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【第二部開始】初心者マスターとポンコツコアの迷宮運営記 〜なんでもありの外道ダンジョンでも独立国家になれますか?〜  作者: 綴木春遥
第二部 北部奪還戦争と黒の手配書<下> 二つの戦争 編

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126.魔王と剣聖


 城が城を築く。

 矮小な人間の王の宮殿を踏み潰せるほど巨大な竜が宙に創り出した氷の城。

 天から差す陽光を歪め反射し溶けることのなく輝く荘厳な唯一女王のための城。


 アルヴァリア王都を一望できるその城に横たわり、永遠竜ドロレスは地上の様子を眺めていた。


「地竜はやっぱやられるのがはえーっスね。まあ、上層から一番に出てきた子らは仕方ねーすか。それでも、街や畑はそれなりに潰せてる。飛竜たちも今のところは小型以外は墜とされてないし、やっぱ今の人間はザコっすね……水竜は……水場に着く前に狩られちゃったっスか、川を凍らせたのは悪いことしたっス」


 今回のスタンピード、地上に出てきたのは上層の竜のみ。マーシレスコアは中層以下の戦力を出さなかったようだ。


「ルーキーに合わせてってことっスかね? ダンジョンの外で殺しても無価値だからって、何も若手に倣って畑荒らしをさせるなんて、兄貴のやりたいことはよくわかんねーっス」


 地竜たちはそれぞれがあちこちに散らばりながら、散発的に街や農場を荒らしている。人を殺すためというよりも、家屋を壊し文明を踏み躙り、飢饉がくるのを早めて直接的な虐殺を避けている。マーシレスコアはこの国は半年から一年もあれば勝手に滅びに向かうと言っていた。連絡の取れない後輩の後押しがしたいのか、功績を掠め取ろうとしているのか……どちらもあり得そうだ。


「ま、直接潰さないのは一応お隣さんとの約束には気を遣ってんすかねー」


 血魔との百万人虐殺計画。

 血魔が人間の国と結託し、アルヴァリア王国を滅ぼすためにマーシレスコアはドロレスが眠っている数百年の間も働き続けてきた。

 小国が大国へと育つのを待ち、周囲の国を併合して膨らんだところを効率よく潰す。

 本来ならばダンジョンは侵入者を迎え撃つことで、奪われた力と理を奪い返し世界を拡張していく。そのための道具としてモンスターが存在するが……昔は蟲魔や鬼魔のようなコンセプトダンジョンと呼ばれる同種の種族でモンスターを揃えるのが流行していた——何万年も前の話だが。

 あの頃の地上には天陽の星獣がいた。人間には聖女と呼ばれている忌々しい女。だからこそ、ダンジョンは天陽の目の届かない内世界へ地上生物を誘い取り込んで来た。それぞれのダンジョンがコンセプトを持ち、ロストアイデンティティの修復に努めつつ、他のダンジョンの持つ性質を相互に作用させながら天陽に挑んだ。


 何万年を超えて何億年という長い時を争い続けた先駆者たち。数えきれない敗北と犠牲。奪い去られた記憶と力。


「殺すだけは簡単。けれど滅ぼすのならできる限りまとめてやらねーと、やっぱ出てくるんスよね」


 いつからか地上からは姿を消した天陽の星獣。その特異個体であるこの惑星に落ちた天剣光輝。


 剣の翼で天に煌めく線を引く者。

 世界を切り裂く滅亡の光。

 あらゆる生命の源であり、あらゆる生命を焼き尽くす滅びの化身。


 魔王ドロレスからしてみれば、人間にとっての蠅のように小さな存在が放つ光が膨れ上がる。

 蠅の両手に握られた剣が星を葬るほどの巨大な刃となって天を突く。


「その剣はもう見たっス」


 ドロレスとドロレスの根城を断ち切らんとその光剣が振るわれるより速く、既に準備を終えていたドロレスの魔法が発動する。


 女王の城に組み込まれていた百門の砲台から放たれる冷却粒子線。衝突した対象全てのエネルギーを強制停止させるそれに触れた空気は、一瞬で熱を奪われ凍りつき結露して、まるで光線のように錯覚してしまう程美しく輝く漆黒のマイナスエネルギー。


 それはいとも容易く、魔王を殺すために現れた当代の天剣の使い手を凍りつかせ砂粒のようになるまで細かく自壊させてしまう。


 聖女の後継者、天陽の剣の使い手、剣聖。

 ヴィシャン・ラグナロウ・フレイズは、魔王ドロレスが爪先さえ動かすことなくその命を散らした。


「新しい天剣、本物には程遠いっスねー。ま、サイキョーになったあーしには敵わないっしょ。ふふん、帰って兄貴に報せるっス! これでまた次の代替わりまではのんびりできるっスよー!」


 天視、剣聖、英雄。

 あらゆる呼び名で称えられた人間の終わりを確認して満足した魔王ドロレスは、最後の置き土産にと自らが築いた氷の城をアルヴァリアの王都にでも落としてやろうと動き出す。


「——ああ、最悪の気分だ。ずっと心の中で否定し続けてきた悪夢が現実だと理解した。俺の体はどうなっている……?」


 その城に、風に乗って流れてきた砂粒が集って人の形を成す。英雄の再誕。星獣・天視偽の呪いを背負った甦りし者——ヴィシャン・ラグナロウ・フレイズ。


「……最近の人間は粉々にして殺しても生き返るように進化したんスか?」

「ただデカいだけの竜かと思えば口が利けたのか。こういう能力については魔性の方が詳しそうだが、何か知っているなら教えてくれないか?」


 父の言葉を受けて急ぎ王都を目指したヴィシャンは、王都のすぐ側に浮かぶ城とそこに寝そべる竜を見て王都には寄らず直接この場に飛び込んだ。

 全力の一撃で城ごと竜を斬るつもりが、気がつけば体が凍りつき手足も剣も灰のように崩れ落ちた。それを認識できていたのは、体の内と外から溢れ出る光が生み出す果てしない熱のおかげだろうか。自分が死ぬのを確かにその目で見て理解した。理解したからこそ、この身が何事も無かったように存在している理由がわからない。


 わからないが、納得している。

 少し前に何度か見た悪夢。

 覚えのない記憶。

 思い出そうとしても霞の様に消えていくそれを確かに掴んだ。


「あーしが知る訳ないだろーが」

「それは失礼した。近くに喋れる相談相手がいなくてね」

「相談相手は大事っスよ。たった一人でこんなところに来て生きて帰れると思ってんすか」

「死ぬ気もないが、死ぬ気があっても死ねなさそうだ。考えることが多すぎるから、さっさとお前を斬って相談相手を見つけることにするよ」

「なら、本当に死なないか試してやるっス」


 巨大な氷の城の上、魔王と英雄だけの舞台。

 難攻不落のダンジョン。アルヴァリアの歴史上誰も到達せず、その存在すら知られていない魔王。

 人の支配下には置けないと諦められた悪夢の先の存在に英雄は剣を向ける。

 崩壊した聖女の剣ではない。


天剣光輝(ソラリス)


 ヴィシャンの声に呼応して創り出された、ヴィシャンの心と魂がたった一人の英雄に最も相応しき黄金の剣を形取る。


「冷却粒子砲、全門解放」


 氷の城がその形を変化させ、城の外に向かっていた砲台が城の内側を向く。


「前周囲砲撃開始。さあ、避けられなければ即死っスよ、あーしと出会ったことを後悔して好きなだけ死ね」


 永遠竜がふわりと浮いて城の上で翼を広げる。

 その存在と質量だけで小規模な街なら、ただ降りてくるだけで踏み潰してしまう程の体躯。

 永遠竜が翼を広げればその周囲には氷雪の嵐が吹き荒ぶ。

 ヴィシャンの視界は猛吹雪によって白銀に埋め尽くされる。

 その中を四方八方から先ほどヴィシャンの身体を粉砕した砲撃が襲う。

 

 剣で砲撃を斬る。意味なし、砲撃は点ではなく線だと知る。体は凍てつき崩壊する。

 黒の膿がヴィシャンの身体を繋ぎ、再誕する。

 それを待つことなく止まない砲撃が襲い、死ぬ。死んで死んで、甦る。


「剣が足りぬ」


 死を経験する度にヴィシャンは黄金の剣を創り出す。黄金の剣は砲撃を斬る。砲撃に耐える強度を持って造られた。ヴィシャンが甦る度に増えた剣が砲台を破壊していく。


 砲台の隙間が増えれば、甦ってから動ける範囲も増えていく。白銀が降り積もり、踏み込むだけで足を取られるのを体内から噴き上がる熱が溶かし、煙が上がる。

 熱が上がり、血管が破れて臓器が死ぬ。

 頭蓋と腹の中で何度も内部崩壊を起こし、皮膚がどれだけ悍ましく変色し爛れようとも英雄は立つ。


「我ながら気色が悪くて怖気がする……が、人の為ならば捨てよう」


 この不気味な肉体の変質への恐怖も、凍てつく度に感じる痛みも、天賦の反動で傷つき叫び声を上げたくなるほどの苦しみも、己がまだ人と呼べるのかという葛藤も。

 全部捨てて、ただ人々を守る剣となろう。


「好きなだけ殺せ、最後には俺がお前を殺して勝利をあげる」


 黄金に輝く英雄は空に剣を掲げる。

 その剣の先、見下ろす竜の女王は認識を改める。


 この人間は聖女ラグナリアよりも狂っている。

 

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