080.腐敗の王
毎回これだよ、こっちがいい気分になった頃合いを見計らったかのような襲撃。
フェルが死んだと聞いて真っ先に浮かんだ正直な気持ちはそれだった。
「ごめん! 私が夢中になって外の監視を疎かにしてたからっ!」
「頼んだのは俺なんだから気にしなくていいよ。とりあえずフェルの様子を見せて」
珍しく慌てているコアちゃんがスクリーンにダンジョンの入口を映し出す。
そこにフェルの姿はない。既に死亡、消失したのだと思われる。バカみたいな巨大ボウルだけが無惨に転がっている。
何気にユニークモンスターが死ぬのは初めてだな。ちゃんと復活するのか? 復活するにしても再召喚までのクールタイムはどれくらいだ?
どちらにしてもフェルは今回の侵入者にはあてにできないことは確定。
「コアちゃん。侵入者を探して。グレイス、万が一に備えて四階層に迎え。フェルを倒した相手だ、全力でいけよ——闢解」
「グァルルルルルルァア!!」
グレイスが四足で壁を蹴って走り去っていく。人であることを捨てた醜悪な姿で。
「今、一階層を映してるけどみつからないっ! すごいスピードで攻略されてる! スライムじゃ止められない!」
「じゃあ映像は二階層に回してくれ。戦闘中のコボルドを見つけよう。あいつらは集団で戦うだろうから」
「わかった……みつけた! 何こいつ、きったない! 雑巾みたいなボロボロの服に安っちい外套着た金髪のボコボコ!」
せっかくのダンジョン改築作業を邪魔されてご立腹なのか妙な言い回しをするから情報が入ってこない。
直接スクリーンを確認する……これは、確かにコアちゃんが言う通りに汚らしい。土埃か泥を浴びたまま汚れが染み込んだかのような服は、至る所が破れている。外套は血に染まり、高速で移動しながらコボルドを容易く切り裂いていく黄金と紫。何故か顔は何発も殴られたように痣だらけで腫れてイケメンの面影は大分薄まっているが見間違うはずがない。
「なんだラグネルか。もうお前の出番は別の奴が肩代わりして終わってんのにな」
「なに、シノミヤの知り合い?」
ああそうか、コアちゃんはラグネルを直接見たことがなかったんだっけ。
「ほら、前に俺が片腕をなくした時に戦った冒険者だよ」
「グレイスに負けたって言ってた冒険者?」
「そうそう。だから後はグレイスに任せておけば……いや、待てよ」
グレイスに負けたラグネルが、フェルを殺した? フェルはデカくて気持ち悪いだけじゃない。その質力と怪力はグレイスを凌駕する。
何よりもフェルは全身から腐敗毒を撒き散らすのだから、人間が近づいて平気な訳がない。
産まれた瞬間から山を目指して四つ目鹿どものボス個体をたった一匹でとっ捕まえてきた。
グレイスと並ぶ我がダンジョンのツートップの片翼がそんなにあっさりと負けるか?
騎士団と冒険者の集団の中で頭抜けていた銀騎士を簡単に轢き殺したフェル。力と質量だけでも冒険者に合わせればB級、腐敗毒を合わせればそれこそA級相当以上あると考えていた。
「普通あんな迷いなく突き進めるかよ」
「眩しさも関係なしね。さすがに正規ルートまではわからないみたいだけど、ハズレても止まらない。すぐ戻って別の道を探してるわね。これじゃ二階層は時間の問題ね……でも、三階層は真っ暗な迷路にスケルトン。きっと止められるわ」
「それはない」
「どうして?」
緊張した声音で、それでも状況を冷静に分析するコアちゃんの言葉をすぐに否定する。
何故なら。
「あいつは輝くんだよ」
「え、何それ私のライバル?」
「かもね」
「マジ?」と輝きを増すコアちゃん。対抗心を燃やしているようだけど、今は遊んでる場合じゃない。
他人にこんなことを言いたくはないけれど、あの男は剣だけじゃない。存在からして輝いてんだよ。平気な顔で「無辜の民を守る」だなんて宣う異常者が。
「それにしてもあんな不細工な面じゃなかったと思うけど、なんでまたあんなに必死でダンジョンに乗り込んで来た? 仲間はどうした」
ミエレはうちで捕まえているが、もうひとり女が居たはず。俺の肩を刺しやがった口の汚い女。
あ、もしかしてミエレを取り返しに来たのか?
「おかしいな。ミエレを捕まえたときの他の生き残りは全員殺したんだよね?」
「うん、皆殺し」
「じゃあミエレは関係ないのか?」
ミエレを攫った目撃者はいない。となれば、別に他の連中と死んだと思われていいはず。だとすれば——復讐?
「ぷっははは! 復讐か! 正義のヒーローが復讐のために乗り込んで来たのか! あの英雄面した男が! 俺と同じクソみたいな殺人者になろうって!? 最高だなオイ! 楽しくなってきたねコアちゃん! どうやってあいつを殺そうか!」
向こうが復讐がしたいというのなら、俺にだって前回の負けを取り返してやろう。
目の前でミエレを殺してやるか? どう殺す? 全裸で縛り上げて天井から吊るしてモンスター共に喰わせるか?
いや……それだと俺の玩具が減るな。替わりが見つかるまでは手放すのは惜しい。
「ああ、そうだ。そういやひとり丁度いい駒を余らせてたな」
テルシア・ルビー。
胡散臭い奴隷志願者。
裏切り者かどうか確かめるいい機会だ。
「コアちゃん。俺はちょっと奴隷を取ってくるから、グレイスのいる四階層にありったけの戦力を集めてくれる? あとは一番奥の部屋に例の罠の準備を」
「お、例のっていうとアイデアだけでまだ作ってなかったアレね!」
「それそれ。じゃあよろしく」
「ハイ、よろこんでー!」
これで準備は良し。
ラグネルが下の階層を登ってくるのには数時間は掛かるだろうし、後はテルシアを囮にして楽しませて貰おうか。
階層が上へと伸びたことでいくらか短くなった階段を駆け上がり、隠し扉を開けて魔王城へ。
「ご主人様、おかえりなさいませ」
「テルシアは奴隷になりたいんだったよな?」
「いいえ、私は既にご主人様の奴隷です」
「ならばそれを証明してみせろ」
「如何様になさいますか?」
相変わらず話の会話が噛み合う気色の悪さ。これで見目麗しいのだから性質が悪い。
「お前が人間を殺せるのか試すのさ」
「あらまぁ……素敵なお仕事ですのね。精一杯努めさせていただきますわ」
「足の拘束は解いてやるが手錠は外さない。期待しているぞ」
「ふふ。手を煩う程の相手ではないということですのね」
全く、不利な条件を押し付けているというのに理由も聞かないか。
まあいい。この怪しい女かラグネル、どちらが死んでも構わない。俺は最後に生き残った方を殺すだけだ。




