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【第二部開始】初心者マスターとポンコツコアの迷宮運営記 〜なんでもありの外道ダンジョンでも独立国家になれますか?〜  作者: 綴木春遥
第二部 北部奪還戦争と黒の手配書<下> 二つの戦争 編

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110.Noblesse oblige


 ——領都フレイズ。フレイズ伯爵家の屋敷には昼間だと言うのに多くの貴族や地元の名士たちが集まり賑やかなパーティが開催されていた。

 屋敷に集められた貴族はフレイズ伯爵家を寄り親とする子爵家以下、フレイズ領内の街を治める者たちである。名士たちもまた、生まれは元貴族から平民まで玉石混交だが、それぞれがそれなりの規模の町の有力者であり、実業家である。


 戦争を前に、レガート・フレイズ伯爵は彼ら彼女らを集め持て成し北部の一致団結を語りかける。これらは王国より北部を預かった者たちの誓いの場でもある。

 騎士や兵の殆どはまだ領都には集っていない。それらは貴族や名士の命により各地で訓練をし、民の徴兵も行っている。万を超える人間を長期間運用するのはコストが嵩むばかりか、本来の地元産業にさえ影響を及ぼす。だからこそ、彼ら彼女らは社交の場で自らが動員できる戦力を、持ち出せる物資の質や量を自慢げに語る。


 何しろ今回の戦、たかが北の果ての街がひとつ無くなった程度。この場に集まった者たちからすれば、北の民と移民の街であり、辺境では価値こそあれど、北部でも中央に近い都市や街で暮らす者たちにはさして興味もないものだ。

 そんな小さな街がひとつダンジョンのモンスターによって崩壊したところで損失は小さい。大きいのは死人の数だけだ。その死人たちとて、生きていたところで納める税は少ない。


 そんな街がひとつ滅んだだけで、王が北を見た。北部貴族にダンジョンを手に入れろと命が下った。国王による伯爵家及び伯爵領に土地を持つ寄子たちへの命は特別な意味を持つ。

 戦に勝ち、ダンジョンの最奥に存在するというダンジョンコアとその配下の魔王を屈服させ飼い慣らせば、ダンジョンが生み出す富も兵器も王国に栄誉を齎すことになる。そして、ダンジョンを支配し、新たなダンジョン都市を作り上げたともなれば、フレイズ伯爵家は陞爵し侯爵家になるだろう。

 そしてフレイズ侯爵家の領地は王国経済の中心となるのである。


 だからこそ、入念な準備と計画が必要だ。騎士や兵をひとつに集めるのに適した時期、食糧や医療品を潤沢に揃えて一気呵成に攻め込みダンジョンを支配する。


 完璧な計画に沿った完璧な準備。それでも、数日前の野生のモンスターの襲撃のようなことは発生する。しかし、問題ない。死者は出したが、フレイズ家の騎士だけで凶悪な蟲魔を滅することに成功した。士気は高い。

 だからこそレガート・フレイズは壇上に上がる。


「今日もお集まりいただき感謝する。我らに与えられた使命はダンジョンの確保。そしてこの北の地にダンジョン都市を興し、アルヴァリア王国でも王都や公爵領にも負けない経済都市を作り上げることである。そして勿論、皆様方にはより近くで、信頼できる家族として共にこの北部が王国に革新を齎した偉大な伝説と共にその名を刻んで欲しい! 強きアルヴァリアとはなんだ! 我々が王都の背に控え西方の愚か者どもにこの国を奪わせはせんと立ち上がることである! 今ここに、我ら北部諸侯の絆の元に! 永遠に語り継がれる伝説となろう!!」


 フレイズ伯爵の演説に盛大な拍手が送られる。レガートもまたそれに手を挙げて応えながら静かに席へと戻り腰を落ち着かせる。

 そこにそっと駆け寄る者が一人。

 

「閣下、ご報告が」

「なんだ? またラグナか?」

「いえ……それが……南西、中央方面で疫病が流行り出しているそうです。それと、リネリッタ川で竜が目撃されたそうです」


 家人の報告に僅かに歪めた顔をすぐに引っ込めながらレガートは思案する。

 中央方面の疫病に加えてリネリッタ川の竜。リネリッタ川というのは北部から中央——王都近郊から南部、そしてその先の他国の海まで続く大きな川である。


「リネリッタの竜はどっちに向かった?」

「南です」

「……ならば問題あるまい」


 領主として今回の北部奪還及びダンジョン制圧の作戦を指揮する者としては問題だらけではある。中央や南部に疫病が流行れば、そこからやってくる人や食糧が安全かどうか、さらには滞りなく届くのかという問題。そしてリネリッタ川は陸とは異なる水運の要でもある。これもまたあらゆる資源の往来に影響する。

 とはいえ竜は南に向かったという。ならばどうせ、公爵領か王都の戦力がどうにでもするだろう。南部の者たちは竜には慣れている。なにせ、竜を産むダンジョンの間近で暮らしているのだから。

 ならば気を配るべきは検疫と水運ルートの運行確認か。どちらにしても指示を与えるべき土地の管理者たちはここに揃っている。


「諸侯らの家人と情報を共有しておけ。変化があれば随時報告しろ。諸侯にはこちらから声を掛けておく」

「御意に」


 ひとつ大きく息を吐いてから、レガート・フレイズは立ち上がる。

 次男を失ってから碌でもないこと続きである。だからこそ今回は慎重に丁寧に時間を掛けて準備を進めているというのに、世界はまるで伯爵家に怨みでもあるかのように厄介ごとを起こす。


 ……厄介ごとといえば、既に売約済みの長男だ。王家か公爵家か婿入り先が決まる前に【剣聖】へと至ってしまった。アレが冒険者になるなどと戯言を言うより前からアレはフレイズを継げぬというのに。民はアレを将来の領主だと思い込んでしまっている。この歳になってまた子を作らねばならぬとは面倒な。妻はもう齢が齢だ。男児が当たるまで別の女をいくつか探さねばなるまい。初陣で死ぬなど、ロニエールトはフレイズ家にとってとんでもない恥晒しである。ああ、さっさと話を済ませてしまおう。ついでに女も見繕わなければ。

 

 

 

 レガート・フレイズが貴族の務めに励む一方で、ヴィシャンはフレイズ家の紋章の付いた銀鎧を身につけて領都外縁に敷設された騎士と傭兵の野営地を訪れていた。


 剣を振るう場所には拘らない。意識を研ぎ澄まし、場所など関係なく同じ剣を振るえなければ意味がない。

 とはいえ、さすがに連日多くの人間が出入りする屋敷は騒がしすぎる。ヴィシャンから声を掛けずとも訪問者に呼ばれれば無視をするわけにもいかない。既に身分は冒険者ラグネルではなく、フレイズ伯爵家の第一の後継者、ヴィシャン・ラグナロウ・フレイズである。王より賜った聖女の名を冠する者として振る舞いは……幼い頃から慣れていたはずだというのに、今はどうにも胸が苦しくて堪らない。気安く「ラグネル」と声を掛けてくれる友はもうこの場所には一人も存在しない。友も、仲間もあの街に置いてきてしまった。


 

 ——結局、俺はまた魔王に敗北した。仲間を救えず一人生き延び、犠牲者たちを弔うこともできなかった。これの何が英雄か。俺なんかよりも、ヒナトの為に死んだ冒険者たちのほうが余程英雄に相応しい。俺はまだ、何も救えていない。


 

 野営地の端、独り己の弱さと剣と向き合う男がいることに気づいた者は多い。それだけの存在感がある。孤独に空を裂く剣閃は鋭く輝き威圧を放つ。


「剣聖殿ではございませんか、このような所で剣を振っているとは如何なさいましたか」


 気づいているからこそ誰も声を掛けられずにいた英雄に声を掛ける男。


「……悪いな、場所を借りている」

「構いませんよ、とはいっても私ら傭兵も間借りしている身ですがね」

「傭兵か。随分と腕が立つように見えるが……名は?」

「これは失礼を。私の名はプリムス・ブラック。傭兵団の長をしています」


 プリムス・ブラックとヴィシャン・ラグナロウ・フレイズが邂逅した。

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