083.Shape of You.
名を問われ、くだらない嘘を吐いた。
自分を偽った。
そんな俺に感謝の言葉を告げて、ラグネルは自らの剣でその首を落とした。
「は? ……は?」
なんだよそれ。お前はいったい何をしにたった一人でダンジョンにやって来た。
俺とグレイスを敗北させた男が……自殺?
お前の弟を殺したのは俺の配下のオークだ。セレナは何処にいたか知らないが、きっと配下のモンスターにやられたか森の獣にでも食われたんだろう。そしてミエレは俺の慰み者として生きている。
俺の言葉を鵜呑みにして……絶望したってのか?
それとも自分が死ねばテルシアが逃げられると思ったか?
あの女は自分からダンジョンにやって来たというのに。
お前は何も護らず、復讐者になることもなく、それで構わないと?
「ふっざけるなよ! ラグネル!!」
乱暴に放り投げた酒瓶が壁に弾けて派手な音がする。
「誰がニノミヤだ。俺はシノミヤだ!!」
「……ちょっと落ち着きなさいよ。ニノミヤって言ったのはシノミヤでしょ。何を怒ってるのよ。敵が死んだのならそれでいいじゃない」
コアちゃんの言う通り、膠着した状況に飽き飽きして動かないバカ共を見下して言う必要もないクソのような名乗りを上げて、最期にクソの名を呼んで死んだ。
「これの何が良いっていうんだよ? あいつは誰も殺しちゃいない。テルシアも、グレイスも、俺に会うこともなく! 笑って逝きやがった」
「ちょ、ちょっと何? マジギレしてるの? もっと美味しいお酒がないか探してみるから一回座りなさいよ」
ふよふよと近寄って来た珠っころが視界を妨げる。
「邪魔」
「ぇ……」
スクリーンの間に入って来た珠を手で払う。
スクリーンには首から上のないラグネルの体と、頭が転がっている。
テルシアはどうするべきかと指示でも待っているのかじっと立ったまま。結局こいつのことは何もわからなかった。こいつは偽物のまま、正体不明。何も得ていない。殺す価値は見つからないまま、どれだけの強さなのかもわからない。これではグレイスやモンスターズを当てたところで仕留められる保証もない。
不愉快。
俺の理想の全てがぶち壊しだ。
英雄は堕ちることなく英雄として死に、テルシアの実力も測れない。手が出せない。変わらない。
今日というこの日このイベント自体に意味がない。全部無駄にされた。
「お前は俺と同じところまで堕ちて死ぬのが役目だろうよ、クソ野郎」
興醒めだ。
なのに沸々と湧いてくるこの怒りの感情はなんだ。
「ラグネルの死体を踏み潰してくる。吸収はするな。テルシアの殺害も中止。四階層に集めたモンスターは下の階層が空っぽになってるから一時的にそっちの守りに回せ」
「それはいいけど……シノミヤ、言葉」
「母親面するのはやめろ」
「……」
返事がない。なら納得したのだろう。
テルシアが居るせいで四階層にはどの道転移ができないので最短ルートで階層を移動する。
十階層でエルフが陣痛を起こしているのを見た。そういやそろそろだって言ってたか。すぐそばに経験者の炎の魔法使いもMMもいる。放置だ。
がらんどうの九から六を駆け抜けて、五階層で少しだけ時間を無駄にする。
そして、四階層。
下の階層に一時的に配置を動かした連中はもう居ない。
グレイスだけが俺を待っていた。
「ガァルル」
「そういや解放したままだったな。休め、仕事は終わりだ。それから今俺に近づいてきたら燃やす」
「グルル……」
目を細めてこちらを睨みつけるグレイスも無視。どうでもいい。こいつを連れて行って死体を喰われたら堪らない。
クソみたいな死に方を選んだバカを玩具にしていいのは俺だけだ。
トラップルームの扉を開ける。
テルシアがすぐに俺に気づいて頭を垂れる。
「お前は後だ。部屋から出ていろ」
「……承知致しましたわ」
役立たずが部屋を出た。
残ったのは俺と二つに分かれたラグネル。
コツコツと、硬い床の上は歩くだけで音が響く。冷たい音だ。靴底が金属を踏み鳴らす音。
部屋の中央に転がったラグネルの頭が下を向いていたので足で転がしてひっくり返す。揺れなくなるまで鼻の部分を踏みつけてバランスを取る。
青や紫の痣で変色した顔。膨れ上がってパンパンになった瞼。
ラグネルほどの男が誰にやられたんだか。
体。身に纏っているのは見るからに旅装。軽鎧さえ装備されていない。察するに、やはりこいつはまともな攻略狙いではない勢い任せの特攻。
突撃して死ぬような奴があの時退く訳がない。大切にしていた人間が死んで自暴自棄? それならわざわざこんなところまで来る必要はない。
考えれば考えるだけ、この男が理解できない。
「悩んでおるようじゃの」
俺と、死体以外に存在しない部屋に響く女の声。ダンジョンコアのものではない。声も、話し方もまるで違う。
「誰だ勝手に入ってきたやつ……は……は?」
人のシリアス中に許可なく入って来た配下を叱りつけようとして気づく。
俺の配下にこんなに流暢に喋れるやつはいない。グレイスは声は出せるが会話能力は終わってる。この部屋の仕組みを誤解したままのテルシアが戻ってくる訳もない。
周囲をぐるりと見回す。誰もいない。
「こっちじゃ、黒髪の」
「うわぁっ!!」
ラグネルの頭が喋っていた。器用に口を動かして、目玉もキョロキョロと動いている。
ガチの悲鳴が出た。シリアス真っ最中で苛立ちマックスでコアちゃんのことをあんなぞんざいに扱ったばかりだというのにコアちゃんに助けて欲しい。生首喋るなんて聞いてない!?
「ちょ、え、オバケ系の方ですか?」
「うーん、そうかもしれんの」
「塩とかで祓えます?」
「無理じゃの」
「なんで語尾がのなんですか?」
「会話デッキ終わっておるなぁ、黒髪の」
確かにそうだけど! 今聞くことじゃなかったかもしれないけど! じゃあどうしろっていうんだよ!? モンスターと会ったことはあってもお化けとか普通に未知すぎて怖いわ!
「まあ、転がり話もなんじゃ……この頭とそこに転がってる体をくっつけてくれんかの」
「立ち話もなんじゃのノリで語尾を寄せないで貰っていいすか。あとお化けに触るのとかマジ無理なんで成仏してください」
「仏……仏か。懐かしい響きじゃの。そうか、黒髪に黒目。ううむ……体の作りも顔立ちもこの世の物。しかし、中身は異物。其方、人間であるか?」
「ちょっと適当に口に出した話題拾って広げるのやめてくれませんか? 早く出て行ってください」
変なところに食いつくなよ。確かにこの世界で神だの仏だのなんてものの存在は聞いたことないけどさ。つーか俺は人間で人間じゃないのはそっちだろどうすんのこれマジで。
「ふぁーあ。すまんの、寝起きが悪いのが妾の悪い癖なのじゃ。もう時間は要らんよ」
ラグネルだったはずの生首がニタと嗤う。
怖気が走り、思わず距離を取る。
ラグネルの体の方の首から黒い膿が流れ出て、切り離された頭と繋がり、黒の濁流は刹那、その頭を引き寄せて胴と繋がる。
「ふむ。今回の依代は男か。気色が悪いの……まあ良かろう。生と死を弄ぶ害獣の力、悪くない。ふふ、妾を喰らおうとして逆に力を奪われるとは愚かなものじゃの。さぁて、そこな黒髪。お主、魔の物じゃろう? 妾を畏れるのならば、妾が剣でお主を祓ってやろう」
ラグネルと同じ顔——当たり前だ。ラグネルの死体がそのまま動いているのだから——をして、その声帯から出るはずのない女の声を発するそれが剣を拾い上げる。
「"天剣光輝"」
膨大な白い光が剣から放たれたかと思った次の瞬間には収束し、白く輝く七本の剣がラグネルの背に扇を描くように並んでその切先をこちらに向けて宙に浮かんでいた。




