133.固有種
ダンジョンに侵入してきた人間たちは魔王の目論み通りに第一階層の金塊を発見した。わざわざ巨大な宝箱を用意して、蓋から飛び出す一千キログラム超の歪な形をしたそれを見つけた冒険者は騒ぎ、鑑定のためにダンジョンの外に待機していた貴族が呼び出されて本物か確かめさせられていた。そして本物であると確認されれば、今度はそれを傷つけぬように運び出せと大騒ぎ。
人間たちは未知のダンジョンが齎す富の大きさに高揚する。
その富の分配がどう行われるのか、うまくすれば貴族に気づかれずに懐に宝を忍ばせられるのか。誰もが心に期待という闇を抱えたことを見ないふりをする。その闇こそが足元を崩壊させる深淵の囁きだなどと信じたくはないから。
スクリーン越しにそんな人間たちを見るシスターは上司の底意地の悪さに呆れ、感心する。
あの金塊を洞穴の中から持ち出したとて、昏き霧の森はダンジョンの支配地である。奪い返そうと思えばいつでも奪い返せる。戦時下の中であれを持ち帰ろうと動くのならば敵が減る。そして、例えどうにかしてあれを外に持ち出したところで、イビルアイという目が張り付き行先を追いかける。何より、持ち帰られた所で人間の国に与える経済的な混乱と対立の芽となる。
最初からどうなろうと損のない嫌がらせ。
どうしようもなく性質が悪くて、人間を見下した魔王に許された遊び。
結局、一部の騎士は一階層目で金塊と貴族への対処のために足止めをされる。
残りの者は漆黒の闇と目を開けていられないほどの光の間に視神経を痛めつけられながら、金塊から引き離されるように第一階層のスライムを踏み潰しながら進む。
第一階層は完全に嫌がらせのためのフロア、そこに現れるスライムも特別なものは存在しない。
森に仕込まれていたのはスライムが水分を体内に取り込む性質を利用して事前に仕込まれた、ありふれたスライムである。アルコールや油が混ざっている個体は予備の余り物だ。
魔王曰く「洗面台のマットになれるならアルコールも油も飲めるだろう、飲め」とのことだ。何故か魔王はスライムに対して当たりが強い。過去になにかあったのかとコアに尋ねたら「過去の水回りのトラウマよ。悲しいすれ違いがあったの」と言われた。恐らくはどうでもいい類の話だろう。
第二階層はひたすら眩しいだけの迷路に大量繁殖したコボルドの群れ、第三階層は暗闇を徘徊するスケルトン。数千人の実力者を足止めすることはできない。迷路の正解を見つけるまでの間に、先行する調査部隊に対していくつかの不良品を放って多少の嫌がらせを行っただけ。単独行動中のグレイスによる食事を除けば敵軍の被害はなし。内面にどれだけの精神的負担を与えたかは計算には入らない。そんなものは敵を後戻りできなくするための小細工でしかない。
犠牲はいつだって背中を押してくれる。
犠牲の上に立って見る景色は絶景だ。
生きているだけで勝利を与えられる。
犠牲を背負い、苦しむ素振りをして得られる大金と名誉ほど美しい。
悲劇的な死こそが凡人の人生を英雄に染め上げる。
「第六階層まではくれてやれ。第四と第五は敵戦力の分析のために使え。足切りは第六階層だ。第七階層を生きて越えられそうな奴を早期に見つけて対処しろ」
魔王はこれまでの幹部会でそう話していた。
第四、第五階層からモンスターの質を上げ、複雑なトラップを用意したのは、人間の能力と性格を分析し、以降の階層に適切な戦力を補充するためである。
例えば、以前にダンジョンがラグネルとかいう冒険者に襲われたときには重量検知のトラップルームを利用したという。
第四と第五階層には魔王のアイデアをダンジョンコアがアレンジしたトラップルームが多く存在している。そのどれもが人間関係を破綻させるようなものばかり。中には特定の行為をしなければ出られない部屋というものまで存在する。
罠に気付く者、罠に掛かったあとの対応方法から人間の特性を見抜くのは確かに容易い。
能力の高い者は罠を避けるが、能力の高い者でも宝が見つかれば罠とわかってどうにかしようとするものもいる。
知らずに罠にかかり、あっさり他人を見捨てて我先にと逃げ出す者もいれば、仲間のために命を捨てる者もいる。
力技で罠を破壊する者がいれば、その能力を事前に把握することができる。敵の天賦が割れていればこちらはモンスターに指示を出して弱点を見つけ出すまで命を使い捨てるだけ。
いくらモンスターは死んでも甦るとはいえ、それには早くとも一日という時間がかかるし、何より攻めて来ている人間に対して数は圧倒的に少ない。一度取られた階層を取り返すのはほぼ不可能というリスクはある。
そのリスクを含めて、ダンジョンの半分をくれてやれと魔王は言った。
第七階層を超えるような最精鋭への対処を任された。
「ダンジョンコア、稼働中のトラップの映像は大きくして。それから、冒険者を率いている男と、その取り巻き。明らかに実力が頭一つ抜けているわ。今のうちに何の才能持ちか把握しておきたい。オークたちに指示を出せる?」
「うふふ、私のトラップが見たいのね! いいわよー! あの部屋はね、受精しないと出られない部屋なの! 男同士だと出られないから女が必要なのよー、あ……でも部屋にいるの全員男ね? どうするのかしら?」
「……その部屋の映像は大きくしなくていいわ」
「彼らも男同士で大きくならなくて困ってるみたいね」
「そういうことじゃないわよ!」
対処を任された。任されたからには完璧にやり切ることこそが悪魔侯爵令嬢としての誇りだけど……なんでアタシがこんなもの見なきゃいけないのよ!!
突然姿を消した魔王に変わってシスターとダンジョンコアが伯爵軍の対処に追われるのを眺める者が二人。
「あなたは手伝わなくてもいいの?」
「サメの頭は噛み付くこと以外に使い道はないw」
いつも通り片手両足を椅子に縛られたテルシア・ルビーと、サメの尻尾が邪魔にならないように椅子の背もたれを横にして座るテイルメイド。
「そのサメの頭、偽物でしょ?」
「貸してあげる……w」
あっさりともこもこシャークヘッドを脱いだサメが片手以外身動きの取れないテルシアの頭にスッポリとシャークヘッドを被せる。
「ちょっと、やめてよ」
「でも、可愛いwww」
「私はこんなので喜ぶような年齢じゃないのよ」
「そう? 好きなんでしょう? ぬいぐるみ」
「……あなた、そんな風にも喋れたの」
「内緒よ、サメはシチュエーションを大事にするサメだから」
勝手に被された鮫頭の着ぐるみを脱いで突き返そうとして、思わぬ言葉に驚き、うっかりと突き返そうとした手が止まり、その手に伝わる柔らかな感触にテルシアの胸の奥が締め付けられる。
「あの子の話を聞いてくれてありがとう。あの子は悪い子だけど、ちゃんとミカのことを見ているよ。勿論、悪巧みはしていると思うけど……それは決してミカを傷つけたり裏切るためじゃないって信じてあげて欲しい」
テイルメイドのひんやりとした小さな手のひらが、鮫頭を持ったテルシアの手の上に重なる。
「随分と知った風ね? 最初にここに来た頃には見なかったから新入りなのかと思っていたけれど……あと、馴れ馴れしく呼ばないで」
冷めた目で、冷たい手のひらを振り解こうとしたテルシアの手を小さな手がぎゅっと握りしめて引き留める。
「本当はあの子のことは知らないの。けれど、あの子は生きて紡いでくれた。そしてミカは記録を運んできてくれた」
「記録……? 言っている意味が……」
「リネリッタ」
「川がどうしたのよ。さっきから意味のわからないことばかり……」
「魔王シノミヤと魔王リネリッタに誓う。あの子が諦めないのなら、ミカが立ち上がるというのなら……今度こそ固有種は役目を果たす」
ぱっちりと開いた青い瞳。小さな顔の輪郭のせいで余計に大きく見える幼い瞳。その青はどこまでも深く広がり包み込むような優しい強さを宿していた。
テイルメイドの言葉の意味は結局理解できぬままだというのに、テルシアはその眼差しから目を背けることができず、手のひらの中の温もりをきゅっと握りしめた。




