131.Don’t escape
トレントにけしかけられてようやく全軍がダンジョンの第一階層入口前に揃ったと思われる。
曖昧な言い方なのは、俺は実際の人間側の現存戦力を把握していないから。ダンジョン入口前の広場に集まった連中をテルシアに確認して貰って恐らくそうだろうという結論に至った。
先行してきた部隊にも目敏い者がいたようで、広場の落とし穴はさすがに二回目は成功せず。囮にしていた子供も助けられてしまった。
落とし穴は兵たちによって蓋を破壊されて広場の中央には大穴が空いている。それを囲うように円形に展開している伯爵軍。もちろん、森側への警戒を怠るということもない。
彼らは負傷者を穴に近い中央寄りに集め、動ける者は外側に陣取る。その中でもダンジョンの入口から最も遠い、円の反対側には豪華な天幕が隣り合わせに複数固めて立てられた。どうやら敵の大将がどの天幕に居るかは隠されているらしい。
別にわざわざ大軍が揃っているダンジョン外に奇襲を仕掛けるつもりも無いのだが、そこは相手の自由だ。好きに警戒して疲労してくれればいい。
「シスター、俺は暫く留守にする。各階層のモンスターの指揮権をお前に委譲する」
「は? アタシ戻ってきたばっかなんだけど? 労いとか無いわけ?」
開戦、そして急襲作戦からは既に三日が経過している。廃墟越え直後に後退を余儀なくされた敵軍がダンジョンまで辿り着くのはそれだけ容易ではなかったということだろう。
急襲作戦後の夜だけは幹部たちと魔王城に戻って寝たが、それ以降はこうしてコアルームでスクリーンを見て過ごしていた。
尚、俺たちが寝ていた時のテルシアは磔にされていたのはどうでもいい話。
まあ、そんな訳で戦争だなんて言っているが俺たちはほぼ普段と変わらない生活をしつつ、モンスターたちと人間たちが争うのをただ眺めていただけ。指導者にできることなんて戦争の落とし所を探す交渉だけなのだから仕方ない。そしてその交渉もこちらから放棄した。
どれだけ部下や人が傷つき死のうと変わらない日常。ダンジョンらしいっちゃらしい生活。
シスターは朝起きれば、恒例の無意味な祈りを捧げて意味ありげに意味のない涙で頬を濡らした後は、各階層を回ってモンスターの様子を確認しているし、アスティは乳を絞り、サメちゃんは七階層の水質チェックを欠かさない。
そんな日々のルーティンから戻って来たシスターに仕事の放棄を伝えたところ、先ほどの言葉に戻る訳だ。
「シスターにはいつも感謝してるよ。つーか、俺の代わりを任せられるのはシスターしかいないと思ってるし」
「そ、そう? 何よ急に、また何か変なことさせようとしてる訳じゃないでしょうね?」
ただ本当のことを言っただけなのにやたらと警戒されるのは、シスターとのお遊びで前に少しおイタをし過ぎたせい。アスティは言葉だけ丁寧なバカだしサメちゃんは全部バカ。細かい仕事を頼めるのは本当にシスターしかいないのに。
「シスター。コアちゃんとお前が指揮官だ。今後、敵の動きによって必要なら新モンスターの追加もお前とコアちゃんの判断でやれ、任せるぞ」
「……魔王命令?」
「信頼してるのは俺の素直な気持ち、指揮を任せるのは命令かな」
「ふんっ、だったら安心して任せなさい。でも、アンタが何をしに何処へ行くのかは指揮官として把握しておく必要があるわ」
「ちょっと六階層でアスティに鍛えて貰ってくる」
「そ、女遊びじゃないなら構わないわ」
「ははっ、じゃあ全部終わったら一緒に遊んでくれる?」
「別に遊ぶのは嫌じゃないわよ。これはアタシの気持ち。さっさと行けってのは指揮官としての命令」
「了解、リーダー」
全く、素直で理想の悪魔っ娘め。
そんなお前が「勝てない」なんて怯える必要がないように勝ちたくなってくるじゃないかよ。
シスターに敬礼をして階層を下る。
第十階層、健康な腹をした女どもが捕えられている。
第九階層、映画なら恐竜の王国でも存在しそうな大自然を飛び越える。
第八階層、森と草原を駆け抜ける。ケンタウロスの群れが俺に合わせて騎馬突撃のように駆け寄ってくるのを置いていく。
第七階層、水の中に飛び込み人魚に手を引かれて水底へ向かう。途中、サメちゃんに出会ったのでコアルームでテルシアの監視を頼むと、お返しに新鮮な空気を口移しで補給して貰えた。
第六階層、七階層の意味わからんボウルと鎖の繋ぎ目から吸い込まれるように山の頂上から放り投げられる。そのまま空を滑り、ハーピィの鉤爪に捕まって思い切り空気を吸い込む。
「アースティー! しゅーごー!」
偽物の大空から叫べば、何事かとゴーレムたちが起き上がり手を振ってくる。そのゴーレムの上によじ登った黒装束。
「飼い主様! 今行くのですー!」
返事を聞いて、言葉を間違えたことに思い至る。
「あ、おい」
薄情なハーピィが俺を振り落とす。
眼下、砕け散るゴーレム。
角を生やした雷樹がハルバードを振りかぶって迫るのを、自由落下に合わせて赫い剣を握りしめて身構える。
なんて察しが良くて、タイミングの読めない奴だ。誰も着地狩りまで求めてない。
「お覚悟ぉ!!」
「殺すときに言うセリフぅ!!」
衝突、こちらは落下中の身だというのに、どんな力が作用したのか当たり前に上に弾き飛ばされて、降りて来たはずの山の斜面に叩きつけられる。
偽物の空の飛行限界点に到達した雷樹が落雷となって次の瞬間には俺の真横に突き刺さっていた。
「飼い主さまー! アスティの雷獣化を受け止めたのです! えらいえらいなのですね!」
挨拶もなしにぶちかましてきたアスティが山肌に突き刺さったハルバードから手を離し、差し伸べられる手を取る。そのまま引き起こされハグされてしまえば満更でもない気分になる。このボディスーツ、弾力が伝わる——!? のはまあ、たぶん気のせい。間にゲルあるし。それでも、同時に顔に押し付けられる丸っこいアスティのもちもちほっぺの柔らかさは確か。
「アスティ、ちょっと悪いんだけど……しばらく訓練に付き合ってくれない?」
「訓練ですか? もう敵さんはダンジョンに入って来ているのに今からではあまり効果的なことはできないのですよ?」
「強くなりたい訳じゃないからいいんだよ」
「強くなるためじゃない訓練なのです?」
「そ、どんな目に遭おうとも逃げないための訓練だ。俺を殺す気で相手してくれる?」
「モンスターには殺すつもりの攻撃はできないのです。それに、アスティもそこまではしたくないのです」
身近にグレイスとかいうイレギュラーが居ると忘れがちになるダンジョンのセーフティ。
というか、じゃあさっきの突撃はどれだけ手を抜かれてあの威力だよ。あとあのセリフもなんだよ。乾いた笑いが出る。選択を間違ったかもしれない。
けれど、ダンジョンは既にシスターに託した。
コアちゃんのことはサメちゃんに託した。
モンスターたちは既に戦いを始めている。
俺に必要な戦いは何だ。
俺が欲しい物は、俺の理想は。
コアちゃんと語り合った夢の形、理想の国。
その為に欲しい女がいる。
「アスティ、魔王命令だ。殺す気でかかってこい」
「了解しました。飼い主様が治療限界を迎えるまで破壊します」
ちょっと待って、別に俺部位破壊ボーナスとかないんだけど。破壊って表現なに?
「ステラサンダーホーン」
不穏な言葉に異議申し立てする暇もなく、本性を表した雷獣が大斧を身構えた。もしかしたら俺は剣聖に出会う前に達磨になっているかもしれない。
今更になりますが、本作は
時系列通りに進めると毎話視点が変わってしまうので
基本的に主人公(ダンジョン側)で進行し
ある程度進んだところで他視点の行動をまとめて描写を済ませる書き方をしています
補足的に本来の時系列の経過時間を差し込んだりしていますが、気になる方向けなので気にならない人は気にしなくても問題ありません。
ダンジョン側は籠城してるようなものなので、長期戦前提くらいの受け取り方で構いません。




