142.死神の鎌
とりあえずの応急処置(手術ミス有)を終えてひと息、といきたいところだが、残念ながら血が外に噴き出る穴が塞がっただけで中身の方がまだ片付いていない。
「それじゃあ、臓器の復元を始めるわ」
「それはぜひお願いしたいんだけどスライムどうにかしてくれない?」
「私は集中しないといけないから自分でやって貰える?」
そう言われてポンと召喚されたのは中空の太いストローのような先が尖った針。
「え? この太いのは何? タピオカミルクティー飲むときにしか見ないサイズなんだけど」
「それ挿して吸い取って。あれよ、ほら、えーと、腹腔鏡手術的な?」
「自分の腹でタピオカミルクティーやれっていうの?」
タピオカじゃなくてスライムなんですけど。
なんなら針さっきより太いし自分の腹を吸う体勢もキツいし、何よりスライム吸いたくないんだけどなんで吸引機能ないんですかね。
「ごちゃごちゃ煩いわね。臓器取り違えたら責任取れるの?」
「それは責任取って欲しい側なんだけど」
「いいから黙ってて!」
「はい……」
え、これ俺が悪いの?
吸引機能求めたのが贅沢だったの?
困惑して他のみんなを見渡す。全員が目を逸らす。誰もスライムを吸いたくないみたい。
マジか。お前らマジか。つーかテルシアお前、我を出すなら今だろ。なんで今だけ身をひいてんだよ。納得いかないまま、恐る恐るタピオカストローを腹に刺す。めっちゃ痛い。血は出なかった。皮下にはすぐスライムがいたおかげだろうか。突き刺したら、ところてんみたいにスライムがニョキっと飛び出してきた。イヤ無理。こんなん絶対吸いたくない。
「放水」
サメちゃんがぽつりと唱えると、タピオカストローからスライムがずるっと飛び出した。
さすが水を操る水魔法使いである。やれるならさっき教えてくれても良かっただろ。なんで一回俺に、スライムをディープにスロートで受け止める覚悟決めさせたんだよ。
「大変なのは決断すること。決断するのは自分の力でやるべき。でも、決断したなら助ける。それが仲間」
珍しく冷笑系じゃない熱の籠ったサメちゃんの言葉。それで許されると思ってんなら大間違いだからな。
「ふぅ……これで全部修復完了よ。ちょっと腸の長さが二、三メートル違うけど誤差だから気にしないで」
「気になるに決まってるだろ。せめて短くなったのか長くなったのかは教えてよ」
「知らない方がいいわよ」
「絶対良くない方だろ! どっちの方がよくないのかわかんないけどさぁ!!」
「それだけ大声が出せるようになったのならもう大丈夫そうね」
大丈夫じゃないが……いや、痛くはないし大丈夫なのか? 腸って元からすごい長いらしいし本当に誤差なのかな? まあ、コアちゃんがこれまで長さを正確に測れたことなんて殆どないし……もう一回やらせても意味がないか。よし、切り替えよう。
「コアちゃん、今回ってかなり複雑な治療だったよね? DPは足りたの?」
「……ええ。足りたわ。臨時収入があったから」
「へぇ、七階層で大勢死んだとか?」
「ミリアが死んだわ」
「……」
ミリア・ミリオンが死んだ?
ここ数日は侵入者の対応とテルシアとの交渉で様子を見に行っていなかった。
「そうか……あいつ死んだのか」
別に悲しい訳ではない。
ミリアの人生を奪って死ぬまで搾り取ったのは俺だ。
「ええ。初めての長期滞在者からのDP獲得ね。壊れた内臓全部治しても余裕どころか、侵入者百人分よりも稼げたんじゃないかしら」
たかがD級冒険者一人が。最低でもD級以上、上はA級相当の連中百人分以上のDPになった。
それだけじゃない。あいつはモンスターの母親として、最後は魔法薬の治験者としてこのダンジョンに貢献し続けて、最後は俺の命を救った。
「そうか。ゴブリンたちには伝えた方がいいかな? 結構大事にしてただろ。子供だって会いたいかもしれないし」
「そんな必要ないわよ。ゴブリンが死体に興味ある訳ないじゃない。会わせたところで穴としか思わないわよ」
そりゃそうか。ゴブリンなんてのは所詮頭の悪い魔物で、馬の尻にでも見境なく興奮するような連中だった。
——ああ、イカれてる。俺の配下、仲間は俺と同じ殺人鬼で外道の悪者だ。何を、思い違いをしていたんだろうか。
「……フィーニャとミエレはどうしている?」
「フィーニャならサキュバスが付いているからミリアのことならもう洗脳で忘れさせたわ。まあ、喋れない女の方はどうせ何も口にできないんだから放っておいてもいいでしょ」
「そうだな。ミリアの処分は俺がする。今は綺麗なベッドで休ませておいてくれ。吸収はなしだ」
「……わかったわ」
これでいい。ミリアのことは後だ。
俺たちは悪。生まれながらの絶対悪。
笑って人を殺せなければ何が魔王か。
「シスター、戦況報告」
「第七階層を突破できたのは七十人。水系統の才能持ちと、一部の特殊な装備を持っている連中ね。内訳は冒険者が十二、傭兵が八、その他は全員騎士よ。一般兵は全員脱落。第八階層にいるのは全員が、第六階層でアンタが接触した冒険者クラスの精鋭よ」
バーガーセット級が七十人か。バーガーセットは手間をかけて罠に誘い込んでモンスターの集団で取り囲んでグレイスの最大火力でどうにか倒したレベル。傭兵分は引いても六十二人か。
「テルシア、傭兵団ってのは全員黒の手配書のメンバーか?」
「そうよ。水中移動用の装備は貴重だからプリムスと腕のいい連中だけに回して水中フロアを抜けたようね。他の連中は六階層に残っているわ」
「いい情報だ。コアちゃん、プリムスにだけ聞こえるようにメッセージを送れる? 全員に共通の目印……そうだな、腕に同じ色の布を巻くとかでもいい。モンスターから判別できるように伝えてくれ。それから、上層のモンスターは傭兵たちには軽く当てる程度でいい。何体かはわざと死んでもらう必要はあるが……傭兵たちは殺さないように指示を。将来の同盟相手だ」
「りょーかい。伝えとく」
第八階層のモンスターは下層と違ってそれなりに脳みそが入ってる。うまくやってくれるだろう。なら次は第五階層以下だな。
「幹部全員、聞け。ここはダンジョンだ。長期滞在のダンジョンアタックは大歓迎、団体様もまあ、来ちまったものは仕方がない。だが……ダンジョンにだって規則ってもんがある。同じ階層に延々と留まってモンスターをリスポーンキルされるのは他のお客様へのご迷惑だ。迷惑なお客様には、慎んで死んで頂かなければならない。死神の鎌をお届けだ」
作戦名:死神の鎌。
ダンジョンには幾つもの制約が存在する。侵入者の付近に物は出し入れできても、モンスターの転移はできない。物が許されるのは侵入者を必ずしも殺す訳ではないし、それを禁止されたら産出品のドロップが滞る。
だから基本的には侵入者がいる間は俺たちも転移はせずに直接階層を下るしかない。まあ、そんな制約はいくらでも抜け穴がある。例えば隠し通路のエレローパーや魔王城のような別の出入口を設けて一旦外に出る、とか。
どこのどいつが考えて決めたのかもわからないそんなお約束だ。
だからそんな一方的不利なお約束をぶち壊す。
「五階層以下の隠し扉を全て解放しろ」
「ロック解除、第一階層から第五階層までの扉はいつでも開けるわ」
こういう時には命令口調をしてもノリを合わせてくれる。本当に最高の相棒だよ。
コアルームの隠し扉を開ける。何百メートルも続く縦穴の暗闇に蠢く触手たち。悪いが全員一回死んでくれ。
「罪蔡火葬」
今の俺に扱える最上位の炎。
深淵に沈んだ罪をも焼き尽くす葬火が深淵を赫く焼き尽くし、解錠された下層の扉を吹き飛ばして罪を重ねる。
「アスティは五階層、サメちゃんは四階層、シスターは三階層、グレイスは二階層だ。生き残りを殺せ」
「わかりました!」
「飛び込む前に穴の中の温度を下げるw」
「もっと上の階層でもよかったのに。了解」
「がるるるる」
サメちゃんの魔法が縦穴の熱を冷ます。湿っぽい熱気がコアルームに吹き上がる。湿度対策を忘れてた。穴に飛び込んだ幹部たちを見送り、元の位置に戻る。
「コアちゃん、湿気外に出せる?」
「考えてから行動しなさいよ。というか、魔法で決着つけるならもっと早くできたでしょう」
「生かす必要のある連中の見極めも大事さ。今日ここで全滅されちゃ困る。生き残って王都に敗北を伝える人間も必要だ。それに、黒の手配書は全員死なせずに済んだ」
戦争なんてのは別に何人殺したかで勝負を付けるものじゃない。その先に何を得られて、何を失うか。どれだけの傷と後遺症を相手に残せるか。一度始まった戦争は、たかが数日、数ヶ月で終わりやしない。何十年何百年も残る爪痕が必要だ。
「テルシア、プリムスたちにこの戦争の全てを語れるように全てよく見ておけ。これが俺だ。これが俺たちダンジョンだ。勝って得られる虚しさも嫌悪も全て見て、自分の意思で決断しろ」
「……私はもう、受け入れるって決めたのよ」
「俺の話したことだけ聞いて決めるなよ。お前たちは——」
テルシアだけじゃない。プリムスも、黒の手配書の連中も、ラグシュナ人も。
「——答えは自分で選ぶんだ。もう二度と後悔のないように生きろ」
俺は決して人間を幸せにするためには存在しない。コアちゃんの言う通りだった。魔王は結婚なんてできやしない。
俺に人間の心なんてない。
ミリア・ミリオンが教えてくれた俺の勘違い。
とっくの昔に人間の俺は死んでいたというのに、俺はなぜ自分を人間だなどと思い込んでいたのだろうか。




