116.Merciless Dinos The Core
アルヴァリア王国南部ヴァルメルト公爵領、領都メルトシアには、通称・竜魔のダンジョンと呼ばれる古いダンジョンが存在している。
アルヴァリア王国建国より以前から存在するそのダンジョンのモンスターは、呼び名の通り竜種が多く存在する。
ただでさえ竜が蔓延るダンジョン。さらに歴史あるダンジョンというものは長く生き、その階層はどこまで続くのかさえ判明していない。
アルヴァリア王国が欲し、何度も攻略を試みては失敗し遂にその攻略を諦めつつあるダンジョン。その三六八階層——未だ到達した人間の存在しないその階層は、フロア全てが氷河に覆われていた。
そしてその中でもとびきり巨大な氷山の中で氷漬けになって眠るのは、砦のように巨大な竜。
「ドロレス、起きろ。コアルームに来い」
「…………」
「ドロレス! ドーローレース!!」
「…………」
「そのフロアをマグマに変えてやろうか」
フロア中に響く大声に氷の中で眠る竜の瞼が開き、ギョロギョロと慌てたように目を回す。
バキバキと盛大な音を立てて氷山が割れる。巨大な青い竜が翼を広げて体に付着した氷を振るい落とす。
「はいっ! はいっ! 起きましたっ! 起きたっスよ兄貴! マグマはやめて話をしましょー! ねっ! 兄貴!」
「コアルームに転送する。そのデカい体を縮めろ」
「えぇー、起きたばっかりだから泳ぎたいっスよー……あ、冗談っス、マジ冗談ですからマグマはやめてください! えーと、えーっと、人型でいっか! えい! ほらー兄貴みてー! あーし超可愛い!!」
巨大な竜の質量は何処へ消えたのか、氷河の上には青い髪の人間の女がひとりぽつんと立っている。兄貴とやらからの返事はない。
「兄貴ー? 兄貴ー? 小っこくなったっスよー」
「はぁ……ドロレス。人型を選ぶなら服を着ろ」
「ああ! へんそーっスね! 忘れてたっス! んー、服なんて何百年ぶりだー? あ、そういえば白虎の毛皮で作った服があったような……お、これこれ! もふもふー! 兄貴ぃ! 準備できたっス! ——おっと」
ドロレスと呼ばれた女が服を着終えたところで、視界が歪み次の瞬間にはダンジョン最奥のコアルームへと転移していた。
地下深くに作られた白亜の城。それが竜魔のダンジョンのコアルームである。
「あいっ変わらず真っ白な部屋っスねー、思い切った色を使えない無難なところが兄貴らしいっちゃらしいっスけどねー」
「久しぶりに会って早々煩い奴だな。前に来た時は雪みたいで綺麗だと言ってただろうが」
「んあれー? そうでしたっけ? つーか兄貴、あーしなんで呼ばれたん? 地上滅びました?」
「残念ながらそれはまだだ。だが、少し問題が起きた、仕事を頼みたい」
白亜の城の王の間の宙に浮く白い球体がピカピカと点滅する。
「え、イヤっすよ。あーしこれでも魔王っスよ? なんでパシリしなきゃなんねーすか」
「リネリッタに紛い物の竜が出た。しかも毒を撒き散らしながら呑気にこちらへと泳いで来ているそうだ」
「うえ……リネリッタって言ったら死んだ"水魔"んとこじゃねースか。つーか兄貴、毒竜を王国の水源にぶち込むとかえげつねーことやってますねー、"血魔"に文句言われても知らねーっスよ」
リネリッタといえば、大昔に天視のババアに滅ぼされたダンジョンの魔王の名前だ。実際、リネリッタ川を地上に作ったのも魔王。人間がどういう訳で川を魔王の名で呼んでいるのかは知らないが、確か寝る前の記憶が正しければ今このダンジョンの上にはアルヴァリアとかいう人間の国があったはず。その王国の一番人口の多い都市の水源に毒を撒くなんて、いったいどういう気持ちの変化でそんな大量虐殺をしたのやら、とドロレスは呆れた目でダンジョンコアに視線を送る。
「うちの竜じゃない。紛い物だと言っただろ。形だけを真似てるだけのパッチワークゾンビだ」
「うげぇ、ゾンビとかもっとえげつないじゃねースか。そんなんが居座ったらここら一帯の穀倉地帯全部終わりっスよ」
リネリッタ川の水は都市の生活用水としてだけでなく、このダンジョンも存在する王国南部の豊かな穀倉地帯に水を供給する役目も担っている。王国最大の都市の次は王国の食糧庫への破壊工作である。
「そうだ。このままだとこの国は早ければ半年、長くとも一年後には滅ぶ」
「え、いいじゃないっスか! ……あ、でもそれだと"血魔"の奴がうるさそーっスね……ん? でも半年ってのはさすがに言い過ぎなんじゃ? 別に飢饉が起きたって一年、二年は持ち堪えるんじゃねーすか?」
「"血魔"の計画のことは今はいい……良くはないが、それについてはどうしようもない。まず、ことの発端のモンスターは北から来た」
「ダジャレっすか、氷河より寒いっスよ」
「くだらないことを言う前にその図体の割に小さい頭を動かせ。北からモンスターが現れたということの意味がわからないのか」
「そうは言われても、来たから現れたに言い換えてるじゃないっスか」と言いたくなる気持ちを抑えてドロレスは首を捻る。
「北ってもうダンジョンないっスよね? 天視のババアがサリエルク追っかけて暴れながらぶっ潰して回ってましたし」
「そうだ。蟲魔も鬼魔のダンジョンも滅ぼされた。どちらも僕の先輩、この漂着世界との戦いを教えてくれたコアも魔王たちももう居ない」
ドロレスは小さいと言われた頭で考える。何万年も前のこと。確かに覚えている。この世界に産まれたばかりの頃のことを。
まだ地上で天陽のアークとこの星のアークが存在し、ダンジョンと互いの滅亡を賭けて争っていた時代を。
「ん……? 蟲魔ってなんスか?」
「少し前に北部でマンティコアの特殊個体が率いる蟲魔の群れが撃退されたらしい。僕の記憶からも消えている。恐らくは最後の生き残りが死んだのだろう。そして蟲魔の記憶は世界から消失した。これは人間から仕入れた情報を分析した結果、推測だ。それと……少し前から北で新たなダンジョンコアの気配を感じている。何度か呼びかけてみたが応答はない。てっきり狂ったアークに滅ぼされたのかとも思ったが、後輩ができたという記憶が僕に残っている以上、それはない。恐らくはそのコアが生きて何かを引き起こしている」
星獣。惑星の固有種にして、圧倒的な力を持つ頂点存在。
この惑星の地表には、悪名高い黒と白に生まれ変わり死を超越した化け物が不運なことに堂々と彷徨いていた。
天陽の星獣を怒らせて北に追いやられ森の奥の山に引きこもっていたはずだが……
「まさか、あのキモ鹿の支配領域でダンジョンが産まれて生き延びてるって言うんすか? そりゃーあり得ないっスよ。マーシレスの兄貴にしちゃおかしなことを言うっすね! アハハハ!」
完全な魔王とダンジョンであればサリエルクの能力には対抗できる。それでも、殺したところで死なないのが厄介なのだ。そんなものの縄張りで、新参者のダンジョンが生きていける訳がない。
「ダンジョンについても人間からの情報で何度か耳にしている。冒険者はダンジョンの話が大好物だからな、出入りする度に情報を落としてくれる。それに、外で育てた反対派の連中にも確認は取った。詳細はヴァルメルトのせいで不明だが、確度は高いらしい。まったく、今代のヴァルメルトは厄介だ。ドロレス、お前が寝ている間に天剣の才を持つ者が生まれて、ヴァルメルトが既に手をつけている。それも成人しても力の反動で死なずに北部で生きているらしい。どうだ、また北部だ。連絡の取れないダンジョンと、天剣の使い手が共に北部に存在している。これだけでも異常だろう? さらには毒竜の侵攻、記憶から消失した蟲魔。僕らの預かり知らないところでこの国は滅亡しかけている」
マーシレスコアの話を聞く限り……コアは球体なので表情はわからないが、声音や話し方から本当のことを言っているのだと楽天家のドロレスもようやく理解する。
「もしかして……"血魔"の百万人虐殺計画が失敗するっスか? あーしが前に起きたのがうん百年前っスよ? それだけ長く準備してきたのに」
「ようやく理解したな? 本来ならば"血魔"が隣国の支配下になった振りをして僕がアルヴァリアに反対派を作り弱体化させて二つの国の人間に殺し合いをさせる筈だった。それが、ここ数日で突然理解不能なことが立て続けに起こったせいで、この国は静かな死を迎えようとしている。原因は何を考えているかわからない新参者だ」
「それは大変っスねー」
「そういう訳だからドロレス、ちょっと北に行って様子を見て来い」
「え?」
「僕はスタンピードを起こす」
「は?」
「"血魔"の計画は今はどうでもいい。だが、僕の縄張りに偽物の竜を送り込んだ挙句、天剣と星獣を相手にしながら好き放題に地上で暴れている奴がいる」
「そ、それがなんでスタンピードを起こすことに繋がるっスか?」
その前までの話はわかる。何か問題が起きている。計画が破綻しかけている。わかる。
だが、何故わざわざ壊れかけた計画をさらにぶち壊すような行動に出る必要があるのか。
忘れてしまった蟲魔も、鬼魔も水魔も先に死んだ。それでもこのダンジョンが生き残っているのは、マーシレスコアが常に冷静な判断を下してきたからだ。だというのに。
「ドロレス、覚えておけ。ダンジョンコアには何よりも大切で重要な役割がある。けれど、それ以前に大切なことがひとつある」
白い球体の光がチカチカと点滅する。
間違いなく、マーシレスコアの感情が昂っている。
「い、いったいなんすか?」
「先輩面がしたい」
「は?」
ドロレスにはダンジョンコアの言った言葉の意味は、この時にはまったく分からなかった。
数日後、北部の都市でその命を燃やし尽くして人間を滅ぼすために戦った同胞の記憶を失う迄は——。
ダンジョンとして産まれ、ダンジョンに産まれた者の怒り、憤り。何があってもこの漂着世界を滅ぼさなければならないという誇り。
天陽を恐れることなく、人間を一人でも多く殺すために死ぬこと。
記憶は失っても、この胸に確かに突き刺さった痛みが叫んでいる。
故に、ドロレスは北に産まれたダンジョンを探すことなく帰路に着く。暴れなければ、殺さなければ。その役目を、新米魔王に奪われてたまるものか。




