119.Beer Glass Slams onto the Table—That’s Where It Starts.
戦慄、からの安堵……そして胸の高鳴り。
地獄に垂らされた糸。
終末世界に降臨した救世主。
「テルシア! なんていいところに来てくれたんだ!!」
「えっと、前みたいに奴隷らしく振る舞った方がいいのかしら……」
思わずテルシアに抱きついて喜びを爆発させたら、俺の地獄を終わらせに来てくれた爆乳はドン引きしていた。
「あ、いやこれには不快な訳があってだな……」
それはもう浅くて不愉快な言い訳で取り繕ってみたのだが……。
「普段はそんな格好で過ごしているの?」
「今すぐに服を着ます」
冷静。冷んやりとした静かに問いかける瞳に見つめられながら、涙を堪えて服を着る。
カートリッジ(水筒型)に「統合」と伝えれば音声トリガーが起動してカートリッジが開口して反流動状態のアーマー素材が射出されて体にぴたりと巻きつき、内装ライナーが皮膚に密着してセンサーが同期、中間ゲルが広がり厚みを均一化し、外装膜が形成される過程で表面に不思議な模様が発光して浮かび上がるのを眺めている間にお着替え完了。
「飼い主様、鎧をお付けするのです?」
「あー、必要ないよアスティ。これからするのは話し合いだからね。鎧で椅子に座りたくないし。コアちゃん収納しといてくれる?」
「余所者と会う時が一番危険なのに」
「幹部が全員揃ってるんだから良いでしょ。それに俺以外のみんなはこのボディアーマーだけじゃん。コアちゃんが作ってくれたこれってかなりイイやつなんでしょ?」
「そうよ! 一歩間違えば世界が滅ぶくらいの技術を使っているもの!」
俺のことを心配してくれたコアちゃんを説得するのに戦闘服のことを褒めてみたら、逆に心配になるような言葉が返ってきてどんな顔をしていいのかわからない。戦闘服を作ると世界が滅ぶってどういうこと? そんな危ないことしてたの? というかコアちゃん世界滅ぼせるの? 話変わってこない? ……だめだ、考えるのはやめよう。
これ以上考えたら、なんのためにダンジョンを真面目に運営しているのかわからなくなりそうだ。あれ? なんでダンジョン運営してるんだっけ?
「まあいいや、とりあえず座って話そうか。魔王城は……スクリーンがあるからこっちの方がいいか」
なんの変化もない魔王城と違って、コアルームはいつも俺や幹部の誰かしらが利用しているので、最低限のテーブルと椅子は揃っている。揃っていても床に座ったり寝転んだりしてるグールもいるが。
「じゃあ、そっちの椅子に座ってくれ。搾りたてのミルクはあるが飲み物はそれでいいか?」
「ビールをちょうだい」
「シスター、ビール二つ!」
「え、アタシが!?」
「……アスティの母乳はいつも飲んで貰えないのですぅ」
「サメも哺乳類、飲んであげるw」
「わぁ! ありがとうなのです! いま絞りますね」
即断でミルクを断られたのでシスターに配膳を頼んだらシスターが「なんでアタシが?」みたいな顔をして抗議してこようとしたのに、アスティとサメちゃんのゆるいボケにかき消される。なんて可哀想な子。あと、サメは魚で哺乳類じゃないだろ。一瞬騙されかけたわ。テイルメイドが哺乳類ならわかるけど……ん? それだとこの前の卵を産むってなんだ???
「シノミヤ、さっきから何回も首を捻ってるけどメトロノームにでも生まれ変わったの?」
「この空間で暮らしてるとメトロノームに生まれ変わった方が素直に生きられる気がするよ」
「メトロノームの人生なんてブレてばかりじゃない」
「確かに」
「さっきからあなたたちの話がわからないのだけれど、とりあえずビールはまだかしら?」
愉快な仲間たちのせいで頭のおかしい会話に呑まれて、大事なことを忘れていたことをテルシアが教えてくれる。そうそう、ビールを待ってたんだよ。
「おい、シスター! ビールはよ!」
「持って行くタイミング探ってたのよ! バカ!」
ドン、とテーブルにビアグラスが叩きつけられたのを合図に幹部たちが俺の背後に立つ。そのさらに後ろには爪痕の刻まれた壁に収まるダンジョンコア。
「お待たせして済まない。今日は奴隷ではなくアルヴァリア王国の使者として対応させて貰おう」
ビールの入ったグラスを掲げる。
「そう。それならこちらも楽に話させて貰おうかしら」
もう一つのグラスが掲げられ、視線を交わらせてひと口、喉を湿らせる。
「交渉の前に、いくつか確認をさせて貰いたいのだけどいいかしら?」
「構わんよ」
「ここに来る途中にモンスターに遭遇したのに襲われなかったことは……まあいいわ。この森、以前より霧が濃くなっているわよね? ダンジョンのあった丘は山と言った方がいいくらい大きくなっているし、頂上付近は霧に覆われて何も見えなかったわ」
「ああ、それなら——」
——霧の件、これについては何故だか知らないうちに日毎に薄くなっていってしまったのだ。コアちゃん曰く、この森の霧は天然の物とは別に魔法的な何かで創り出された偽物の霧が混在していたらしい。その偽物の霧についてはコアちゃんの能力に統合されたらしく(この辺も意味不明)コアちゃんが改めて霧を出せたので、せっかくだから未完成の魔王城を隠して貰った。空からの侵入者が一番怖いからね。
丘がデカくなったのは単純に内側の空間を拡張しまくっていた副作用。いつか昔に、コアちゃんとダンジョンを上に伸ばすか下に伸ばすかでノリで上に伸ばした反動がここに来た。お陰で魔王城に歩いて辿り着くには山登りをしなければいけなくなっている。標高はまだ四桁メートルには達してないと思う。測ってないけど、多分。
ということをテルシアには適当にコアちゃんの能力事情などは伏せて説明しておく。
「……ダンジョンって本当にとんでもない力を持っているのね」
「住んでいる身としてはあまり感じないけどね。ただ高いところに住んで天気が悪いだけだ」
「天陽に近づこうだなんて考えるのは人間の王侯貴族くらいのものだと思っていたわ」
「そう? 俺の昔住んでた所じゃタワマンとかみんな憧れてたけど」
「タワマン?」
「いや、忘れて」
怪訝な顔で首を傾げるテルシアに構わなくていいと軽く手を払ってビールを煽る。
陽当たりのいいところに住みたいなんて地球の感覚と、天陽天視とかいう信仰や畏れに似た何かを抱くこの世界の住民とはそもそもが思考回路が違うのだ。ましてや、タワマンなんて伝わるはずもないし、伝える意味もない。
「あなたと話していると気になることばかり増やされるわね……このダンジョンの中だって以前とは違いすぎてモンスターに案内されたとはいえ、何度も死ぬかと思ったのよ。風船みたいになったスライムを頭に被せられて水中を移動させられたり……私の装備が水竜の皮膜製じゃなかったら耐えられなかったわ」
「……」
テルシアの言葉に驚いて背後を振り向いてコアちゃんを見る。コアちゃんは何も言わずに「私、威厳あります」みたいに輝いている。
いや、テルシア来てたの気づいて態々ダンジョンを普通に進ませたの? そんな宇宙遊泳用のヘルメットみたいな真似がスライムにできたの? というか、水竜って何それ怖い。この世界の水の中、そんなのいるの?
そんな俺のありとあらゆる疑念の視線を受けてもコアちゃんは微動だにしない。ただ一言。
「ドッキリ大成功ね」
「俺がね!?」
テルシアに対して言ったんだろうけど全部俺がびっくりしてるからね。一応客人のつもりで待ってた相手に何してくれてんだよ。というか、そのドッキリの間を繋ぐために俺は全裸オホ声サメベロスしてたのかよ。なんだよ全裸オホ声サメベロスって!!
「ダンジョンコア様、今はそう呼ぶべきかしら? 必要なら膝をつくけれど」
「結構よ、人間風情の礼なんて必要ないわ。けれどそうね——どうしてもと言うのなら、穢れた存在が私の世界で息ができていることに感謝をしなさい。全ては私の魔王、私を選んだ、私が選んだ唯一の私の世界の王にね」
「そう、ならダンジョンコアに礼儀は不用ね。で、ダンジョンマスターのあなたがその態度なら私は好きにしていいってことよね?」
「え? あ、はい」
突然始まった俺とは温度感が異なりすぎるバレーボールと元奴隷願望スパイの女同士(?)の板挟み。そういうのに男子は巻き込まないって決め事しませんか?
その王様、さっきまで全裸オホ声サメベロスしてたけどシリアストークに参加して大丈夫そ?
「それなら、そろそろ始めましょうか。あなたが引き起こした大量虐殺とこれから始まる戦争の停戦交渉を」
テルシアはビアグラスの中身を一息に飲み干した。身に覚えのない大量虐殺容疑と始まってもいない戦争の停戦交渉の始まる合図は、ごとりとグラスの底がテーブルを叩く音だった。




