125.魔王・永遠竜
この話で40万字を超えますが、第二部はもうちょっとかかります。
アルヴァリア王国南部の竜魔のダンジョンから溢れ出したモンスター、それは二足歩行で大地に巨大な足跡を刻む竜、豚のようにずんぐりと丸い体に四足歩行で皮膚は鱗のように進化した竜など、地竜種と呼ばれる姿形もさまざまな竜に始まり、一対の巨大な翼に二足の小型の飛竜から、伝説にしか語られないような二対、三対の翼と強靭な手足を持った民家よりも一回り大きな竜まで、多種多様な竜の群れ。
南部の冒険者、特に領都メルトシアの冒険者は誰もが皆、竜と対峙し撃退したことのある竜殺し。C級からA級の実力者がゴロゴロと転がっている。
冒険者だけではない。ヴァルメルト公爵家の騎士団は王国騎士団と鎬を削るほどの実力者が揃っている。
アルヴァリア王国の総人口およそ百五十万の中から選ばれた最高の才能と実力を持つ者が王国中から集結しているのだ。
さらにはメルトシアのダンジョンには、ダンジョンの産出品を手に入れ、ダンジョンの調査をするために冒険者とも騎士団とも異なるダンジョン探索のための常備軍が存在する。
戦える者の数だけでいえば、戦争状態にある西部軍には劣るが、その質は大幅に上回っている。
人間の歴史にはダンジョンが稀に、こうしたスタンピードと呼ばれる異常行動を起こすことは確かに記録されているが、竜魔のダンジョンがこの様な大規模なスタンピードを起こしたという記録は存在しない——少なくとも、アルヴァリア王国が興って以来一度もない。
アルヴァリア王国の歴史上、誰も体験したことのない大災害の発生。それを予期していた者は極めて一部の"反対派"と呼ばれるダンジョン依存の国家運営を否定する派閥の上層部のみ。
マーシレスコアの事前通達によって反対派上層部はスタンピード初動の被害を免れた。
それに対立するダンジョンを王国の管理下にて資源確保を目論む国王派は竜による災害を全く予期せずに被害を被ることとなる。
ヴァルメルト公爵が治める南部地方、竜魔のダンジョン近郊の街の壊滅。穀倉地帯は竜の息吹によって炎に焼かれ、王国の生命線であるリネリッタ川は凍てついた。
竜による災害の被害はあっという間に南部から中央へと広がっていく。
何せ、竜は天空を我が物として自由に行き来する。人の手など届かぬ高みを飛ぶ竜を止められる手段は限られる。これがダンジョン内部であれば人にもできることがあった。むしろ、人はダンジョンの外の竜を知らない。行き止まりのない空を舞う竜の脅威は、ダンジョンの中で遭遇するそれとは全く異なる次元である。
届くはずの極大魔法が届かない。
壁のない平野から空へと駆ける術がない。
それでも抗う者は存在する。
抗える者も存在する。
しかし、それは人という存在の最高位の上澄みに限られる。
それに対して、ダンジョンから波の様に姿を現す竜はあまりにも絶望的な数だった。
特に問題だったのは突如としてリネリッタ川の王都近郊上空に姿を現した、魔王・永遠竜。何万年という時を生きた、この時代の人間は存在すら知らぬ竜の女王。
「うわ、あの模造竜……背中に船を背負って擬態して川底に沈んで隠れるとか悪質すぎるっスよ」
北部からの帰り道、ふらりとリネリッタ川の様子を見に寄った魔王ドロレスはマーシレスコアから聞かされた話を思い出して引いた。
全身から腐敗毒を撒き散らす、竜の形を模造した汚物が人間の船に混ざって呑気に川を下っていたのだ。
マーシレスコアから聞かされた王国滅亡の原因。兄貴と慕うコアと西の血魔のコアとの協定をぶち壊しにして天陽の下で堂々と滅びを運ぶ恐れ知らずの働き者。
「あーあー、天陽との戦争時代を知らない若者が無茶をしちゃって。ルーキーにこれ見せられたら確かに兄貴は黙ってられないっスか。先に逝った水魔も……えーっと、あとは蟲魔と鬼魔だったすかね。先輩方に守られて生き延びたあーしらだから————天陽天視、あーしを視ろよ。この惑星を永遠に溶けない氷で滅ぼすのは誰なのか」
天陽系で戦う同士たち。
敗北すれば記憶も存在の全ても奪われ消えていくだけの存在が抗う光。夜空に瞬く全ての戦争の炎に祝福あれ——。
魔王・ドロレス。
永遠竜顕現す。
水魔の王リネリッタが創りし川を一息に凍てつかせ、ただ其処に存在するだけで終わらない冬を呼ぶ。
偉大な竜の姿は王城からも目視可能な程に巨大。
数百年の王国史の中で誰一人として至ることのなかった南部のダンジョンの王は威風堂々と、空の上から天上に輝く忌まわしき簒奪者を睥睨する。
南部で発生したスタンピード、そして正体不明の冬を呼ぶ青い竜。
その情報は可能な限り迅速に北部フレイズへと送られた。
しかし、川を塞がれ病蔓延る北部司令部への伝達は遅れに遅れ、その報せがフレイズ伯爵に届いたのはいよいよ以て北部奪還のために各地の戦力が結集し出陣を間近に控えていた時だった。
「ラグナを王女と公女二人と同時に婚姻を結ばせた。アレを今すぐに王都に寄越せだと?」
北部領都フレイズの領主邸の自室で、自分に宛てられた国王とヴァルメルト公爵連名の信書を読んでフレイズ伯爵は思わず手紙を破り捨てそうになった。
「ふざけたことを……襲撃と疫病のせいでこちらが兵と物資を集めるのにどれだけ苦労をしたと思っているのか。中央から送られてくる筈の兵糧も未だ届かず、こちらは完治もしていない病人や怪我人まで徴兵し、食糧さえも民間から徴発しているというのに、たかが竜如きのために我が国の最優先事項であるダンジョン支配よりも己の身を案じて聖女の力を欲するか! 中央のクズ共が!」
本来ならばとっくに五万の軍勢を率いてダンジョンを討伐し、ダンジョンマスターを拘束し自らの管理下にするために進軍している筈だった。
いくつもの想定外があったが、全て己の差配によってなんとか必要な軍を編成し直し、物資を集めた。ダンジョンを支配してしまえば、モンスターに破壊された街の復興はなんとかなる。
徴発した食糧の補填は、到着の遅れた中央からの物資で補えばいい。
あとは攻め込むのみ。
売約済みとはいえ、成人まで育て、剣の教育を施し街をひとつ壊滅させた巨大なモンスターを打ち倒して英雄と讃えられるまでにアレを作り上げたのは誰か。
ヴィシャン・ラグナロウ・フレイズという英雄をこの世に生み出し育て、聖女の力を授けたのは誰か。
王の目でも国王でもない。
レガート・フレイズ。
北部の支配者にしてアルヴァリアに栄光を齎す真の貢献者。
「肥沃な土地に生まれただけの軟弱者共が……おい、ラグナをここに呼べ」
本来ならアレはここで更にひとつ価値を上げる筈だった。
そうなればアレの実父であるフレイズは王国に多大な貸しを作ることになる。
だがまあいい、これで王家と公爵家のどちらか一方ではなく二つと縁が繋がった。
これもまた一つの貸しにはなるだろう。
中央と南部は言うならば国の金庫と食糧庫。どちらの扉の鍵も手に入るというなら、戦後に待っている負担は全て支払わせることにしよう。
「お呼びですか、父上」
「……来たか。お前には今すぐに中央へと向かって貰う。先ずは王都へ行き、南部で起こっている竜のスタンピードの情報を直接確認して対処しろ」
「中央……ですか? 被害は南部だけではないのですか?」
「ああ、南部とは別に大物が出たようだ。この命令は私ではなく国王と王の目の連名によるものだ。拒否権はない」
「しかし、北部奪還は……」
「既に救う人間の居ない土地だ。南と中央には八十万人が暮らしている。誰でも分かる計算だ——それに、貴様が心配せずとも北部は私が奪還する。これ以上無駄口を叩いている暇があるのなら、さっさと行け。英雄ならば何のために戦うのかを忘れるな」
「父上……」
血の繋がった本物の親子が、偽物の言葉で繕う親子の絆。
フレイズ伯爵は、この馬鹿な息子が何に憧れ何を目指しているのかをよく理解している。
「人を救え、ヴィシャン」
「……行って参ります」
これで中央への義理は果たした。
南部のことも中央のことはもう考慮することはない。全てが邪魔だ。
視界の中に去り行く息子の後ろ姿を捉えながらも、フレイズ伯爵の瞳に映っているのは北部奪還戦争という耳触りの良いダンジョン侵略の絵図だけである。




