145.Joker or Queen Two Fates
なんとかフェルを引っこ抜いたあと、フェルに毒霧を撒かせて後を追われないようにして山を登り魔王城へ。城壁にはまだ門を作っていないため、短距離だがここはコアちゃんに転移でフェルを内側へ入れてもらう。ついでに、フェルの使い道を決めるまでフェルに大人しくして貰うためにお古のシングルベッドを出したら匂いを嗅ぎながらべろべろ舐め回していた。
あのベッドに染み込んだ匂いは俺の匂いではなくミエレの粗相の臭いなのだが……打ち明けたらショックを受けてしまいそうでまだ伝えられていない。
ともかく、フェルは一旦放置。
いつまでも戻ってこなかったから作戦には組み込んでいなかった戦力だ。使い方は改めて考える。
コアルームに戻り、先に済ませるはずだった問題から片付けていく。
「シスター、外で思った以上の被害が出た。外の本隊——と呼べる規模かはもはやわからないが——の動きを注視してくれ」
親不孝者がぶち壊しにしてくれたおかげでパワーバランスが崩れた。完全に撤退されるようなら一人でも多く殺すか捕まえたい。
一部撤退なら作戦通り、こちらは適当な餌をばら撒きつつゆっくりと敵の消耗を狙う。
「サメちゃんはしばらくは七階層の様子を気にしておいて。せっかく八階層に小規模の敵が孤立してるんだ。七階層を新しく抜けて来そうなやつがいたら仕留めてくれ」
八階層にいる六十二人の敵。階級は高く腕も立つ。しかしたった六十二人。地形と数の優位はこちらにある。追加が来ないならここで全員始末したい。
「アスティは待機。あとで俺とミカの護衛として黒の手配書と接触するときに付いて来てくれ」
「了解なのです!」
とりあえず、幹部への指示はこれで良し。
「コアちゃん。トータルどのくらい行った?」
「入ってくるエネルギー量からの推測だから、正しい人数は割り出せないけど、合計したら一万近く死んだんじゃない?」
「半壊じゃないか……あまり短期間で狩りすぎると敵が慢心しなくなる……中央が竜のおかげですぐに増援を寄越せないことになっていることを祈るしかないか」
何故か知らんがこちらの動きと連動するように始まった南部ダンジョンのスタンピード。恐らくはそれに巻き込まれていたであろうフェルの帰還。あちらの消耗次第では他の地域からの増援は来ないかもしれない。東部に中央を取らせるならこちらに戦力を幾らか割いてくれたほうが有り難かったのだが……これはもう予測不可能。
尤も、こちらの想定では増援が来るにしても数週間か数ヶ月後の想定だった。北の惨敗を知って急いでまとまった戦力を寄越されるのは困る。
少数を持続的に北に送って貰うこと。それが理想だった。
「じゃあ、コアちゃん。ちょっとDPを使おうか」
「はいはーい! どんなモンスターにする? ダンジョンを拡張する? 今あるDPならフロアを倍以上にだってできるわよ!」
絶賛過去最高収入記録更新中だからなぁ。フロア拡大は夢がある。とはいえ、七階層を抜けた人数を考えるとそこまで急ぎでもない。次に超えてくるのはどうせラグネルだろうし。
「階層とか魔王城とかは後でにしよう。まずは十階層をラグネル対策用に作り替えたい。今のままだと何の罠もなく正面からやり合うことになる」
「そうは言っても、捕虜は侵入者扱いだから構造を変えて迷宮化したりは無理よ?」
「創造物を設置することはできるでしょ? たとえば自力で持ち込むとか」
「……いったい何をするつもり?」
「それはね————————」
「————なるほど、わかったわ。そういうことならアスティを借りてもいいかしら? 力仕事ならアスティに頼むのが一番早いわ」
「おーけー。アスティ、話は聞いていたか? ちょっと十階層に行って一仕事頼めるか?」
「もぅちろんなのです! でも、八階層は良いのです?」
「行くときには声を掛けるよ」
「承知しましたなのです!」
そういう訳で、コアちゃんには階段付近にあれこれ用意して貰って、現場での設置はアスティに任せることにした。
ラグネル対策はこれでオーケー、次だ。
「コアちゃん、俺のボディアーマーを作り直してくれない? あと、ミカ用にもひとつ追加で」
「……人間に?」
「そう。これからはビジネスパートナーだ。俺たちのダンジョンは立地が悪い。自分たちで人間を家畜化するのにも時間は掛かる。安定した収入のためには人間の力を借りるのが効率的だ。ミカにはラグシュナ人を扇動し蜂起させて貰わないとね。死なれてしまえば、これまでの苦労が全て無意味だ」
「あれを作るのはかなりDPを消耗しちゃうのだけど……仕方ないわね」
「これ以上配る相手は増やさないからさ」
ボディアーマーはすぐにできた。消費するDPが多いだけで、すでに作ったことのあるものなので製作に掛かる時間的コストはないらしい。
「ということでミカ、今着てるそいつよりも良いものをやる。作業中に悪いが着替えておいてくれ」
「これ、前から思っていたけれど私の水竜の服とデザインが似ているわよね?」
「そりゃ、参考にしたからね」
黒のボンテージスーツなんてこの世界で出会うとは思っていなかったし、日本にいた頃だってそんなの実際には縁がなかった。けど、やっぱりピッチリしたボディスーツって近未来的で憧れる。そんな訳でコアちゃんに頼んでみたら何処から生まれたのかわからない超技術で創り出された装備。
「そうだったの? そんなに私のことが好きだったのね」
「そうかもね」
ボディラインの強調された爆乳に唆られない男がいるだろうか、否。それは男じゃない。
ということで、ボディアーマーの装着の仕方を説明する。といっても音声認識してくれるので別に複雑なことはないけれど。
「脱いだ時はカートリッジに収まるけど、装着したらカートリッジも勝手にアーマー化するから、気をつけるのは着てないときにカートリッジを無くさないようにするだけ。あと、部分的に開閉したりもできるから、必要が無ければ脱ぐ必要はないよ」
「じゃあ、ずっと着たまま?」
「俺が誘う時までは」
「ふふ、仕事に戻るわね」
あら、つれない。
まあ、あの笑顔を見る感じダメという訳でもないのだろう。今はお互い仕事の時間だ。仕事と私事を混同しない相手は助かるね。
「じゃあ、次はとりあえずプリムスたちの装備を用意しようか。プリムスには武器はいらないだろうから、同じ黒耀鋼製の鎧と……武器は剣でもいいか。デザインの参考はその辺にたくさんいるし、任せていい?」
「新王国の騎士にするんでしょう? それなら何か共通のマークでもあった方がいいんじゃない?」
確かにコアちゃんの言う通り。
別に王制である必要はないが、俺たちの意向が通らない国なら同盟の意味はない。
トップダウン型で民衆を扇動し易く、新たな君主の強さと正当性が欲しい。そういう意味では、ミカには、ラグシュナ人であること以外に女王となる正当性はない。
ミカを頂点たらしめる確固たる証が必要だ。ラグシュナを導く者としての象徴化。そういうものには宗教というのはとても便利だが、この世界には神がいない。代わりにあるのは天陽とかいうただの光る玉への自然信仰。
「黒耀鋼はラグシュナの聖女の剣と同じ素材か。なら、マークは翼にしよう。黒騎士ってのは厨二心は擽られるが、見た目の威圧感は最悪だ。天に届く翼を描いて聖女の威光にタダ乗りさせて貰おうか」
「ダンジョン殺しの信仰を? なんだかとても嫌な気分だわ」
「コアちゃん、よく考えるんだ。ダンジョンの仇敵の名前で人間を扇動して、ダンジョンの餌にする。ああ、ミカ……誤解するなよ? 殺すってのはアルヴァリア人のことだ。どうよ、そう考えたら聖女はすげー気ぃ悪いと思わない?」
「確かに、勝手に名前や象徴を使われて私たちに利用されてるなんて最高ね!」
「そういうこと! 天陽だか聖女だか知らないが……全部利用させて貰おう。なんなら宗教を作って聖女とやらを女神様に格上げしてやったっていい。曖昧な信仰を俺たちではっきりと定義付けてやろう」
「私たちが宗教を作るのね! いいわね! ダンジョンの尊さも聖書に盛り込みましょう! こうしちゃらんないわ! 聖典作りを始めなきゃ!」
「ストーップ! ストップ。コアちゃん、それはもう少し我慢してくれ。先に鎧と武器を。八階層の連中片付けてくるから、聖典だか聖書だかは時間が掛かるだろ? 先に俺たちの身の安全を確保しよう」
「そうだったわね! 鎧のサイズは……データ取得、分析開始——おーけー、はい!」
ガラガラと粗雑に放り出される八人分の鎧と七つの剣。どれも真っ黒。所々に翼をイメージした意匠が施されている逸品。決してガラクタではない。扱いが粗末なのは、コアちゃんを煽りすぎたせい。
まあいいや。考えるのはまた別の日の俺が頑張るだろう、うん。
「ミカ、さっきの話どの程度聞こえてた?」
「全部聞こえていたわ。なんとなくやりたいことはわかったと思うけれど、具体的な想像はなにも」
そりゃそうだ。地域、民族毎に違う信仰や主張。それをひとつに統合して答えを出して押し通す。押し付けを教えに書き換え洗脳するのは簡単でも、それの行き着く先の姿は見ていない者に想像するのは難しい。
「宗教云々のことは考えなくていい。ミカ、女王となるお前の正当性……力や立場の押し上げは俺がなんとかしよう。だが、立場ある者にはそれを象徴する名が必要だ。俺の知る限り、この世界の人間は平民であっても姓がある。それを捨てて新しい姓を名乗ることになる。家族の名を捨て偽るということだ。耐えられるか?」
「……私ね、お父さんとお母さんのことをずっと、"お父さん""お母さん"と呼んでいたの。家名どころか、両親の名前も知らないのよ。二人の名前を呼ぶ前に……二人とも死んでしまったわ」
この世界ならそういうこともあり得るのか?
そもそもミカの実年齢はいくつなのか。二十年前には子供だった。ラグシュナがアルヴァリアに戦争で負けたのはその何年か前だろう。
妙に色っぽい外見から結構年上だと思っていたが、実際には俺との差は大きくないのかもしれない。
「でもそうね、家族の名なら……ミカ・シノミヤ。これでいいじゃない。魔王との繋がりだって証明できるわ。魔王に認められ、ダンジョンと同盟を結んだ女王。完璧でしょう?」
「え、いや……俺の名前なんてまだまだ無名で……そんなの意味あるか?」
「観客席で泣いているだけの女の子を舞台の上に引き摺り出して、女王に仕立て上げようって男が、まさか逃げないわよね?」
「うぐ……」
別に嫌な訳じゃないが、そうなると俺の名前を広める必要が出てくるし、魔王と聖女——改め女神信仰を同居させるのは大変で、そもそもシノミヤって響きもなんか普通過ぎるというか……。
「ねぇ、愛してる」
頭の中でごちゃごちゃと言い訳を考えていたのに。耳元でたった一言囁かれただけで頭の中が空っぽになった。今、なんて言われた?
「助けてくれてありがとう。私の魔王様。この身は一生、あなただけに捧げるわ」
うん。もう全部どうでもいいわ。
早く侵入者ぶち殺してベッドに行こうか。




