123.開戦
東部動乱。
反旗を翻した裏切り者の冒険者は全員死亡。
砦を裏ギルドに奪われた失態により当時東部を治めていた伯爵家は死罪、取り潰し。その後は公爵派閥の侯爵により統治されることとなる。
同じ人種、同じ国の生まれの者の裏切りの連鎖。その闇で動いていた陰謀は歴史には残らない。勝者のみが正しい歴史を記し語られる。
「そして、ヴァルメルト公爵の手回しで捕縛された裏ギルドの生き残りは以降、黒の手配書という公爵の抱える裏組織に名を連ねることになった。あの時、何も知らなかった私は……夜中に砦の中の荷箱に隠れて朝を迎えた。砦の門の前に立って、『やめて』なんて叫べば恐ろしい殺し合いが止まると信じていたのよ。とんだ大馬鹿よね、たかが子供に戦争が止められるはずがないのに。正体もわからない男の言葉に、たかが飴玉ひとつに騙されて言われるがままに罪に加担した。門は最初から簡単に壊れるように細工されていたことも知らずに立ち塞がって、私を庇った右耳のない男が一人死んで、私を殺したと思い込んで罪を背負った男が生まれた。私は——アルヴァリア人が嫌い。貴族だけじゃない、他人の生活を踏み躙って安穏と暮らしている全ての人間を憎んでいるわ」
テルシアから語られたのは、テルシアがテルシアという存在に至るまでの過程。
正直に言えば、あまり興味のないお国事情。話の本質の半分も理解できたかわからない。
「なら、なんでお前はそのヴァルメルトとかいう公爵に従っている?」
結局、何がこの女を壊して変えたのかなんて理由はどうでもいい。過去は過去、俺に関係があるのは今現在のこいつの在り方だ。
「私たちが黒の手配書として生きている理由、ヴァルメルト公爵の配下として名前を変えて、姿を変えて命令に従う理由。それはラグシュナ人の保護のためよ」
「保護? それは裏ギルドとやらと引き換えに終わった話じゃないのか?」
「そんな訳ないじゃない。確かに、暴動は事前に止められたし、企てた連中はそのことで罪に問われはしなかった。だって、そんなことは起きていないことになっているんだもの。けれど、ラグシュナ人は敗戦国の民からアルヴァリアの民へと変わった。アルヴァリア人として生きるのならば、アルヴァリアの政策のために尽くす義務がある。ダンジョン攻略と、ずっと前から続く西の国との戦争。東部のラグシュナ民族は敗戦国の民族として元々のアルヴァリア国民よりも徴兵の優先度が高い。黒の手配書がヴァルメルト公爵の命令に従うことで、使い捨ての順番をひとつ後ろに下げられているのよ」
テルシアの話では、俺たち——爪痕のダンジョンが誕生し、その存在が発覚するまでの間、多くの人命が南部のダンジョン攻略のために費やされてきたらしい。
また、何十年と続く西の隣国との小競り合いは敵国がダンジョンを手に入れたことで押され、敗戦が続いた。本格的な戦争になればアルヴァリア王国が敗北する可能性は年々高くなっていく。
国境を維持するために集められる兵の多くは犯罪者や、アルヴァリアに支配された元は別の国の民族が優先されて投入されているらしい。
そうした二つの戦争のなかで、東部民族を少しでも生き残らせるために黒の手配書とやらは動いている。
「つまり、お前はアルヴァリアの国益ではなく、ラグシュナ人のためにこのダンジョンまで乗り込んで来たと?」
「そうよ。私の命で私の犯した罪を贖えるのならばなんだってする。あなたの性奴隷にだって喜んでなる。その後ろに立っている仲間の武器で私の身体を切り刻んで交渉が成立するのなら、いくらでもそうして頂戴。そうなる前にあなたとの停戦交渉を終えて相互利益のある同盟を結んでおきたいところだけれど……私の死が信頼を勝ち取るための価値になるなら、覚悟はできているわ」
裏切り者のテルシア・ルビー。
その独白と懺悔と願い。申し訳ないがうちとはなんの関係もない事情。
「なあ、テルシア」
「シノミヤ、話の途中で悪いけどゴーレムたちがリスポーンしたわ。恐らくはもう敵は廃墟を超えたわね。シスター、第六階層に転移させるわ。情報の聞き取りをしてきなさい」
「了解、行ってくるわ」
コアちゃんが俺の言葉を遮り、敵の接近を報せる。シスターは返事と同時に転移で姿を消して居なくなる。擬態させたゴーレムたちの奇襲の成果を確かめに向かったのだろう。
「話が長すぎてよく分からなかったけど、敵が全部うちで殺していいものなら次の作戦はやめる? 殺すならダンジョンの中の方が儲かるわよね?」
「そりゃ理想はそうだけど、何万人も同時に受け入れられるゲストルームは用意してないよ。勿体無いけど作戦は継続。ケンタウロス部隊とハーピィ部隊を送り込んで地上戦だ。なるべく数を減らす方針に変更はないよ。シスターが戻ったらアスティとシスターで部隊の指揮を。フェアリーの仕込みも忘れずに。サメちゃんはアスティとシスターの撤退支援。他のモンスターはいくら死んでもいいけど、幹部が死ぬのは無しだ。危険そうならすぐに戻ってきて」
想定外はあった。
アルヴァリア王国側がダンジョンの仕組みを知っていたこと、南部のスタンピード、ラグネルの不在。
それでもこちらのスタンスは変えない。
削れるものは削り切る。ダンジョンの中で死ねるのはたどり着いた奴だけ。
三万人が長期的に滞在して五、六人のパーティ単位でダンジョンに入ってきてくれる訳ではない以上は招かれざる客には変わりない。
それにどうせラグネルはここに来る。あいつは寄り道しようと必ず辿り着く。
「交渉が終わるまで戦争は続ける。これは俺たちの価値を釣り上げるための戦争だ。安値で買い叩かせるわけにはいかないんでね」
「そう、好きにしたらいいわ。黒の手配書はあなたがアルヴァリア人をどう殺そうと関与しない」
「お互いが同意しているなら作戦は実行ね。でもシノミヤ、護衛を減らすのは認められないわ」
「心配しなくても、グレイスがいる。それに、俺とコアちゃんの命だけは保証されている。そうだよな?」
俺の護衛が居なくなることを心配してくれるコアちゃんには申し訳ないが、今目の前にいる女の脅威とダンジョンに迫る軍勢の脅威なら、外の方が優先だ。グレイスも俺もアスティに一ヶ月鍛えられたし、俺に関して言えば魔王としての能力向上とコアちゃんが作ってくれた特別製の装備がある。不愉快そうに頷く自認A級冒険者相当の女ひとり相手に怯えていられるものか。
「コアちゃん、信じてくれない?」
「別に疑っちゃいないわよ。愛しているの」
「そりゃ有難い。なら俺もコアちゃんも守るよ」
「……ふん、ならこのしょうもない女との話なんてとっとと済ませてみせなさい。片付いたらまた一緒にコアちゃんねるでモンスターのライブ配信を一緒に観るのに付き合いなさい」
コアch.
この一ヶ月間、あまりにも暇すぎて俺とコアちゃんが考えだした暇つぶし。
ダンジョンで暮らすモンスターに変な企画をやらせてコアルームのスクリーンでライブ配信として眺める遊び。
コボルドリレー大会や、ゴブリンクッキング、スライム対ローパーのねばねば対決、スケルトンによる『この骨だーれだ?』に、サキュバス二人組による雑談配信。その他色々。
この退屈な異世界唯一の配信番組。最近ではモンスター側からの企画持ち込みさえある。
「約束するよ」
「わかったわ。各部隊に通達、戦闘配備。これより私たちの領土を侵犯する人間共への急襲作戦を開始する——混沌に陥れなさい」
ダンジョンの最上位権限——どころか、ダンジョンという存在そのものであるダンジョンコアの命令が響く。
魔王国への領土侵犯を名目に始まる戦争。
これから互いに支払う無意味な犠牲を眺めながら、俺は机の向かいに座る女と戦争の終わり方を決めることになる。だがその前にひとつ、伝えそびれたことを言っておこう。
「なあ、テルシア——お前、アルヴァリアを裏切れよ」




