109.超激カワきゅんきゅんマーメイド
海とは母のようとは良く言ったもので、全身を水中に投げ込み漂っていると胎の中に戻ったかのように感じる。そういう静けさの中で、自分自身と向き合うことで新たな自分と出会い、再び生まれるように救われるものなのかもしれない。
そんなことを考えるやつは馬鹿だと思う。
水中、静かな水底? めっちゃ怖い。
何が怖いってなんか魚が泳いでいたり、人と同じくらいでかい亀が泳いでたりする。
知らない。こんな生態系を俺は知らない。オーダーした覚えもない。
「ごぼごぼごぼ」
あと息ができない。死ぬ。意識がブラックアウトしかけた瞬間、小ぶりな唇が重なったかと思ったら、口を開かされて絡み合うような恋人みたいなキスをされた。
「サメ、水中で呼吸できる。息継ぎしてあげる」
「ごぶごぶ」
いつもの冷笑系は何処へやら、優しい微笑みを浮かべるあどけない少女の君はどこのどなたか、サメちゃんである。
そして息継ぎをして貰っても俺は言葉が発せずまるで懐かしのゴブリンメイジ。
「大丈夫、怖くないから。綺麗なものを見せてあげる。手を離さないで、呼吸が辛くなったら手を強く握って、空気を送ってあげる。口移しでねw」
いつもとキャラが違うのは水中だからなのだろうか、まるで陸上とは違う自然体というのに相応しい態度に接し方がわからない。最後の苦笑は冷笑というよりまるで照れ笑いだ。
あれ……もしかしてサメちゃんって水中だとめちゃくちゃ可愛くね?
「マーメイドたち、明かりを付けて」
サメちゃんが囁くように言葉を発すると、いつの間にか集まってきた人魚たちの群れが一緒になって水中を泳いでいた。
あちこちで明かり石が灯される。水中というやりも、プラネタリウムのように淡い光が所々で輝きを発して、アクアリウムのように飾り付けられた岩や水草に彩りを与える。アーチを描いた岩礁の岩肌から時折り赤や青の光が反射するのは、素材として切り取られた山から産出した宝石だろうか。
「ごぶごぶ(宝石の海、すごいな……)」
「そうでしょ? 岩礁は天然の迷路。それに魚やモンスターのお家でもあるの。ほら、あの珊瑚を見て」
サメちゃんが指差す方を見てみると、赤青黄色に緑と紫、色とりどりの珊瑚礁。
まるで南国の海でダイビングをしているかのような癒し空間。
「あれ全部ローパーwww」
「ごぶっごほごぼっ」
なんで珊瑚だけ偽物なんだよ! びっくりして泡吹いたわ! 死ぬ! 死ぬ!
「ちゅ……ほら、ゆっくり息を吸って。そのまま吐き出していいよ、受け止めて代わりに呼吸してあげる」
サメちゃんの口から空気を吸って、逆にサメちゃんの口の中にいらない空気を吐き出す。呼吸は出来ているけどどういう仕組みなのだろうか。
「サメだから口呼吸以外にも呼吸できるエラがあるの」
「ごぶ?」
「気になる? 特別に見せてあげるwww」
そう言って少し顔を赤くしたサメちゃんがスクール水着を脱ぎ捨てる。全身が顕になる。尻尾と歯以外は本当にただの美少女。そんなサメちゃんに俺も全てを脱がされて、お互いが触れ合った時に言葉の意味がわかった。なるほど、うまくエラはヒレに紛れていた訳だ。
そうしてサメちゃんに手を取られて、深い水の中を踊るように流れていく。宝石の煌めきに彩られながら、揺れる水に色彩も踊る。
大勢の人魚たちもまた、俺たちに合わせて美しい姿で水中を舞う。
初めて召喚されたときは必死の形相だった彼女たちも、今ではその美貌に相応しい優雅な泳ぎを見せてくれる。
何度も唇を重ねて、交わって、流れた精が漂っていく。これが人魚たちの役に立つのだろうか。
「人魚たちも人間と交配しようと思ったら必要な場所だけ構造を変えられる。でも、全員は相手にできないでしょ? だからこれが平等。水の中ではサメが王サマ。んっ、だから……また、ね?」
そうしてサメちゃんとの突然の水中デートを終えて八階層に帰還した。
本当に、神秘的で幻想的で、生命の誕生に触れたかのような……異世界に来てから初めて陥る感覚だった。
「どうだった? 人間にはこのフロアは難しいwww」
「確かにサメちゃんの言う通りだね。六階層攻略のために山に備えた装備をしてきた連中は突然の水中フロアは越えられないだろうね」
俺が作ろうと予定していた森フロアより難易度が高そうだ。まず、呼吸をどうにかしなければ探索どころではないのだから。
それに、知らないうちに魚やモンスターまで増えていたし。
「サーモンと衝突亀は山と川を引き込んだときに紛れ込んでたwww」
「あの魚サーモンだったんだ……サーモンこの世界にもいるのか」
というかなんだ衝突亀とかいうヤバそうな名前の亀は。そんな危なっかしい亀はやく駆逐しろ。
「食糧にもなる。冒険者の邪魔にもなる。住み着かせとけばいいwww」
「メリットはわかるんだけどさぁ」
なんていうか、せめて衝突以外のネーミングの亀はいなかったのかと思うじゃん。小心者なんだぞ。
そんなこんなで予定外のサメちゃんとの第七階層でのひとときを終える。サメちゃんからはマーメイドたちの生態についても教えて貰ったりして、それなりに楽しめた。
「卵産んでくるwww」と不穏なことを言ってサメちゃんが消えるまでは、少なくとも。
数時間のランデブーを終えて八階層に戻ると、既に誰もいない。
モンスターたちはパーティ中だろうから、コアちゃんやアスティはコアルームかな?
シスターは意識を取り戻したろうか?
「もしもし、コアちゃん今何してる?」
「今はシスターを正座させて足の上にアスティを立たせてるところだけどどうしたの?」
なにその罰。それ石でやる拷問じゃないの?
シスターはなんでそんなことをさせられてるのだろうか。
「今八階層に居るんだけど、せっかくだしこの階層にも手を入れようかと思ってね」
「ふーん、そうなの? 森にするんだっけ?」
「そうそう。モンスターも虫とかじゃなくて、いいのを思いついたんだよ」
本当は転移で飛ばして貰って合流しようかと思ってたんだけど、シスターが罰を受けてるところに遭遇したくなくて嘘をつく。
「あら、どんなモンスター?」
「森と草原のフロアと言ったらケンタウロスでしょ! これから先の騎士との戦闘を見据えてうちにも機動力があるモンスターが欲しいなって」
「うーん……今値段を調べるわね。ケンタウロス、ケンタウロス……あった。結構お高いわよ? 数を揃えるなら今回の三百人分使っても足らないわ。貯金から出すならいけると思うけど……そうしたら今回の改装でDPはもう殆どなくなっちゃうわね」
む。環境変更とケンタウロス追加でついにボーナスで集まったDPがなくなるのか。
一気にフロアとモンスターを増やしたからなぁ。そうなると九階層と十階層は手付かずになっちゃうな。十階層はもともとボスフロアとして幹部組に暴れさせる予定ではあったけど、九階層がガラ空きはなぁ。
とはいえ、八階層を七階層より脅威度を落としてしまっても意味がない。今更普通のゴブリンやスライムを置いたところで八階層に来るような冒険者には無意味だろう。
「森とケンタウロスは実行しよう。明日からは規模を小さく分散して遠征部隊を出す。獲物を手に入れるついでに警戒網として運用しよう」
「シノミヤがそう判断するなら、私はそれで構わないわ」
せっかく運良くヒナトにいたラグネルを追い払えた。フェルもきっと頑張って騒ぎを起こしているはず。敵が攻めてくるまではこちらは出稼ぎで儲けることにしよう。




