129.灰色の牙と赫の魔剣
北部奪還、そしてダンジョンを手に入れる為に動員されたフレイズ伯爵軍。
テルシア曰く、フレイズ伯爵家の騎士、寄子の貴族の騎士を併せて騎士団だけでおよそ一万二千から一万三千人。そこに正規軍人がおよそ八千人、民兵が五千人程度。
併せて二万五千から二万六千前後がフレイズ伯爵軍が領都を出発した時の数だそうだ。
ちなみに冒険者や傭兵は民兵の数に含まれていて、どちらも百人規模の部隊らしい。
そしてこの合計のうちの半分は俺の知らないところでモンスターに襲われたりフェルの毒で体調を崩している。
そこに急襲部隊による突撃で数千人は殺すか負傷させている。
つまり、生存者だけでみれば既に二万人前後まで減らせている。しかも半分は負傷者か病人の可能性もある。
急襲部隊の襲撃以降、伯爵軍は部隊をいくつかに分けて先行させているようで、恐らくは民兵もしくはある程度の力量のある軽傷者たちが先見部隊として数十人から数百人の規模で森に入ってきたと思われる。
勿論これは正確な情報ではなく、予測だ。何故なら、きちんとした教育を受けた連中にしてはたかが囮の子供数人のために死にすぎだ。
ダンジョンを奪い取るという最終目標を忘れて勇者のような振る舞いをして死んでいく。
コボルド相手に死ぬようなやつが勇者になれる訳がない。この世界で俺が勇者だと思えた存在はただ一人、絶望的な状況で絶対に諦めずに足掻いて生存した女、フィニャセラだけだ。
名声を背負う英雄とも違う。ただ、想いだけで到底勝ち目のない相手に立ち向かう姿は感動的ですらあった。
「それに比べて、淡々と死んでいくな。ラグネルもバルザークもなしだとこんなものか。あの爺さんには期待したんだがなぁ」
スクリーンに映し出される先見部隊は森の各地で最弱モンスターと罠に振り回されてそれなりの死者を出している。
勿論、罠にかける前にモンスターが殺されてしまうことの方が多いが、こちらからしたら最弱モンスターの命で、そのモンスターたちを作るよりも何倍も多いDPが稼げている。死んだモンスターより強いモンスターを増やせるのだから損はない。
「バルザークとそこまで親しかったの?」
「いや別に。お互いに気の合わない指揮官ってのを並べておきたかっただけだよ。あの爺さん、普通に俺のこと殺すつもりだったからね。仲間割れ期待したんだけどさ」
「……それは残念ね。その爺も街の襲撃のときに死んだわ」
「なんだそうなのか。じゃあ船頭ひとつ分の作戦は中止だな」
「……」
敵軍の内部に反乱分子を混ぜて扇動させるのは失敗か。それにしても襲撃なぁ……俺が戦争のために仕込みをしているちょうどいいタイミングでそんなことをしてくれるとか、マンティコアさんとオーガさんってのは良いモンスターなんだろうか? DPが溜まったらやっぱうちのダンジョンにも導入しようかな?
「ぐるるるる」
「おうどうしたグレイス。腹が減ったのか?」
「がうがう」
それまで話し合いなんざ興味がないとばかりに床に転がっていたグレイスが足首を噛んできた。別に遊んで欲しがってる訳ではない。こういうときは大体機嫌が悪いときだ。
「ヒト、シンデル、タベモノ」
「お前一応俺の護衛なんだけど……つーか、お前とシスターたちは強いやつが出てくるまで出番ないぞ。せっかく作ったダンジョン機能の確認もしたいし、相手の戦力もわからんところにはお前らは行かせられん。死んだら困るからな」
「ジャ、シノミヤ、アシクウ」
「食っていいわけないだろ、もう二度と俺から手足と棒を奪うんじゃないよ」
「イカセテ、イカセテ、イカセテ」
「誤解を招きそうな表現してもダメ! テルシアも引かないで! こいつのイッてるのは肉を食いにイかせろって意味だから」
「行かせてたげたらいいじゃない。護衛なんかしなくても襲うつもりなんて私にはないもの。それに、勝つためにオールインするのでしょう?」
まさかのテルシアがグレイス支持を表明するとは思っていなかった。どいつもこいつも日頃グレイスに噛まれたことがないからそんなことが言えるんだ。こいつの噛みつきは普通の人間の体なら平気で穴開けるくらいの威力なのに!
「わかったわかった。じゃあグレイスは第三階層に送ってやる。でも何人か食ったら帰ってこいよ。あとで仕事があるんだからな!」
「ぐるるる! シノミヤキライ! テルシア、イイヤツ!」
「なんでだよ! おかしいだろ! 許可したの俺なのに!!」
「魔王軍の幹部様に気に入られたようで良かったわ。これからよろしくね、グレイスさん」
なんでテルシア側の好感度も俺よりグレイスの方が上がってんだよ。流石に拗ねるぞ。
「コアちゃん、グレイスを三階層に送ってやって。森の外でぐだぐだしてる連中もダンジョンに入れるように最後の仕掛けをお願い」
「あら、森の中での狩はもうおしまい? このまま森の中で全員殺すのも楽しそうなのに」
「あんまりやりすぎて撤退されても困るでしょ。ちゃんとダンジョンの奥でお宝見つけて食いついて貰わないと。コアちゃんも前に言ってたじゃん。ダンジョンらしいことするのが楽しいってさ。まずは伯爵様にひとつくらいはお宝をプレゼントしてやらないとな。一階層に金のぎっしり詰まった宝箱でも置いといてやろう。重くてそう簡単には持ちきれないくらいのね」
「一階層で金塊なんて出していいの!? 葉っぱしかダメかと思ってた!」
「初回限定だよ。大当たりは最初に見せなきゃ、次の宝箱を開けてくれないでしょ?」
「確かに! せっかく用意した産出品もトラップも無駄になっちゃうわね! じゃあ馬車に載せても底が抜けて持ち帰れないくらいの金塊を用意しておくわ!」
コアちゃんはグレイスを転移させたあと、楽しそうに一階層に宝箱を設置するためにチカチカ光りながら作業を始めた。護衛がいなくなることはもう忘れてるみたいだ。
「じゃあテルシア、そういう訳だからまた縄で縛ってもいい?」
「まだアルヴァリアとの同盟の契約も結んでいないし、アルヴァリアに勝ったわけでもないのに?」
「俺以外の男に束縛されてるってのは気に入らないんでね。あとは、ダンジョンコアを安心させるために格好だけでもやっといてよ。そっちもコアちゃんとはうまく付き合いたいだろ?」
「……わかったわよ。なんなら言葉遣いも前のように致しましょうか? ご主人様」
「俺はそっちも好きだよ」
「……じゃあやめておくわ」
「お好きにどうぞ」
そういう訳で、片手と両足を椅子に縛らせて貰う。俺が心配してないからと言って、コアちゃんの心配してくれる気持ちを蔑ろにするのもどうかと思うから。
片手を残したのは飲み食いくらいは自由にやって貰うため。そこまで面倒を見るつもりはない。
「シノミヤー、コボルドたちは引き上げさせたよー!」
「じゃあ、トレントさんたちに働いて貰おうか」
「はーい! テネブラエ担当トレント各員に通達! ひと暴れして死になさい! あなたたちの死が我らが混沌への道となるのよ! コートのお預かりはやってないから受け取らないように! 全ぐーん! 突撃ぃー!」
亀のように歩みの遅いフレイズ伯爵軍をダンジョンに誘うための第零階層最後の罠が起動した。
インプにハーピィ、フェアリーに続く新たな配下。木を隠すなら森の中。針葉樹の森に紛れ込んだトレントたちが動き出す。
突然森の中に木霊するトレントたちの呻き声。トレントの役割は暴れつつ、ちんたらしてるフレイズ伯爵軍本体をダンジョン前まで誘導すること。別にやれるならそのまま全滅させてくれたっていい。まあ、シスターが前に言っていた「私じゃ勝てない」とかいうヤバそうなのもいるらしいし、勝ち目はないだろうけど。
そんなことを考えながら未だ森の入口周辺で大軍を率いてのんびり進んでいる騎士の集団を叩かせる。
「こんな森だ、出てくることは予想済みだ」
集団から飛び出したのは騎士ではなく、不揃いな防具を身につけた一団。恐らくは冒険者か、傭兵。トレントの襲撃をあっさり跳ね除け塵に変えていく。
誰か一人が突出しているのではない。全体の水準がこれまでの連中と桁違い。
フレイズ伯爵軍本隊は結局一人の脱落者も出さずにトレントを打ち倒してしまった。
「この森は既にダンジョンだ! 全員警戒を怠るな! 何か見つけても不用意に近づくなよ! ここから先は俺たち傭兵団と冒険者で先導する! 罠にかかって死にたくなけりゃ、騎士様方も異論はあっても後にしてくれよ!」
背中に布でぐるぐる巻きにされた巨大な剣を背負った男が声を上げる。
口振りからするに傭兵団の頭だろうか。それにしても、そんな奴に指揮を取られようとも荒くれ者の多い冒険者も、気位が高いであろう騎士も誰も不満を口にしない。
先ほどのトレントとの戦闘ではただ戦況を見ているだけだったこの男、果たして。
「テルシア、あれは誰だ?」
「黒の一。本当の名はアスガル・ラグナシャハル・ミラドール。天に才能を与えられず、その強さを認められて聖女の剣を授かったただ一人の無才の剣聖。見た目がそうとわからないように隠されているあの大剣は、ラグナリアの遺物のひとつ。正真正銘の聖剣よ」
さすがの俺も最近理解してきた異世界事情。聖女だの剣聖だのここの所よく耳にする。
それが繋がる男はこれまで一人居たが、ここに来てもう一人追加か。
亡国ラグシュナの王に選ばれた剣聖。
国と国民を裏切り、無様な敗北とともに歴史から名を消して祖国を滅ぼした相手に仕える敗北者。
テルシアを口説き落とすなら、あれを落とすのが先か。
とはいえ、女を口説く役割は他人にやらせるんじゃ面白くない。
「コアちゃん、溜まったDPで剣を作ってくれない? もう二度と折れない剣を」
「シノミヤ、さっき自分が言ったことを忘れてない? シノミヤが何もしなくても勝てるのがダンジョンの理想だって言ってたじゃない」
「そうだね。俺もこういう痛い思いをしそうなのは好きじゃないんだけどさ……全賭けするなら大きく勝ってもいいと思わない?」
「呆れた。私はシノミヤの負けにベットしとくわね」
バレーボールなのにどうやってやってるんだか器用に溜息を吐きながら、コアちゃんの光の中から燃え滾る焔が蠢くような歪な形をした赫剣が生えてくる。言ってることとやってることが真逆じゃないかチョロい奴め。クソ愛してる。




