112.静かな戦争
領都フレイズの外縁。
フレイズ騎士団が交代で演習を行う平原に程近い場所に設営された野営地。その一画に公爵家から雇われた傭兵団は天幕を張り暮らしている。
そしてその傭兵たちが訓練のために作り出した練習場という名のダンジョン——というよりも廃墟という方が想像に易いだろうか。
モンスターに襲われ、崩壊した街の家屋の屋根や柱。崩れた外壁の一部。それらを組み合わせて作られた立体的な迷路。そこに身を潜めるのは王国内有数の傭兵たち。何もダンジョンや戦場を経験して生き延びてきた兵たちである。
「はじめっ!」とプリムスが声を張り上げた途端、瓦礫の山の上から飛んでくる矢を左右に逸れて躱しながらヴィシャンが走り出す。
——こちらも障害物を盾にしなければいい的だ。
そう判断して駆け寄った壁、ボロボロの板を突き破って鉄の剣が生えてきたのを剣の根本で弾いて蹴りを入れて壁ごと潜んでいた男を蹴り飛ばす。呻き声がしたのを確認して足をすぐに引っ込めると、今度はその穴から矢が飛び出してきた。
鏃は外され布が巻かれているとはいえ、そう遠くない場所から放たれたそれが当たることを考えると嫌な汗が滲む。
守りに入れば罠が待つ。攻めに転じれば、敵の援護射撃が飛んでくる。たった一人相手によくもここまでしてくれる。
ヴィシャンは物陰に身を隠しながら、待ち伏せに警戒して進む。先ほど蹴り飛ばした男が仰向けに倒れているが目はしっかりと開いている。
「死人のふりか、それとも負けた扱いでいいのかルールがあれば教えてくれ」
「へへ、生真面目な人だ……戦争のルールを決められるのは現場にいない連中だけですぜ」
「なら、ぐっすり寝ていろ」
立ち上がり襲いかかってきた男の剣を弾き飛ばして腹に拳を叩き込む。これでまだ一人目。
しかしルールの確認はできた。動けなくなるまで敵は敵。油断も敵ならやるしかない。
カンカンと複数の方角から何かを叩く音がする。合図か、陽動か。判断のしようはない。ならば全てが起こり得ると判断して進む。入り組んだ道の先、バリケードのように明らかに投げやりに積み上げられた壊れた椅子や机が塞いでいる。
増設。ただでさえ知らない環境だというのに、この作り物のダンジョンは形を変えていく。ヴィシャンというたった一人の侵入者の心を揺さぶり、その隙間につけ込み、襲うために。
「これは訓練。天賦は使えないし、使わない。だからと言って、こんな程度で俺の剣が止まると思うなよ」
前に踏み込む下半身の力と腰ごと上体を捻るように半回転させながらの切り上げ。一撃で簡易バリケードが粉砕される。
豪快な音を立てれば、敵は現在地を把握して的確な射撃を送り込んでくる。
「射手が別行動なら飛んでくるのはどうせ死角からだろう」
剣撃で散らばった椅子の足を引っ掴んで背後に放り投げる。ダダダンと三度の衝突音。速度からして連射ではなく射手が三人。今は手出しの方法はない。故に進む。歪な瓦礫は隙間が多く、瓦礫の山は下に空洞があったり、目線の高さに穴が空いていたりと様々。何処から攻撃がくるかはわからないが、剣士が接近戦で負けるものか。
素直に壁裏から飛び出してきた三人の剣を二つ、最高速度の二連撃で払う。最後の一振りは身を捩って躱わして腕を捕まえ敵の前に突き飛ばす。相手が剣を振るのを躊躇った瞬間に三人同時に切り伏せる。同時、穴から突き出してきた槍が後頭部のすぐ後ろを通り過ぎる。想定内。上から先に来たのなら、自ら地面に前転するように転がり身を低くして、瓦礫の隙間から這い出してきた新手を捉えて身を低くしたまま突撃、剣の間合いに入り込む瞬間に速度を上げて肉体と鎧を叩きつける。次は矢が来る。押し倒した傭兵ごとひっくり返って盾にする。傭兵の背中に矢が当たる。訓練用だ、鎧を貫通しはしない。
とはいえ、寝転がったままではいい的だ。男を盾にしたまま起き上がり、その体を先ほど槍が出てきた穴に向かって叩きつける。壁の向こうの槍使いの確認はしない。前に出る。これはダンジョンアタックだ。目指すのは最奥。全滅させることが目的ではない。
矢が飛んでくればなんだ。
壁に敵が潜んでいるからなんだ。
前を潰せば一番奥には辿り着く。
雑魚に構う必要はない。
ヴィシャンは前を塞ぐ邪魔者を確実に排除し、後方や高所から狙う敵からの攻撃は技と機転で対処し進む。
この時既にヴィシャンは傭兵団のインファイターを十人ダウンさせ、銀鎧を泥まみれにしながら果敢に戦いを挑み続けていた。
もう止まれない。過去にはもう失ったものが多すぎる。戻りたくとも戻れないなら、未来のためにこの命を捧げることこそ本懐だ。
ヴィシャンが傭兵団と訓練をしている頃、テルシアは報告書の束に頭を抱えていた。
王都から届くはずの物資の移動が足止めされている。疫病のせいだ。リネリッタと呼ばれる川、それこそが王国が王都をその近くに構える要因のひとつでもある。
三十万人都市。王都アルヴァリアの民たちにとっては水運だけでなく生活用水としても活用されている要の川である。疫病の原因はその川に現れた竜であるとされているが……テルシアはつい最近、まさに疫病や毒の化身のような竜と出遭っている。
——まさかダンジョンの竜が王都近郊に現れるとは思いたくないが……南のダンジョンの竜が過去にこのような動きをした記録はない。ならばやはり北のダンジョンの可能性は否定できない。けれど、だとしたら何故? ダンジョンマスターには契約について話が通っているはず。
テルシアは領都フレイズにやって来てから、ダンジョンとの契約を成立させるために動き続けて来た。金や名誉に目が眩んで余計な動きをしそうな外部から来た冒険者を排除してきたし、反対派の牽制も同時に行なっていたというのに。
王都からの物資が遅れれば進軍も先延ばしになる。各都市から兵を集めようと物資がなければ運用はできないからだ。
計画がずれれば中央の指示も変わる可能性が出てくる。そうなればダンジョンに戻ろうにも戻れない。
蟲魔の襲撃といい、疫病といい、悪霊にでも取り憑かれたかのように邪魔ばかり入る。
領主には部下を通じて情報を流したが、田舎領主の家人たちは中央の状況を碌に把握していなかった。ようやく南と西の門で検疫を始めたようだが動きが遅い。この街にまで疫病が入り込めば計画はさらに何ヶ月もずれ込む恐れもある。
「赤の三、新たな報告が」
「今度はなに?」
新たにやって来た網から手紙を受け取り、折り畳まれたそれを開いて天を仰ぐ。
『北から難民あり、病人多数。複数の商人から開拓村壊滅の証言あり。避難中に鬼魔の目撃報告あり』
「……黒の一には?」
「同時に網が届いているはずですが、黒の一は現在英雄と接触しています」
「……わかった。もう行っていいわ」
網は静かに姿を消し、テルシアは北の空を見た。
「こちらを試すにしたって限度があるでしょう」
南を封じるのが間に合ったかと思えば、北から病と鬼が降りてきた。最早偶然とは言うまい。北も南も全てがあのダンジョンマスターの意思で動いている。
テルシアはぎりと奥歯を噛み締め、鞭を手に取った。




