081.トラップルーム
四階層のとある部屋までテルシアを連行する。
トラップルームの制作はまだ途中だったので、急拵えでこの一部屋だけコアちゃんが作ってくれた。内装は魔王城の壁と似ている。光沢があるので金属かもしれない。つまり、真っ黒な金属の四角い部屋。明かりは天井に並ぶ白い蛍光灯。何故?
刑務所に入ったことはないけど、本物の監獄ってこういう感じなんだろうか。いや、さすがに壁はコンクリか。なら差し詰めここは鉄の監獄かな。
「この部屋で待っていればよろしいのですか?」
「ああ、じきに相手の方から来る」
「承知しました。ご主人様もこちらでご覧になるので?」
「いいや。さっき通った部屋があるだろ? 俺はそっちで見てる」
「なんと、あの部屋にはそのような素晴らしい機能があったのですね」
「その辺は生き残ったら教えてやるよ」
「それは楽しみでございます」
やり取りを終えると、テルシアは冷たい床の上に座り込み、女らしいというか、弱々しく項垂れた姿勢を取った。
どうやら小道具が無くとも何かに化けるのは得意なようで。
それを見て俺もコアルームに戻る。
「あの女、さっき私のことを見ても何もして来なかったわね」
「そうだね。視線とかは感じなかった?」
「一度。でもほんの一瞬だからなんの参考にもならないわね。食えない女」
「そりゃグレイスに嫌われそうだね」
グレイスは男も女も好き嫌いはしないが、食べられる人間にしか興味はないだろう。
「コアちゃんっていつも映像を映してくれるけどさ、それって録画はできないの? 音楽のときは録音してたよね?」
「できるわよ? トラップの動作確認用かしら?」
「人が人を殺す所を見るのははじめてだからね。あとで見返したいんだ」
「……ふぅん。いいわよ」
やっぱり録画機能も付いているらしい。コアちゃんって高性能だよな。これで完全体じゃないなら他所のダンジョンコアってのはどれだけの力があるのだろうか。俺たちのような苦労なんかしなくとも十階層越えなんて簡単にしてそうだ。
コアちゃんに部屋の様子を録画して貰いつつ、別窓でラグネルの状況も追って貰う。既に三階層の攻略に入ってやがる。案の定あの光る剣でスケルトンが薙ぎ払われていく。
「ビールと、ツマミは……これは燻製か。これにしよう」
映像を観ながらダンジョンに収納された物資の中から木箱を二つ取り出して椅子と机代わりにして飲み物とおやつを準備。折角の鑑賞会なのでお楽しみモードだ。
「そういえば、グレイスと他のモンスターたちだけど……」
「みんなトラップルームの後ろに回してあるから大丈夫よ。どちらが抜けてもすぐに襲えるわ」
「じゃあ、三階層を抜けられたら即トラップルームまでは来られる訳だね」
四階層に急造して貰ったテルシアとラグネルが出会う部屋。
それは人間が入った場合、部屋から出るためにはある条件が必要となるトラップルーム。
今回は入室者が二人の予定なので、どちらか片方しか部屋から出られないようになっている。
つまりは、部屋から出るためにはどちらかを殺すしか方法はない。
条件を達成しなければ、部屋から出ようとしても自動的に部屋の中に戻される。
そんな訳で二時間か三時間くらい、ぬるいビールと臭みの強い燻製肉を齧りながら待つ。顎が疲れてきた。燻製を選んだのは失敗だったかもしれない。
ひたすらスケルトンが光刃に切り伏せられる様を繰り返し見せられ、ようやくラグネルが四階層に到達する。
モンスターとグレイスはトラップルーム以降に待機させているのでモンスターとの遭遇はない。
他の罠は稼働しているが、杭や矢が飛んでくる程度の物じゃどうせ仕留められないだろう。
その想定は正しく、間も無くラグネルはテルシアの居るトラップルームの扉を開けた。
テルシア・ルビーは俺と別れた時から微動だにせずに同じ格好で座り続けていた。
まるで、悪者に誘拐され囚われたお姫様。
「っ……大丈夫か!?」
ラグネルはトラップルームの扉を開けてすぐにテルシアに気づいて駆け寄った。一切の躊躇なし。苛つく。
「すんっ、すんっ……ひっ、あ……あなたはどなたですか」
まるでずっと泣いていたとばかりに鼻を啜り出したテルシアが顔を上げると、実際に両の目から涙を溢れさせて頬を紅潮させていた。
やけに吐息が混じり、震えた声音。狼が来るとわかって透明でよく見える赤ずきんを被った女。
「まさかダンジョンに生存者がいるとは……手を拘束されているのか? すぐに解放する。恐れないでこちらに手を差し出してくれ」
顔を痣だらけにしながら、でこぼこした顔でも気品を感じさせる振る舞い。
違うだろうラグネル。お前は俺に復讐がしたい殺人鬼なのだから、そんな品なんてさっさと捨ててしまえよ。
すらりとラグネルが剣を引き抜く。
まさか剣で手錠の鎖を斬るとでも?
「ひぃ……!? お、おやめください。暴力だけは……暴力だけはお赦しを、な、なんでもしますから! どんなことでも致します! お赦しくださいませ!」
ラグネルが引き抜いた剣を見て怯え、足で床を泳いで尻を引き摺り後退るテルシア。言動を見れば酷い仕打ちを受けた様に見える。
「困ったな。あなたを傷つけるつもりはない。俺ならその鎖を切れる。そうしたらあなたを街まで送り届けましょう」
「ま、街です……か?」
ラグネルが剣を下に向けて膝を折り、テルシアに目線を合わせ、手を伸ばす。まるでその手を取れば本当に王子様のように姫を救い出してしまいそうな美しくて退屈な絵面。
「もう充分警戒はされてないだろうに、なんでテルシアは動かないんだよ」
「ねー、シノミヤ。殺し合いいつー?」
「知らないよ」
こんな三文芝居——ラグネルは芝居じゃないんだろうが、こんなものを見るためにこの場を用意した訳ではないというのに。
テルシアが動かない。テルシアが動かないならばラグネルからは動く必要がない。
何より「連れて帰る」というのが気に入らない。
俺に用があったんじゃないのかよ。
こんなところまでやってきて、散々人の配下を殺して、女を連れて帰るなんて許すものか。
「コアちゃん、俺の声をあの部屋に送れる?」
「できるよん! 合図するね、三、ニ、一、!」
「あー、ラグネル。久しぶりだな。何をしに来たかはなんとなく想像は付くが……先にひとつだけ良いことを教えておいてやる。その部屋は罠が仕掛けてあってな、人が二人以上になるとどちらか一人しか外に出られないようになってる。つまり、お前がその女を助け出すことは不可能。どちらか一人でも生きてその部屋から出たいのならば、殺せ。そうすれば俺のところに来られるぜ」
コアちゃんのキューに合わせてマイクパフォーマンス。
実際にマイクは無いからコアちゃんを口元に持ってきて話しかけている。
「その声は……ダンジョンマスターか。久しいな。今の話を信じる根拠は?」
「女を抱えて外に出ようとしてみろ。部屋の中に戻される」
部屋に流れた音声ですぐに俺だと気づくか。直接会話をしたのなんてあの時だけだというのに。
「今の話が本当かご存知ですか? 俺を信じてくれるなら……一度剣は仕舞います。一緒にこの部屋の外へ出てみませんか?」
「……うぅ……はい……」
ラグネルに促されてテルシアがようやく動く。今の放送はテルシアにも聞こえるようにしたからな。さっさと殺せというメッセージだ。
「あっ」
テルシアが立ち上がるも、足をもつれさせてふらつく。
「大丈夫か」
ラグネルがそれをそっと抱き寄せて受け止める。俺もまだ突いたことしかない爆乳をハグしてやがる。死ね。絶対ここで死ね。
「すみません……長時間座らされていたものですから、足が痺れてしまって……」
「それなら」
「あっ」
今度はお姫様抱っこだ。完全に剣から手を離し、両手でテルシアを抱えている。
これだけ隙だらけならばいくらでも動けるだろうに……テルシアは動かず、乙女の様な声を出すだけ。そして二人はラグネルが入ってきた方の扉を潜り——部屋の中心へと戻される。
罠がしっかり作動しているのはわかった。
だが同時に、テルシアに攻撃の意思がないのもわかった。あのクソ女、まったくラグネルに攻撃する素振りがない。
俺の至らない境地での探り合いでもしているのか知らないが、動きがないというのは退屈だ。とはいえ、数が減らないと出られないことは理解したはず。さあ、殺さなければ誰も何も得られないぞ、見せてみろよ。お前たちの本性を。




