134.バーガーセット
第六階層に移動して三日。
アスティにボコられ続けても体のどこも千切れていないのはアスティの加減がうまいのか、コアちゃんの作ってくれた装備が良いのか悩ましいところ。
「そろそろ五階層も突破されそうだな」
「そうなのです? 相変わらず便利な板なのです」
第七階層から流れ落ちる水によって生まれた川のほとりで休憩中、コアちゃんが新しく獲得したDPから創り出してくれた透明なアクリルのような手触りのする板。
コアルームにあるコアちゃん投影式スクリーンの映像を受信できる端末。動画再生以外はできないタブレット——よりかは近未来の液晶ディスプレイみたいなもの。液晶かはわからないし、長いと呼びにくいのでタブレットとする——に映し出されているのは、五階層で暴れ回る冒険者たちの様子。
ついにコアちゃんねるがファミリープランを導入して別端末で見れるようになったのかと感動したが、コアちゃん曰くこれ単独では何もできないらしい。必要DPを削りに削った映像を受信できるだけの激安タブレットとのこと。つまりは、通話などもできない。
「便利って言っても連絡は結局コアちゃんの脳内通信頼りなんだけどね」
「母さまは毎日心配して連絡をくれるのです」
「アスティが俺のこと虐めるから?」
「いじめてません! 飼い主様が命令したのですよぅ!」
「それはそう」
アスティに訓練して貰ったこの三日間、俺はアスティには一度も勝てていない。魔法を使っていないというのは言い訳にはならない。そもそも魔法を使いながらアスティの動きについていけるような素質もなければ、経験も足りない。
見ているコアちゃんからしたら心配にもなるだろう……なるかな? 笑って見ていそうな気もする。
「シスターが要注意って言ってたのはこいつらだな」
「A級冒険者パーティですか」
「ああ」
シスターの集めた情報によれば、北部ではなく中央から来たA級冒険者パーティ。
リーダーの男の名はグラン。身軽な軽装の防具に片手剣の剣士。能力は体を硬質化することらしい。原理は不明。装備で防御を固める必要がないため、その分を機動力と火力に全振りできる。腕も確かとのこと。
二人目はミューリア。水の魔法使い。これまで戦ったことのない水属性魔法使いだ。女だしゴブリン繁殖用に欲しいが、残念ながらこいつもA級。生かして捕えるのは難しいだろうし、捕えるリスクも高い。
三人目はズヴェド。先にあげた二人よりもやや年上っぽい顔。グランとは対照的に重装備の戦士。獲物は槍と盾。タンクという奴だろうか? 能力は身体能力向上系らしい。
四人目はフリクト。なんと職業は医師であると思われる。治療担当だ。そういえばこの世界で回復魔法というのをまだ見たことがない。グレイスやラグネルが欠損を回復したところは見たことがあるがあれは魔法ではなくそういう生物だ。
あれ? そうなるとDPで欠損回復してる俺はなんだ? グレイスやラグネルと同類はなんか嫌だ。と、話は逸れたが、このフリクトとかいう医師も才能持ち。能力は防御結界のようなものを張れるらしい。
斥候職のようなタイプはいないが、A級ともなれば斥候技能程度は習得しているのかもしれない。もしくは、それさえも必要がないタイプか。防御寄りの才能持ちが二人にタンクが居るなら必要ないという判断かもしれない。
その辺りまではさすがに映像からでは予測を立てるしかない。
「それにしても名前が覚えにくい。バーガー、ドリンク、ポテト、ナゲットくらいにしてくれないと覚えられない」
「飼い主様の故郷の食べ物なのです?」
「ああ、前にグレイスのためにハンバーグを作っただろ? あれを牛の肉で作ってパンに挟んで……」
「う、牛殺しぃ!!」
ああっ、ホルスタインが逃げてしまった。走り去る後ろ姿からも横乳が見えるってやっぱ異常だよあいつ。
アスティが拗ねて何処かへ行ってしまったので、タオルを呼び出して川の水で顔を拭って熱を冷まし、だらりと寝そべる。
五階層が突破される。
つまりは、スライムも、コボルドもコボルドの子供たちもとっくに全滅して今は安全確保のためにリスキルされまくっていることだろう。
スケルトンなんて死にすぎて誰かの骨と一部入れ替わってる可能性まである。
四階層と五階層ではローパー、ミミック組が活躍してそこそこ人間を倒している。とは言っても、こいつらは擬態を一度解いてしまえば倒すのは難しくない。四階層には一応ゴブリンやゴブリンメイジも居るが主戦力ではない。それでも、北部遠征での経験から、イビルアイとのコンビネーションで弱体化させた相手を数名倒すという結果を出した。五階層のオークたちは善戦している。
彼らは何故かフィーニャの腹が膨らんでから異様にやる気というか士気が高いというか、ともかく連帯感も強く、上澄みでもE級冒険者程度の力もない一般兵は当然に、DやC級相当の騎士も数人落としている。
そして何よりシスターとコアちゃん。
ある程度事前に方針を伝えていたとはいえ、巧い。シスターが配置を指定し、コアちゃんが伝達する。モンスターは時に宝箱へ、時に罠へと導きながら最後にはモンスターの多く集まる場所を突破すれば上層への階段を見つけられるように誘導できている。
我がダンジョンには一つ大きな欠陥がある。
侵入者がいる場所には転移ができず、侵入者を転移させることもできないこと。
侵入者を転移させる罠というのは存在するらしいが、うちのような生まれたばかりの赤ちゃんダンジョンには導入の目処はなし。
しかも、本来それは侵入者を殺すための罠で、移動用に気軽に設置するものじゃない。
うちで転移を必要とする侵入者といえば、それは攫ってきた女たちだ。
普段は十階層に滞在しているが、十階層はそもそもボス部屋みたいなもの。コアルーム手前の最終防衛ライン。幹部全員投入してでも止めなければならない相手と対峙する場所。
「なんで私がモンスターがヤリたくなる度に転移させなきゃならないのよ」とコアちゃんがブチ切れるのも仕方がないというものだ。
そんな訳で、このダンジョンには各階層に隠し扉が存在する。扉の内側は縦穴になっており、ローパーによってエレベーターっぽい物が運用されている。エレローパーによってぬるぬるぐちょぐちょにされることさえ我慢すれば第七階層の水没フロアを通らなくても済む。転移装置なんてものに手が出ない貧乏ダンジョンの工夫である。
そんな見つけられたら一発アウトな隠し扉に人間たちが近づかないように、宝で目を曇らせ、罠で目を凝らさせ、モンスターの命と上層への切符と引き換えに誘導する。
そんな最重要防衛ミッションをシスターとコアちゃんが二人で達成している。
まあ、見つかったところでエレローパーごとシスターの魔法で生き埋めにするかサメちゃんに溺死させて貰えばいいんだけど。
ただそれをすると生き残りに情報を持ち帰られると今後エレローパーが使えなくなるので見つからないに越したことはない。
二人はよくやっている。
片方は悪魔で片方は玉だけど。
「ともあれバーガーセットが上がってくるなら訓練は終わりだな。アスティー、どこ行ったー?」
川辺でだらけたまま呼べば「もう!」と不満げな牛さんが戻ってくる。
「お客様が来る。アスティは上に戻ってて。必要ならボス部屋での迎撃に備えるように」
「……アスティたち幹部は護衛なのですよ?」
「俺ってそんなに弱い?」
「弱いです。アスティが本気を出したら飼い主様の全身から二度と毛が生えなくなるのです」
何それ怖い。なんの作用でそうなるの。静電気のすごいバージョンみたいな感じなの?
「じゃあ、コアちゃんの作ってくれたこの世界は弱いと思う?」
「……もぅ、思わないのです」
「じゃあ大丈夫。この世界は俺の味方で、この世界を一番知っているのも俺だから」
「ちゃんと仲間を頼るのです?」
「当たり前だろ、そもそも俺は女を一人口説きたいだけだ。雑兵に興味はないよ」
「飼い主様と母さまが死んだら、みんなお化けになっちゃうのです」
「お化けは嫌だなぁ。この世で一番怖い」
正論で殴られるより、漏水が起きるより、寝取られるよりもっと怖い。
お化けになるのは、とても怖くて寂しいんだ。
「アスティ、魔王命令……はコアちゃんに上書きされたら意味がないからなしだな。だからこれは俺のお願い。死んでもダンジョンを守れ」
「元からそれがアスティの役目です!」
「そうだね。そして俺を守るのもダンジョンのためだ。俺は俺がやるべき方法でダンジョンを守る。アスティも何が一番ダンジョンのためになるのか考えてくれ」
「それは…………難しいのです」
随分と間が空いたな。ちゃんと考えても答えが出せなかったのなら、バカではなくて優しさか。
「じゃあ、俺とコアちゃんどっちの方が弱そう?」
「母さまなのです!!」
「正解、母さまを守るのがアスティの役目だ。わかったら今すぐに戻ること」
「……! はいなのです!」
ようやく説得に成功。
アスティが去っていく。アスティには悪いが、俺はローパーを信用していないので第七階層を抜けて貰う帰り道だ。頑張って欲しい。
「シノミヤ」
「はい。コアちゃん」
「私がシノミヤより弱いって?」
「アスティが言いました」
「誘導したでしょ」
「ごめんって」
ようやく一人になったかと思ったら脳内コアちゃん通信を受信。
どうやら音声も拾われていたらしい。
「今すぐにそこからこっちに転移させてもいいのよ?」
「ええー、そりゃないでしょ。それなりに覚悟を決めたんだよ。というかそれならアスティを拾ってあげなよ」
「ダメよ、私をシノミヤより弱いなんて言った罰。それよりシノミヤ……」
そりゃあ、アスティには悪いことをした。
「はいはい、分かってるよ」
「まだ何も言ってないじゃない、もう……勝たなくてもいいから、生きなさい。それがシノミヤの今回の役目よ」
「ん。今回の役目はだいぶ優しくなったね」
「易しくない役目を買って出るからよ」
それはそう。負けても良かった戦争。戦わなくても終わらせられた戦争。
少なくとも俺とコアちゃんの命の保証があるのに痛い思いをする必要なんてなかった。
でも、それじゃあ——
「——俺とコアちゃんが約束した理想の世界と程遠い。そんな役目を演じさせられるくらいなら、俺は何度人生をやり直したってこの決断をするね」
もしかしたら、いつか出会った鹿の視た結末のひとつがここだとしても知ったことじゃない。
運命に抗った勇者の雷鳴は未だ俺の鼓膜の奥にへばりついて心臓を震わせる。
「通信終了。バーガーセットのお出ましだ」
タブレットを地面に置けば吸収されて消えていく。コアちゃんからの返事はないが、全て見られて聞かれているだろう。
腕を上げて全身をぐっとひと伸び。がしゃりと鎧が鳴るのにも慣れたものだ。
さて、彼らと出会うポイントは何処が良いだろうか。山の中腹にある鉱山と山頂ルートの分岐点あたりが良さそうか。
A級冒険者パーティ。フィニャセラやバルザーク、銀騎士以上とされる実力はどんなものか。




