114.天剣心在
領都フレイズの北門に難民とオーガ、そしてテルシアによって仮称サイクロプスと名付けられた鬼の巨人とバルザークの戦闘が始まるよりも少し前。
領都の外の野営地で訓練をしていたヴィシャンとプリムス率いる傭兵団四十人の戦闘は、瓦礫の上や地面の下に転がる四十人の男たちと、爽やかな笑みを浮かべて擬似ダンジョンから出てきたヴィシャンから分かるように、ヴィシャンの完勝であった。
「まさかうちの連中相手に無傷で制圧するとは恐れ入りました」
「人間を相手にしているとは思えない、まるで獣の巣穴に一人で飛び込んだような気分だったよ。これが戦場帰りってやつか」
「それは少し違いますね。我らは常在戦場。戦場こそが帰る家、他に居場所はありません」
「……平和な世が来たら他国に移るのか?」
「心配は必要ありませんよ、平和なんてものはどんな作り話の中にも存在しないものです」
「現実に平和のために戦う者がいるのだから、何度負けても最後に勝てば平和な世界だって作れるさ」
ヴィシャンの何気ない問いに、プリムス・ブラックは言葉を噤む。誰かが勝てば捨てられぬ想いを抱いた敗者もまた生まれる。だが、いくらでも反論はできるが、それに意味はない。利益を生まない言葉なら口から出すより飲み込んで便所に座って出す方が生産的だ。
「まだまだ活力が有り余っているようですね。屋敷の中だけでは運動不足だったのでは?」
「確かにそうだな。しかし、彼らも休みなしでもう一戦は酷だろう。それとも……プリムス殿が手合わせをしてくれるのか?」
「ご希望とあらば、一度胸を貸していただきましょう」
「ほう……まさか受けて貰えるとは思わなかった」
「これでも傭兵団の長。少しは使える所を見せなければ戦場で信頼不足に思われては困りますから」
プリムスは先ほどヴィシャンのために剣を選んだ武器庫から二本のハンドアクスを手に取り、ヴィシャンと距離を開けて向かい合う。
「プリムス殿はてっきり剣士かと思っていたが。その筋肉、普段は大きめの剣でも扱っていそうなものだが」
「よく見ておられますね。しかし、手抜きとは思われたくはないので言い訳をさせていただきますが……人間相手ならばこっちの方が楽なのですよ」
「ふむ……手斧の一双。どんな違いがあるのか楽しみだ——合図を」
「ならばこのコインが落ちると同時に」
プリムスが一枚の銀貨を取り出して宙に放る。くるくると回転しながら陽光を反射し光るそれが土の上に触れると同時、二人の男が駆け出した。
「ぜぃあっ!」
ヴィシャンの両手で握りしめられた渾身の袈裟斬りが振り下ろされる。
「憤っ!」
二本の手斧は剣を受け止めるように構えられたが、剣身が触れると同時に角度を変えられ軌道を逸らされる。剣は下に流れ、プリムスの右手に持った斧は剣の重みに持って行かれて姿勢が崩れるが、空いた左の斧は弾かれた勢いで肩の上に跳ね上がり、肩から肘、手首と連動した筋と腱のバネによって生み出された破壊の力がヴィシャンの右肩から首に目掛けて振り下ろされる。
ヴィシャンもまた、剣に引っ張られる形で前傾に崩れた姿勢から右手を離して左横に飛び退き、地面を転がって手斧を躱わし、立ち上がる。相手は両手に獲物を持っている。小さく取り回しのいいそれは、たった一度の攻撃では止まらない。連続攻撃が来る。
「受けて立つ」
ヴィシャンは持って生まれた才能と積み上げた技術、そしてどんな時でも剣を握り体に染み込ませた剣技を繰り出し、二本の斧による連撃を一本の剣で防いで見せる。常人には一振りにしか見えない連続切りで迫る斧を受け止め、弾き、隙を見て剣を突き込むが——相手もまた巧者。
ヴィシャンの攻撃速度に引けを取らない速度での攻撃はヴィシャンの攻めに転じる回数を確実に減らし、攻められるべきタイミングを操っている。プリムスはヴィシャンにここで攻めてこいと誘導し、来ると分かっているものを躱わすだけ。
ただの身体能力レベルならば同等、経験値はプリムスが上。リーチならば勝っているが、内へ内へと踏み込んでくるプリムスを振り払えない。
「剣士には厄介でしょう。斧は刃も分厚く硬い。湾曲した作りは剣を巻き取るのにも受けるのにも使いやすく、何よりも体から距離が近い。剣は長く大きくなればなる程、肉体と神経から遠ざかっていく。人と道具はひとつにはなれない。ならば、どれだけ自分の手足と同様に操れるのか。聖剣なしで止められますかな?」
プリムスの言う通り、事実、剣は一度振ってしまえばそこには自分の力以外の力が作用する。振り回すことで生まれる勢い、下に引っ張られる力、半端に止めようとしても止まらない意思に反する力。攻めるも守るも指先のように自由にとはいかない。どれだけ積んでも、心を無にしてもひとつにはなれることはない。自分と剣は別の存在だ。剣士は一人で、剣は一つ——ひとつ?
「む? 動きの質が変わりましたな」
「プリムス殿のお陰で何かを思い出した気がする」
一度激しく衝突したあと、二人の男は再び距離を取って向かい合っていた。
「剣をもう一本借りても?」
「まさか二本使うつもりですか? 手斧と剣ではまったく違いますよ。より動きの繊細さを欠くだけかと。止めはしませんが、やるならこの勝負勝たせて貰いますよ? 傭兵は実績に貪欲ですから」
新たな英雄。アルヴァリアが長年かけてようやく見出した本物の英雄。その力、才能をプリムスも認めはするが、思いつきのようなその行動にはさすがに苦笑する。双剣というのはナイフや短剣、できるだけ剣身の短いものを使うのが普通。一般的な剣士の持つ剣で振るった所で互いの軌道が邪魔になる。
「両手で同じように振り回したとて、それでは威力も技も落ちた鈍ですな」
邪魔にもなれば、右と左で別の動きを急にできるようになるはずもない。無意識に剣の軌道が衝突しないようにと同じ出所から剣を振った所で、元の技より劣るだけ。
「なるほど、考えていたよりも難しい。確かに剣と己をひとつにするのは難しい」
「ならば、何故二本目を?」
会話の間もヴィシャンは二本の剣の扱いに振り回される。左右や上下に別々の動きをさせたとて、剣に力は伝わらない。かといって縦と横に振れば互いにぶつかり邪魔になる。腰と背中、上体の捻りを加えて回転するように交互に切りつけようにも後に続く剣に重みはない。プリムスの手斧にいずれも軽くあしらわれ、反撃を許して慌てて躱わすはめになる。これまで一本の剣に伝えてきた体幹の力も下半身の粘りも踏み込みも、片腕のしなりも全てが甘い。
「何故だろうか、この先を知っている気がしたんだ」
「……先ですか。聖剣なしであれだけの力。若さを考えれば既に人の最も高みに手が届いているとは思いますがね」
「それはないな。俺より強い男が目の前にいる。しかも、剣も使わずに遊ばれている」
「遊んでいると思われるほど余裕はないんですがね」
「こちらだって遊んでいないということさ」
ヴィシャンが剣を両の手にしたのは遊びではない。体が、体の内の何かが覚えているのだ。双剣を使ったことなどないというのに——人と道具はひとつになれない。プリムスのその言葉が、やけに頭に響く。胸の内が笑っている気がする。
——思い通りに剣が振れぬか? ならばそんなものは捨ててしまえ。妾の剣は天に在る。
「……っ!!」
何かの気配を察知したプリムスが慌てて後ろへと飛び退いた。
空から降り注ぐ天陽の光に焼かれるかと思うほどの光がヴィシャンの体の内から溢れ出る。
気づけばヴィシャンの手に握っていたはずの二本の剣は塵となり、二つの剣が宙を舞っている。
「聖剣を呼び出した……?」
プリムスがその光景に戸惑い、ヴィシャンが先ほど剣を置いた場所を見やれば、確かに聖女の剣はそのままそこにある。ならば、あの双剣は。
「ああ……この感覚。そうか、想いのままとはこういうことか。俺の剣——視えた」
「……それは天賦の力ですかな?」
「すまない。知らずのうちに力を使ってしまった。剣も壊してしまって申し訳ない」
輝きを放つ二つの剣に照らされて、ヴィシャンの黄金の髪と紫水晶の瞳が美しい光を反射して、この世の物とは思えない神秘的な美しさと恐ろしさを纏っていた。
プリムスに声を掛けられ、ヴィシャンは慌てて力を解放して剣を仕舞う。仕舞うといっても鞘がある訳ではない。そこに突然現れたのと同じように、何処へともなく消えたのだ。
そんな現実離れした光景を見せられて、プリムスもまた練習用の剣が駄目になったことなど気にも留めていなかったが。
「はは、剣は構いませんよ。どうせ支給品ですから。しかし驚きました。剣を創り出す力まで持っているとは知りませんで。これは甘く見ていたのはこちらでしたな。やはり、到底敵いませんよ」
「持ち上げるのはやめてくれ、そういう所が無いのが貴殿を気に入った所なのだから、だが……しかし、勝負については一旦預けてもらえないだろうか? プリムス殿のお陰で視えたはいいが……今の俺では加減ができん」
「ほう……そこまでですか」
「あ、いや、すまん。見下している訳ではないんだ。その、うまく扱える自信がだな……」
「いえ、わかります。超えたばかりの剣は難しい。人よりも剣と向き合う方がいい。もしくは、斬って捨てられる命と——」
プリムスが作り笑いで場を取り繕おうとしたその矢先。
「——ヴィシャン様! 北門にモンスターの襲撃です!」
馬に乗った女騎士が割って入る。
ヒナト壊滅後、ヴィシャンに付き従う女騎士フローネレイヤ・エメルによって急報がもたらされる。




