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【第二部開始】初心者マスターとポンコツコアの迷宮運営記 〜なんでもありの外道ダンジョンでも独立国家になれますか?〜  作者: 綴木春遥
第二部 北部奪還戦争と黒の手配書<下> 二つの戦争 編

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135.アルファ


 ダンジョン第六階層・鉱山エリア。

 北の山脈から切り取られた本物の大自然。支配領域化した際に何の変化があったのか、本来ならば侵入者扱いの小型の野生生物も巻き込んでダンジョン化した階層。


 山を取り込む際に失敗した影響であちこちに大きな岩が転がり、そこら中が土砂崩れを起こしたり、天から降り注ぐ水に山肌を削られ、未だにその姿形を変え続けるこの階層は、最早外の世界と何が違うというのだろうか。


 山の中腹、腰を下ろすのにちょうどいい大きさと形をした岩を選んで座る。

 目の前にはひっくり返った亀の甲羅で作ったフライパン。焚き火の上で熱された甲羅の上で焼かれているのは魚。


「あんた誰だ? そこで何してる」


 新発見されたダンジョンの第六階層。人がいるはずのない場所に佇む漆黒の鎧を身につけ、頭から水を被ったように濡れた男に声を掛けたのは、A級冒険者、剣士グラン。


「ん……お前ら冒険者か? はは、俺はついに幻覚でも見えるようになっちまったってのか? こんな所に来られる人間がいるはずがない」


 グランの問いかけに、確かにその目でグランとその仲間を視界に収めたはずの男は苦笑して、何事もなかったかのように、手に持った枝で魚をひっくり返す。


「……あの、私たちは冒険者です。幻覚じゃありません。あなたはこんなところで一人で何をなさっているんですか?」

「ミューリア、下がっていた方がいい」


 次に尋ねたのは女の魔法使いミューリア。その女を庇うように背中に隠して戦闘態勢を取ったのがズヴェド。


「…………あんたら、まさか本当に人間か?」

「人間以外に何に見えるってんだよ。俺たちよりも不審なのはあんたの方だってのを自覚しろ。それより、先にこちらの質問に答えろ」


 苛立ちを見せるグランの様子に、これが男にとっての念願の邂逅なのだと今更ながらに思い至る。


「うそ、だろ……俺の名はアッシュ。アッシュ・ミリオン。ヒナトの冒険者、階級はD。ここには……ここに俺は何ヶ月いる? あれは……あれは、そうだ『ゴブリンメイジ及びゴブリン討伐クエスト』あの依頼を受けてフィニャセラとここに来て……あれからずっと、俺は、俺は、仲間も妻も失って、俺は……!!」


 この迷宮を彷徨い、どれだけの時間が経過したのかは記憶にない。思い出そうとしても時間と過酷な環境のせいで記憶が混濁し思い出せない苛立ちが募り、アッシュは魚を焼いていた甲羅を蹴り飛ばして叫んだ。


「ちっ。錯乱してやがる」

「グラン、僕が見ましょうか?」

「ダメだフリクト。まだあいつが本当に人間かわからねえ、近づくな」

「でもグラン! あの人、ヒナトの冒険者だって言っていましたよ! 名前は聞いたことがありませんが、ヒナトというのは来る時に通った廃墟になった街の名です」

「……ミューリアの言う通りだ。今回のダンジョンについて調べたときに、数ヶ月前に冒険者の集団が行方不明になっている。グラン、もしかしたら奴はその生き残りかもしれん」


 フリクト、ミューリア、ズヴェドの話を聞いてグランはしばし頭の中で情報を整理する。

 ヒナト、確かにその街は存在した。

 ダンジョンの調査依頼もズヴェドの話では本当にあったのだろう。

 ……だが、名前も聞いたことのないようなD級冒険者がダンジョンのこんな階層に居るのはおかしい。

 今回のダンジョン攻略の最前線を走っているのは冒険者以外も含めてグラン率いるこのパーティだ。これまでの階層の敵はどれも南部のドラゴンとは比較にならない程弱い。しかし、このダンジョンはモンスターの強さとは全く関係なく、悪辣だ。あらゆる手段で人の精神をすり減らして隙をつく。休憩の合間に聞いた話では後続では同士討ちさえあったらしい。


「あんたの話を信用してやりたいところだが、俺たちもこれまでの経験でそう簡単にはいかなくてね。もし、あんたが本当に人間なら助けてやらないこともないが……何か証明はできるか?」


 迷いの末、グランは戦闘態勢を維持したまま会話を選ぶ。グランのパーティは全員が防御に秀でており、奇襲程度では揺らがない。そして何より、このパーティの強みは防御ではなく火力の高さである。全員がA級、全員がドラゴンスレイヤー。医師であるフリクトですら天賦を使えば竜を凌ぐ。


「……証明? はは、証明か。何もないな」

「残念だが、それなら俺たちはここで……」

「全部失ったんだよ。モンスターの奇襲でまず妻が死んだ。仲間も深手を負った。妻の亡骸を見捨ててダンジョンを奥へ奥へと逃げた。このダンジョンの下の階層……通ってきたのならばわかるだろう? 食える物が何もない。水もない。あるのは罠と俺たちを殺そうとするモンスターだけ。それでもどうにかなったのは相棒が居たからだ。斥候としての腕は一流でね、どんな罠でもあいつが居れば切り抜けられた。罠さえ無ければ俺だって剣はそれなりに扱える。戦って、戦って生き延びた。そうしているうちに、大勢の騎士が来た。なんと、ロニエールト・フレイズ様の騎士団だ」

「は? ちょっと待て、フレイズと言ったか?」


 ロニエールト・フレイズ。

 このダンジョンに関わる上でその名を知らぬ者はいない。

 ダンジョンから現れた巨大なモンスターに挑み、北部を守るために死んだフレイズ家の後継者。


「ああ、フレイズで間違いない。北部であの金髪と紫水晶のような瞳をして銀鎧を纏うことが許されているのはフレイズ伯爵家だけだ。全員、俺の仲間と相棒たちと同じように死んじまったけどな。遅すぎたんだよ、この階層にたどり着くのが。ここには水がある。僅かだが食い物もある。もっと早く辿り着けていれば、まだ何人かは俺以外にも生き残りが居ただろうよ」

「……この階層には詳しいのか?」

「……ああ、お前さんたちは攻略者か? 先に進みたいのなら俺の右の道を行け。山の頂上が上の階層に繋がってる。だが……あの階層は抜けられん」

「何故だ」

「階層が全て水没してるんだよ。俺の格好をみてみろ! ずぶ濡れだろう! さっき上で亀とサーモンを獲ってきたんだ……ああ、俺の魚蹴っちまった! ちくしょう……」


 アッシュ・ミリオンという男。

 言葉は通じるが、話し口調の波が大きい。抑揚もなく平坦に仲間と貴族の死を語ったかと思えば、自分で蹴り飛ばした魚のことで声を荒げる。ダンジョンのことを探ろうとするグランに対する言葉に含まれる乾いた笑いは、自嘲によるものか。


「フリクト、あの男をどう見える?」

「間違いなく精神は不安定ですね。気分を落ち着かせる薬は持ってきています。食事と薬を与えれば改善するかもしれません」

「わかった」


 フリクトの治療の効果次第では役に立つかもしれない。情報の真偽はともかく、これまで見た所向こうがこちらに敵意を向けている様子もない。むしろ、まったく興味がないようにも見える。


「……助けてくれと言わないのか?」


 そう考えて、グランはこれまで感じていた違和感の正体に気づく。どれだけ一人で過ごして来たのかは知らないが、ここに辿り着ける四人の冒険者に出会ったというのにこの男、一度も外に連れて行ってくれと口にしていない。


「助けてくれと言えば助けるのか? どう見たってそこの女以外は戦闘の構えを解いていない。お前らから見れば俺はよっぽど馬鹿でひ弱に見えてるんだろうがなぁ! お前らには奪わせないぞ! この、この宝は俺が見つけたんだぁ! 上に行ける道は教えてやったんだ! はやく、き、消えろ! あっち行けよ!」


 転がった魚を拾って食っていたアッシュが立ち上がり、口から魚の肉を飛ばしながら大声で叫び、左に続く道へと立ち塞がる。

 その拍子に、小さな袋がアッシュの腰から転がり落ちて赤、青、黄、緑の宝石の塊が溢れ出す。


「ち、近づくな! お前ら動くなよ! 俺にはもうこれしかないんだ! これを持って帰れば、俺は、俺は金持ちになって、ミリアとガキを作って……ミリア、ミリア? ミリアはもう……うああああっ!!」

「アッシュさん!」

「待て、ミューリア!」


 明らかに気が動転したまま、宝石をかき集め、女の名前を口にした直後に叫び出したアッシュのもとにミューリアが駆け寄る。

 グランが剣を抜き、ズヴェドが槍を構え、フリクトが手を翳す。


「ああ……ああ……どうして、ミリア……置いて、行くなよぉ……」

「アッシュさん。大丈夫です。私たちは貴方からなにも奪うつもりはありません。私たちのあとから騎士様たちもやってきます。貴方は助かるんです。だから、だからもう心配しないで……」

「ぁ、あぁ……うあぁ……」


 アッシュが少しでもミューリアに手を出そうとしたら斬り殺すつもりだったグランたちだったが、アッシュはミューリアに抱きしめられて、縋り付きながら嗚咽を漏らすだけだった。




「アッシュさん、我々も物資が限られていて大したものを分けてあげられず申し訳ありません。こちらの薬をお湯といっしょに飲んでください。少しずつ、気分が落ち着いてきます」

「ああ、ありがとう……えぇと」

「フリクトです」

「フリクトさん。ありがとう。それから他のあんたらも、さっきは取り乱してすまなかった」

「……俺たちは何も見ちゃいねーよ」


 落ち着いたアッシュを焚き火の側で岩に背を預けさせて安静にし、食事とフリクトの薬を飲ませてやる。


「悪いが俺たちはこの先に進まなきゃならない。あんたを助けるのは後ろの騎士に任せることになる。あんたが知っているダンジョンの情報を話せばきっと見捨てやしないだろう。まあ、その宝石の出所は聞かれるかもしれないが」

「グランさん、だったか。助かるなら安いもんさ……あの分かれ道、上の階層に続くのとは反対に進むと山の中に入れるんだ。宝石以外にも色んなものが手に入る。そこら中の壁が輝いているんだ。知らずに入ったらあの世かと間違う程だ」

「そりゃあすげーな。聞いたら入ってみたくなっちまう」

「冒険者ならば仕方ないさ」

「ふっ、そうだな。どんな危険な状況でも宝があったら挑戦しちまうよな」


 グランとアッシュの会話を聞いて、パーティの面々も「冒険者ならば仕方ない」と共感して笑い出す。

 仲間が死んで、最後のひとり、孤独の中で見つけた夢のような輝き。

 アッシュという男はそれに手を伸ばした、ごく普通の冒険者、人間だ。


「なあ、俺は田舎者だから宝石のことは詳しくないんだ。どの色がなんて宝石なのか教えてくれるか? ああ、薬の礼だ。ついでにひとつずつ持って行ってくれ。そのくらいなら、懐に隠しておいてもお偉いさんにはバレないだろう?」


 アッシュが袋を開けると、四色の宝石の塊が袋いっぱいに詰められている。


「これはルビーですね」

「こっちはエメラルドかな?」

「この黄色はダイヤかトパーズか、俺には区別がつかんな」

「俺もズヴェドと同じで宝石には詳しくないが、この青いのは分かるぜ! サファイアだ!」


 ミューリアが、フリクトが、ズヴェドが、グランがそれぞれに宝石を手にして顔の前に翳して覗き込む。


「残念、それはエレメンタルっていうモンスターだ」


 爆炎が竜巻に燃え移り、岩石と雹が礫となる。

 四種属性エレメントの同時魔法発動による爆発がグランたちを襲う。

 顔の目の前で放たれた爆発的なエネルギー、そして具象化した魔法。

 完全に閉ざされた視界の外で、土に埋まった巨石がその身を起こす。

 爆心地に向かうアイアンゴーレムの群れが、エレメンタルの魔法から冒険者を逃さぬように包囲する。

 

「ァァアッシュ——!!」


 燃える竜巻が水の渦に呑まれて掻き消える。

 そこから現れたのはほぼ無傷の冒険者が四人。

 体を黒く変質させた剣士グラン。

 水の保護膜で覆われた魔法使いミューリア。

 全身に火傷や裂傷を負いながら立つ盾のズヴェド。

 結界の中で静かに薬品を選びズヴェドに手渡す医師フリクト。


 グランの怒りの咆哮が山に轟く。


「アッシュ? 知らない名だな。俺の名前は——サメベロスだ」


 漆黒の鎧を纏った男は、エレメンタルの魔法から完全に逃れるための特別製の頭用防具を身につけてゴーレムの上でほくそ笑む。


「さあ、ウィンドウショッピングの時間は終わりだぜ、好きなの選びな」

「冗談っじゃねぇよっ! こんなモン誰がいるかよ!!」


 サメベロスの言葉に剣士グランが剣を抜き、ゴーレムごとサメベロスを両断しようと剣を振る。


 赫い剣はあっさりとその渾身を受け止め、首を傾げる。


「誰もお前に話しかけてなんかいないんだが?」

「は——?」


 巨大なゴーレムの上に立つサメベロスを斬るために飛び上がったグランの体が世界から消える。


「う、ゔああああああ————!!」


 何もない場所から響く断末魔。


「げぼぉ」


 裂けた空間から溢れ出すのは黒紫の焔。


「グレイス、げっぷをするなはしたない」

「チガウ、イマノ、ハラノオト」


 存在を露わにしたグレイスの裂けた腹の隙間からどろりと漏れる溶けた鉄。グランの剣は口には合わなかったようだ。

 アッシュ——サメベロス——シノミヤ。

 混沌の群勢(ケイオス・レギオン)最上位個体(アルファ)が第一幹部のために開いた天賦の才の品評会。


「あとは任せていいか?」

「グルル」


 身体を黒く硬質化させたグールが喉を鳴らす。


「バーガーはセットで召し上がれ」


 新たな力を天から奪ったグールと、エレメンタルとアイアンゴーレムの群れ。

 その先の結末を見る必要はない。この場は任せて山を下る。

 メインディッシュはこの後だ。

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