146.真の平和を築く者
第八階層でプリムスたちに合流するために一計を講じた。主戦力であるケンタウロス部隊、一度外で伯爵軍に大打撃を与えた一団を第八階層の侵略者たちの目に収まるように移動させる。
討伐隊が結成され、ケンタウロスたちとの決戦が始まったタイミングでハピア——ハーピィの中でも俺が知っている個体に黒の手配書のメンバーを誘拐させ、黒の手配書ご一行には仲間を救出するという名目で討伐隊から離れて貰う。
俺とアスティ、そしてテルシア——ミカと呼ぶのは作戦行動中はややこしいのでなし——三人で隠し通路から下って第八階層へ。
「ハピア、よくやってくれた。戻ってケンタウロスたちには一度引くように合図を送ってやってくれ」
「お任せくださいピィ」
翼を羽ばたかせて飛んでいくハピア。ピンク色の鮮やかな羽根が数枚、ふわりと落ちてくる。
「思ったより早い再会になったな」とプリムス。
「ちょっと予定外があってね」
「何か問題でも?」
「そういう訳じゃない。お前たちを上に招待してから本格的な狩りを始めるつもりが、巡り合わせが悪くて敵の半分を殺しちまっただけだよ」
本来ならプリムスたちにもコアルームで映像を見て、うちのダンジョンの戦力についてゆっくり知って貰うつもりだった。フェルは予想外というより、誤算。自分の手の内に掌握できていると思っていた事態が突然手に負えなくなったとも言える。
「半分というのは、下の階層に待機している軍のことか?」
「そっちも半分。あと半分は外の連中。大丈夫、死んだのは落とし穴の周りにいた戦力外の連中だ。侵攻を止めるかどうか貴族共も悩ましいところだろうよ」
まったく、人のプレゼンテーションの邪魔をするなんて困った竜だ。
「全軍の半数……一万人近い人間を殺したというのか……」
「それについては事実よ。私はこの目で全ての戦闘の様子を見ていたもの。詳しくは報告書にまとめてあるわ」
テルシアが胸元からひらりと紙束を取り出して見せる。色っぽい。そして胸に当たっていた紙が他人に渡されるのに少し嫌悪する。ボディスーツにポケットが必要だな。それから、テルシアのこの癖も……おっと、政略結婚ですらない関係の女に何を考えてるんだか。
「それより、お前たちに贈り物だ。サイズは全員分測定してあるが、見ての通りごちゃごちゃでどれが誰のパーツかわからないもんで、悪いが自分たちで体に合うものを手分けして見つけ出してくれ」
コアちゃんが雑に床に転がした黒耀鋼製の騎士鎧の山を召喚する。
「これは……まさかダンジョンマスターが装備していたあの鎧と同じものか?」
「素材はそうだね。デザインは変わって、最終的に翼をイメージした騎士鎧になった。なんで騎士鎧なのかってのもあとでテルシアの資料と一緒に説明する。あと、剣はこれね。得意の武器じゃなかったら悪いが、製作者も仕事が忙しくてね」
次に出したのは黒耀鋼を素材にしたごく普通の片手でも両手でも扱える騎士剣。
「これも素材は……」
「黒耀鋼だな」
「現在では手に入らないと言われている黒耀鋼の武具が……こんなことがあり得るのか」
「うちは鉱脈を押さえてるからいくらでも作り放題だ。六階層の方にもいる仲間の分もあとで作ってやる」
たった八人分だからコアちゃんもサクッと作ってくれたけど……今は聖典作りに興味津々になっちゃってるからな……それ以外にもずっと各階層の監視までして貰ってるし、さっさとこの八階層にいる攻略組たちを始末して仕事を減らしてあげないと。
この階層の六十二人さえ始末すれば、後に残るのは第七階層も越えられない取るに足らない連中だ。大量に入ったDPは既に半分使ってしまったが、それでもまだまだ大量に余っている。敵が死ぬほどこちらの戦力が増やせるサイクルに入れば、余程のことがなければもう負けはない。
なんなら、伯爵がこのまま撤退を選んだ場合はその時点で勝利とすら言える。そんなぬるい勝利は求めていないが。
「悪いがプリムスには鎧しかないぞ。一番デカいやつがそうだろう。お前以外に着られそうなやつは見たところいなさそうだ」
「……確かに剣はあるが……漆黒とはいえ、まさか俺が騎士鎧をまた身につけることがあろうとはな……」
「あんただけじゃないでしょ、後ろにいる全員そうよ。いつまでも戦争犯罪者だの、冒険者だの、裏切り者だの、諜報員だの、傭兵だのと自分を蔑みながら死んだように生きるのはもう終わりよ。これからは、あんたたち全員、ラグシュナを守護するための騎士になるの。プリムス——いえ、アスガル・ラグナシャハル・ミラドール。貴方には"天翼の守護騎士団"の騎士団長を務めて貰う。他の全員も、あの日捨てた、奪われた名前を取り返すのよ。女神の力によって再びラグシュナを護るために甦った騎士としてね」
それぞれに自分に合う鎧を探し、互いに協力しながら着替える男たちに訴えかけるテルシアの言葉に、荒くれ者にしか見えなかった男たちの目の色が変わる。
「貴方たちが失った指や目は戻らない。耳が生えることもない。それ以外にも断ち切った大切なものだってあるでしょう。家族、友人との絆。国への誓い。その全てを取り返すのよ。ラグシュナは"混沌の女神"の力で独立を果たす!!」
さっきから、俺の知らない設定が生えまくっていて草も生えない。天翼の守護騎士団って何。混沌の女神ってなに。聖女も混沌側にしちゃうの?
テルシア、そんなアドリブで口から出まかせどこで覚えてきたの?
「ラグナシャハル、そしてラグシュナのために命を捨てて戦った英雄たちよ、聞きなさい——私の名はミカ・シノミヤ。魔王シノミヤの子を孕み、ラグシュナにダンジョンとの共生、発展。そして他国に二度と侵されることのない強国への道を示す者。新たなるラグシュナはダンジョンの力を手に入れる。聖女が人々を愛し、護った土地を聖なる地として聖女ラグナリアを神として崇め、どの国よりも正しく、強く、人々が幸福に生きる国にする。"混沌"と寄り添い"女神"の愛によって民は守られる。女神の代理人、守護者たる騎士たちよ、黒耀鋼を与えられたお前たちの力が必要だ! その鎧を纏い、その剣を握るのならば、誓いなさい。私でもなく、魔王でもなく、聖女でもない。新たなラグシュナのために、自分の胸に誓うのです。どんな理由があろうと、二度と裏切らぬ。国のために戦うと。さあ、天高く我らの誇りを知らしめよ、我らはダンジョンとも女神とも争わない。真の平和を築く者なり!!」
知らない、知らないって。
なんかすごく胸打たれそうだけどその設定俺知らないんだよ。
プリムス……じゃなかった、ラグナシャハルも、傭兵たちもなんかもう目がガンギマッてて怖いんだけど。俺この後どうすればいいの、ねぇ?
「テルシア……いや、ミカ・シノミヤ。それがお前がダンジョンで見つけた答えか。俺たちが何のために死んで、なんのために裏切りの誹りを受けながら生きてきたのか、全てを知っているお前が……あの時、ただ泣いていることしかできなかったただの小娘だったお前が見つけた自分で選んだ答えか?」
ラグナシャハルの問い。
それは、俺が別れ際にラグナシャハルに伝えたこと。
自分の目で見て決めろ。
「ええ、私はもう二度と自分を偽らない。誰かの謀りの駒にもならない。魔王だって手玉に取ってみせるわ」
「えぇ……別にいいけど……」
「ほら、構わないそうよ。ラグシュナ人を殺さない約束も取り付けた。そして私が魔王シノミヤの子供を産む約束もした。私の家名もこの爪痕のダンジョン、ダンジョンマスター・シノミヤから貰ったもの。家族の証。魔王との血の繋がりは私が、女神信仰を護り、人々をあらゆる敵から護るのはあなたたちが。今の東部に暮らす民たちにすぐに受け入れられるということはないでしょう。けれど、私たちが協力すれば、証明できる。アルヴァリアなんかの支配下で奴隷のような暮らしをする必要がないのだと! 私はラグシュナ人を解放する女王になるわ。ラグナシャハル、色々言ったけれど、あなたの答えはあなたの好きな時に決めればいい。私は一人でもこの道を進むわ」
完全に場がテルシアに支配されていて、口を挟むタイミングがない。
別にこれですんなりラグナシャハルたちが仲間になるというのであればそれでいいけれど……組織の中でテルシアがどんな立ち位置だったかを俺は知らない。これ、マジでどうなるの?
「いきなりあの地獄にやってきて、木箱に隠れてた嬢ちゃんが女王さまってか」
「何度も止めたのに、逃げ回って砦の外に飛び出しやがって、お陰でひとり死んだやつもいたなぁ」
「まさかこれから英雄に仕立て上げようかって男を言葉だけであんなに苦しそうな顔にさせるとは大したタマだとは思っちゃいたがよ……」
次々に上がる男たちの声。
伝え聞いただけの俺にはわからない遠い昔の戦場の記憶。男たちはそれを、笑っている。
政治の話は全然煮詰め切れてない。まだ、現在のラグシュナの状況だって俺は知らない。
この話を聞かせるには、早すぎたのだ。
ラグシュナを同盟とするのは決めていたが、ダンジョンと聖女を絡めた宗教だの政治だのはまだ叩き台さえ用意していない絵空事。それを、こんなに早く打ち明けてしまったのは失敗だ。
「鴉が拾ってきたときから俺は心配だったんだ。こんな小さな子供になにができるってよ」
「鴉の野郎は案の定碌でもないことをして女の子を泣かせてよ」
「俺たちは痛みと恐怖で明日を迎えるのが怖かった。ただ、うまくいってくれと願うばかりの地獄の夜だった」
「そん時の子供が、いつの間にか泣くのをやめて俺たちと一緒に泥水を啜って生きてく姿を見るのはずっと苦しかった」
「巻き込んで済まねえ」
「済まなかった」
「えらくいい女になったもんだ」
「旦那の顔はパッとしないが、金持ちだ」
「赤の三なんて名前、さっさと捨てちまえばよかったんだ」
「俺は考えるのは苦手だ。だが、こいつらが笑ってるってことは悪い話じゃないんだろ?」
「そりゃ当たり前だろ、黒耀鋼だぜ? ラグシュナの国宝、聖女の剣の一振りと同じもので作られた剣と鎧で、しかも着るのは俺たち。裏切り者の負け犬が、天に羽ばたく翼を戴いた騎士様になれるんだとよ、なあ、シャハル?」
打ち明けられたのは、謝罪。そして、言葉にすることのなかったテルシアへの心配。生まれ変わることへの期待。
「そうだな。ダンジョンの持つ力、分かっていたつもりではいたが……聖女の剣も、信仰さえも受け止める器があるとは知らなかった。何万年も前の歴史に埋もれた対立は、もうこの時代には存在しない。他国は次々にダンジョンを支配下に置き、力を付けていると聞く。アルヴァリアはそれに失敗し、ラグシュナは支配下ではなく同盟という恵まれた共生関係を築けるという——ならば、騎士たちよ。我らラグシュナの守護騎士団がどれ程の力を持っているのか、ダンジョンマスターにも知って頂かねば失礼というものだろう。違うか?」
ラグナシャハルの問いに、七人の騎士が「応」と声を揃える。
……なんか、うまくいったみたい?
俺なんもやってないけど。
なんとなく、同じ何もしてない同士、何してるかなと思ってアスティの方を振り向いてみる。
「もぅ……もぅ……もぅ……おっぱい……」
寝てた。難しい話すぎて寝てた。
自分の仕事じゃないときの切り替えの早さよ。
「あー、まあ……じゃあ、そういう訳で、とりあえず全員でこの八階層にいる敵を片付けるって感じでいいかな?」
「シノミヤ殿も戦われるのなら負けることはないのだろう?」
兜をしているせいで表情はわからないというのに、笑っているのがよくわかる。
「今回は俺は後方支援。本業は魔法使いなもんでね。前衛は任せるよ」
とはいっても、実際には八階層のモンスターたちとの挟撃になるからこちらは少数精鋭での奇襲部隊なんだけどね。




