に戻る間にダンジョンというものを知るために少し見学をさせて頂きました。ご主人様が天陽を知らぬように、我ら人間もまたダンジョンというものを全く知らないのです。知らないことを知りたい。そういったことに共感はして頂けませんでしょうか」
確かにラグネル騒動後、テルシアについては放置していた。というか構っていられる状況ではなかった。コアちゃんは監視をしていたけれど、テルシアは攻撃的な姿勢や敵対行動を取らなかったため放置していた。
「共感は俺の得意技だよ。いくらでもしてあげられる。けれど、回りくどいのは好きじゃない。目的から話して欲しいな。それと、天陽は世界に一つしかなくてもダンジョンは他にいくらでもあるだろう? 全く知らないなんてあるか?」
この世界はファンタジーで俺たちは新米でひよっこで卵から孵りたての雛だ。
先輩ダンジョンたちは世界中に当たり前に存在しているはず。
何故なら俺たちはコアちゃんという存在を通してダンジョンのルールとやらに縛られて生きているのだから。
「そうですね……ご主人様はダンジョンマスターになられてどれくらいになりますか?」
「どれくらい……一ヶ月、もうちょっとか?」
最初はちゃんと日数を記憶していたけれど、途中何度か命の危険で寝込んだりしてあやふやな部分がある。けどそのくらいは経っている気がする。
「なるほど、思っていたよりも短いのですね。冒険者ギルドが把握している情報でも若いダンジョンとされていましたけれど……その時点で本当に生まれたばかりだったとは。それならば他のダンジョンと我ら人間の関係をご存知なくても仕方がございませんね」
冒険者ギルドに在籍していたことは以前にも聞いたな。確か幹部だっけ?
「何か含みがある言い方だったが、話してくれるのかな?」
「前にもお伝えしたではありませんか。ご主人様が信じてくださるのならば、私は全てを一切隠し立てすることなくお伝えいたしますわ」
テルシアの口角が上がり、艶やかな唇が三日月を描く。
「わかった。信じてやるから話してみろ。けど、さっき伝えた通り遠回りなのはダメだ」
「ええ、承知いたしました。それでは——私の名は赤の三。アルヴァリア王国の王の目、ヴァルメルト公爵閣下お抱えの秘密組織・黒の手配書の諜報員でございます」
「うーん、ごめん咀嚼しきれないや」
アルヴァリア王国は何処で王様の目がどうしたのか、公爵閣下ってどのくらい偉いのか、秘密組織の秘密が簡単にバラされたとかちょっと胃がもたれる。
こういうときはミルクだミルク。ミルクは胃の粘膜を守ってくれるからね。ごくごく、ごくん。
「よし、赤ちゃんに説明する感じでもう一度説明しなおしてくれ」
正直なんもわからなかった俺はアスティの母性で幼児退行してみることにした。どうやら今日もややこしい一日になりそうだ。




