111.男の剣
「もし良かったら、うちの練習場を使ってみませんか?」
「練習場? 傭兵団専用の土地があるのか?」
「ええまあ。それほど広いわけではないんですけどね、騎士団との合同訓練以外はそっちを使ってるんですよ。合同訓練なんていっても騎士様方は隊列だの規律だのとまるで人間相手の戦争のようにしているでしょう? 私たちの練習場は平地に障害物を並べて奇襲対策の訓練も取り入れてましてね。ただ形稽古をするよりかは気分転換になるかと思いまして」
「……なるほど、興味があるな。見せて貰ってもいいか?」
「勿論」
プリムス・ブラックからの突然の誘いにヴィシャンが乗ったのは、口に出した通りに興味をそそられたからというのもあるが、この傭兵団の団長は鍛えている者が見れば強者だとすぐに分かる。恵まれた骨格に筋肉で膨らんだ手脚。首の太さと肩の大きさを見れば服に隠された体の大きさも想像がつく。
そして、見た目からしておそらくは数十年をかけて実践と共に磨き上げた技術もあるはず。独自の訓練方法を考え出して実行する決断力と、それを認められるだけの地盤があるのだろう。そんな男の申し出を受けるのは、この停滞した状況の気晴らしになりそうだと判断した。
「プリムス殿は普段は西方に?」
「依頼があれば出向くこともありますが、殆どは南部や中央ですね。昔は冒険者の真似事のようなこともしていましたから。今回、公爵閣下から依頼を頂けたのも南部での仕事を認められたのだろうと勝手な想像をして浮かれているのです」
「そうか……ヴァルメルト公爵は騎士は送れぬが代わりの戦力を送ったと聞いていたが、プリムス殿の傭兵団がその戦力だったか」
「騎士様の代わりになれるかはわかりませんがね、ははは」
プリムスに案内されながら野営地をさらに外れへと向かって歩く。道中の会話からして、上位のものへの態度や言葉遣い、謙遜を持ち合わせている。腕が立つだけでは公爵に雇われるはずがない。これは思ったよりも頼りになる援軍を送ってくれたようだ。
失敗に終わった冒険者の調査チーム、ロニエールトとバルザークが率いた合同チームのダンジョンアタック。想定外のモンスターの出現もあり、どちらもダンジョンの情報を持ち帰れていない。そんな中での数万人規模での軍事行動。今度こそは負ける訳にはいかない中で、こんな人材に出会えるとは嬉しい誤算だ。話が本当ならば恐らくは南のダンジョンアタックや西の隣国との戦争の経験もあるのだろう。
そんな彼らがどんな訓練をしているのかと考えるとわくわくする自分がいることにヴィシャン自身驚いていた。
モンスターの奇襲で負傷し、昏睡している間にヒナトを離れた。負傷の治療中に起きた蟲魔の迎撃にも出遅れた。傷が癒えたのは全てのことが殆ど終わってから。
ダンジョンに関わってからというもの、全ての巡り合わせが悪い方向へ動いていく。必要に間に合わない役立たず。自己評価は日が経つほどに下がっていく。こんな自分を英雄と讃える何も知らない市井の評価とは全くの正反対だ。
「到着です。どうです? 元は街の大工や職人から余り物の端材を貰って壁を作っていたんですが……この前の蟲魔騒動で色んな街で瓦礫が出たでしょう? 不要な物を集めて障壁やちょっとした迷路を作ったんです」
「これは……すごいな」
元は平坦な土の上に、遮蔽となるように瓦礫を積み上げて姿を隠したり、上に登れるようになっていたりと工夫されている。迷路というと少し違和感はあるが、瓦礫によって真っ直ぐには進めないようになっており、横に逸れるか無理をして瓦礫を登って超えるかしなければならない。
軍隊同士が平地で睨み合う戦場ではなく、複雑な構造の中で奇襲に備え生き残るための練習場だ。
今も傭兵たちが二つの班に別れて練習場の中でぶつかり合っている。侵攻してくる相手を物陰に隠れて襲う者、高所を取って魔法や弓を放つ者、それらを相手に攻撃を防ぎながら仲間と連携して先を目指していく。
どちらも人間同士だが、想定は人間ではなくダンジョンの魔性共なのだろう。卑劣な手も罠も平気で使う。使用されている魔法は威力を殺した低位のものであるし、武器も訓練用だ。でなければ死人が出るほどの強度の訓練。
「皆、いつもこんな訓練を?」
「毎日ではないですよ。日で分けて交代でやらせてますから、休みはあります」
「それはそうだろうが……」
それでは結局傭兵団としてみれば毎日しているのと変わらないではないか、と言葉を失う。
「戦がなくとも契約期間中は日当が出ますからね。何もしないでいるのは見た目が悪いんですよ。それに、ここに居るような血の気の多い連中は適度に疲れさせて扱いておかないと、問題を起こされては堪りませんから」
プリムス・ブラックはそう言って笑うが、その血の気の多い者共が素直に命令に従っているというのもこの男あってこそなのだろう。
現に、傭兵団が領都で問題を起こしたという話は聞いたことがない。
騎士団の規律のことを軽く見ているかと思えば、傭兵団のこの規律はなんだ。貴族でもない男に人はこうも従えるものなのか。
「参加されますか?」
「良いのか?」
「さすがにその剣では困りますが」
「当然だ。訓練用の剣を借りられるか?」
「お任せを。ではしばしお待ちください——お前ら、行動中止! 集まれ!」
ヴィシャンが剣帯を外すのを見て、プリムスは訓練中の団員たちに声をかけて集めさせる。訓練用の剣を見繕っている間に団員たちがプリムスの元へと集う。
「ゲストをお連れした。お前らでは足元にも及ばない強者だ。全員守備に回れ」
「了解!!」
団員たちが瓦礫の向こうへと駆けていく。今この場にいるのは四十人。二つの班が合流して配置に着いていく。
「プリムス殿、何故全員が姿を隠したのだろうか?」
それを見て、訓練用の剣を手に戻ってきたプリムスにヴィシャンが問う。
「それは勿論、戦力均衡のためですよ。数が足りませんか?」
「……俺は訓練用の剣で戦うのだよな?」
「ええ、こちらをどうぞ。皆が使っているのと同じ品質です。刃は潰してありますよ」
手渡された鉄製の剣を受け取ってみれば、汚れているし、刃のないそれは剣というより剣の形をした鉄の棒。ヴィシャンが天賦を使えばあっという間に崩壊してしまうだろう。
「腕を試されるのは久しぶりだ」
思わず乾いた笑いが漏れる。
この傭兵団長——否、傭兵団の全員がヴィシャンをフレイズと理解した上で、ラグナリアの剣を持たずともやれるだろうと挑発している。
「お気に召しませんでしたか?」
へらへらと笑みを浮かべるプリムスへの答えは決まっている。
「人を乗せるのが上手い男は好かんが、気に入られる理由は分かった」
「それは良かった。さあ、好きなだけ暴れてください。全員、多少剣で叩かれた程度では折れぬ者たちです」
「先に音を上げないようにしてみるさ」
初めて握った粗末な剣を手に、瓦礫に潜み、高所から見下し、行手を阻む者たちにこの身この技、何処まで通用するか——しなければならない。そうでなければ辿り着けない。だからまずはこの作り物の——
「——ダンジョンの最奥に辿り着いてやろうじゃないか」
ラグナロウでも、フレイズでもない。ただ一人の男の剣でこじ開ける。




