084.Not Revenant
七本の剣のうち二つを両手に握り、残りの五つが宙に浮いている。
その様はまるでラグネルに後光が差しているかのようにも見えた。
「ほれ、戯れてみよ」
ラグネルの姿をした女——ややこしい。とにかく、その女が右手の剣を掲げると、五本の剣が真っ直ぐに俺を目掛けて飛んできた。
「——ショートソード」
慌てて訓練用の剣を呼び出し身構える。視力では追える。身体能力で躱せる。技で防げるかは、不明。やるしかない。
直線で飛んできた剣を横に躱わす。案の定、剣は弧を描いて追尾してくる。見た目からしてそんな気はしてたよ!
「だがこの速さなら……」
「速度は人間以上。やはり、魔性。とはいえ、魔性にしては鈍い」
追尾してきた剣のうち三本を躱し、一本は剣で弾こうとして、触れ合った瞬間に剣が真っ二つにされて慌てて横っ飛びで床の上を転がる。天を仰ぐ。残りの一本は途中で進路を変えて上に飛んでやがった。剣が垂直に落ちてくる。転がってる避けたところで、追尾されるなら……
「う、がぁぁぁぁっ! 痛え!」
左手を差し出す。手のひらから肘を砕いて上腕まで差し込まれる。
「四肢を使い捨てる判断の速さは魔性。しかして、みっともなく後悔に泣き出すのは人のよう」
「さっきからごちゃごちゃと。こんな危なっかしいもの振り回しといてデータキャラかよ」
「好奇心じゃ、奇妙なものをみればその正体を暴いてみたくなるものじゃ」
「俺よりよっぽど奇妙なのはお前だろうが!」
過去にグレイスに腕を喰われていて良かった。恨んではいるが、腕一本くらいなら死なないことは分かってる。剣は腕に刺さったまま。飛んでいるのは残り四本。
こりゃ残りの手足じゃおつりが足りねぇな。
「くっ!」
別方向から飛んでくる剣の軌道を見て、躱わす。左腕は完全に動かない邪魔な荷物と化した。だが切り離すという訳にもいかない。
今はまだこのダンジョンマスターの身体能力でなんとか避けられているが……それはあの女が動かなければの話だ。
両手に持った剣で攻めてこられたらどうしようもない。
生傷が増えていく。躱したはずの剣の軌道が動く。回避ミスをすればそこで終わり。あの剣相手に普通の剣では太刀打ちできない。
「だったら、これは!」
間接のぶっ壊れた左腕を遠心力で振り回す。バツンと嫌な音を立てて、剣同士の衝突の勢いで腕が飛んでいく。左手を失うのはこれで二度目。
そういや前回も理由は違うがラグネル戦。
死んでも憎らしい男だ……死んでも?
「なあ、アンタは端っからアンタだったのか?」
「なんじゃ? 哲学を語る余裕があるのかの?」
「ちっ、人が話してる時くらい……攻撃を止めるってことができねーのか育ちが悪い」
片腕、重心がずれる。トラップルームの中を走って、壁を蹴って宙返りして着地してまた走る。俺地球に帰ったらパルクールで飯を食おう。嘘、面倒くさい。努力なんてしたくない。だからさっさと止まれチクショウ。
「ふふふ、妾に向かって育ちが悪いとな? まあ、あながち間違ってもいないがの。聞きたい答えで合っているか?」
「全然違ぇよ! ラグネルは最初っからお前だったのかって聞いてんだ! だいたい誰だお前! お前のことなんざ俺は全く知らないし、今後も知りたくないんだよアホ!」
「ふむ。その姿でよう吠える。人でも魔性でもなく、犬だったようじゃ」
人間のカス、ゴミ、クズ、クソ、生きる価値のない悪魔、口先だけの魔王。
右肘、両足の甲、そして腹に一本。宙飛ぶ剣の終着駅。俺の千切れた腕の破片をこびり付かせた最後の一本が顔面の前で切先を向けてくるくるとその場で回って遊んでいる。
「お前が俺をなんと呼ぼうと知ったことかよ。俺より人間らしい人間がこの世に居てたまるかよ。人の不幸で笑って飯を食う。自分よりは他人が死んだ方がマシ。最後に守りたいのは自分だけ。承認? いらないね、人に認められるよりも見下したい。そのためなら人間くらいいつだって辞められる、そういう人間だ」
だからごめん。
先ずは謝る。
さっきはあんな態度を取って本当にごめん。
ここで死にたくない。
終わりたくない。
もしもこんな俺を見守っていてくれるなら、力を貸してください。
「ったく、都合のいい女扱いされちゃ困るのよね。これからは、悪い女扱いしなさいよ」
トラップルームの中に響く、本当に俺の側にあるべき声。
「グァルルルルァ」
「邪魔者が一匹増えたところで」
トラップルームに真っ先に飛び込んできたグレイスがラグネルの皮を被った化物に襲いかかる。
同時、俺の顔を射ぬこうとしていた剣が迫り、後ろにぶっ倒れて躱わす。
無様。
「そんな真正直に来ると分かっていて当たるかよ」
「それで終わらないことは知っておるのじゃろ?」
そう、あの剣は一度躱したからといって止まりはしない。
「フゴォーッ!!」
「バサバサ!」
「べろべろ」
俺の配下が身代わりに死ぬ。
配置を戻していた駒を移動させてくれていたのか。あんな酷いことをしたってのに。
これは今夜はコアちゃんを抱いて寝るしかないかもしれん。
「グルァ」
「お前も主と同様、怪力ばかりの魔性か。技も何もなく、この妾の剣の前に立つのならば——散れ」
双剣がグレイスの胴を挟み込み、背骨を断ち切って交錯し、手首の返しとともに閉じた双剣が開きまた斬る。
一の字を二度書くようなその剣の軌道にグレイスはいない。
いつの間に、偽ラグネルの背後に立ち、その鋭い爪で偽ラグネルの首を掻き切ろうとして、剣に防がれる。
「魔性が、天を喰らったか。"陰影"確かに相性は良いのだろうが……人外に其れは与えられぬはず……ああ、お前は分霊か!」
するりとグレイスの間合いから抜け出した偽ラグネルが笑い出す。
グレイスが"存在を希釈"し襲いかかるが、全ての爪撃は防がれるどころか、グレイスの硬質な爪を容易く断ち切った。
「愉快、愉しいなァ……魔性の群れを率いる姿はまさに魔王。しかして、魂を分けて辛うじて破綻を防いでいるのは確かに人間、故に弱い」
後方で魔物の群れが細切れにされていくのをチラと見ながら俺もまた立ち上がる。
剣は四本刺さったまま。俺の役目はこの四本を逃さないこと。この剣があいつの元へ戻ればグレイスが殺される。
だから俺はそろりと後方に身を隠そうとしていたというのに。
「なあ、お主……妾にお化けかと問うたな? 己こそが亡霊とも知らずによく言ったものじゃ。ふふ、まこと面白いのう! さぁて、お主、人間にどれ程の未練を抱いておるのじゃ?」
人間離れとはまさにこれ。目にも止まらぬ速さどころか、元からそこに立っていたかのように俺の前に立つ偽ラグネル。相変わらず……いや、少しだけ顔色が悪くなったそいつが居た。双剣が、背後で俺を抱いている。
「はぁ……俺の未練なら教えてやるよ」
「ほう、答え次第ではこの場は見逃してやっても良いぞ?」
あ、マジ? いや絶対嘘だね。
背中に当たってる剣が肉に食い込んできてるもん。
……未練なんて山ほどある。コアちゃんとした約束なんて半分も叶ってない。なんなら始まったばかり。
ダンジョン作りだっていつも中途半端。邪魔ばかり入ってうまくいかない。
モンスターたちは何を勘違いしたのかこどもばかり攫ってきて俺に嫌がらせをする。
やっと抱いた女は爆乳には程遠い。
シスターとか聖女とか異世界のテンプレ美少女には会ったこともない。
無双もできず、経営は失敗。
ハーレムを作ったのは俺じゃなくてモンスター。
俺が何をした? 何ができた? 何もしてない。できてない。
そうやって、なんでもかんでも欲しがって何も手に入らない。
いつも通り。
それが俺のいつも通りだから、全部惜しい。
「そうだなぁ……やっぱお前のことが未練だな。俺の憧れた英雄は、本当にただの操り人形だったのかよ、ラグネル」
お前なら、盗賊に攫われた少女を殺すことなく助け出せる。そういう男じゃなかったのか。いつか、俺に罰を与えるのはお前のはずじゃあ無かったのかよ。
両足を貫かれたままの体がふらつき、ラグネルの胸に飛び込むように凭れ掛かる。
「うふふ。よろしい、最期に教えてやろう。妾は泡沫。じきに消える幻よ。この男は五万三千以上の命を持っておるでな……心配せずともお主のことを永遠に追ってくるであろう」
「は?」
「だから自分の足で立って待つが良いのじゃ」
そう言って、偽ラグネルは俺の体を支えてしっかりと立たせると剣を仕舞う。最初の一本が鞘に仕舞われたのと同時に、残りの剣も消えた。
「さぁて、この体はもうじき元の持ち主の物へと戻る。ああ、殺しても蘇るから無駄じゃ、手出しをすればまた何かの間違いで妾が出てくるから邪魔をするでないぞ。この体は妾が責任を持ってダンジョンの外へと運んでやるからの」
のんびりと背を向けて歩き出す偽ラグネルに狙いを定めていたグレイスが牽制される。
「……そうじゃ、黒髪の。お主の名前は?」
「……ニノミヤ」
「そうか、イチノミヤ。お主だけはこの男の名をこれからもラグネルと呼んでやるがよいぞ」
「言われなくとも俺はその名以外は知らねーよ」
つーかニノミヤつっただろ。
まあ、お化けに名前覚えられたくないから間違っててもいいけどさ。ノータイムで間違えられるのはなんか違うだろ。
「うふふ」と女のように嗤うラグネルの顔に気持ち悪さを覚えながら見送る。
「つーか帰るのかよ!!」
帰って欲しかったんだけどさ!
うち荒らされただけなんですけど!?
そもそも何しに来たんですか!?




