108.廃棄
窓のない魔王城。外で太陽——天陽だったか。それが登ろうとわからない薄暗い部屋。暗視はできるが瞼を閉じれば暗闇なのは変わらない。透視までは持っていないから。
だから俺の朝はだいたいコアちゃんか配下のモンスターに起こされて始まる。
どうやら今日はシスターの日だったらしく、黒の戦闘服から修道女の格好に着替えたシスターが俺を膝枕しながらしくしくと涙を流しながら瞼を閉じて胸の前で指を組み何かに祈っていた。
「……なんか御臨終したみたいで嫌だなぁ」
「あら、起きたの? アタシだって祈る相手がいないよりかはアンタの御臨終を祈る方が精神が落ち着くのよ」
この祈るってのも実際には何も祈ってないし捧げたい相手もいない完全なポーズだけ。確かにそんなことをしていたら頭がイカれてもおかしくないかもしれない。
「でもダンジョンマスターの臨終を祈るのはいけないシスターだな。これはおしおきが必要だ」
「は? なんでよ、ちゃんと目が覚めたんだからいいじゃない」
「いーや、良くない。俺はシスターをベッドで抱くことを決めてたからしばらく大人しくしてたんだ。ダンマス命令だよ、お尻を突き出して懺悔するんだ」
「はぁ? なんでアタシがそんな……え、え、え? 体が勝手に……抵抗できない……! ちょ、ちょっと、せめてそこのグールがいない時に……アタシ初めてなのにぃ……! お……お赦しを————」
それから小一時間後、魔王力三十パーセントの脅威のスタミナと機動力に驚きと感動を覚えつつ、全身痙攣して失神してしまったシスターが可哀想なのでグレイスと先にコアルームへと向かう。
「おはようシノミヤ」
「おはようございまなのです! 飼い主様」
「はいはい二人ともおはよう」
「うぉw サメもいるのにwww」
「サメちゃんもおはよう。昨日は留守番ありがとね」
あと、おはようって言って欲しいなら挨拶してくれたら普通に返すからね。てっきり朝の挨拶? そんなのいる? みたいな冷笑系かと思っただけだから。
「ところでシノミヤ、シスターは?」
「あれ? 今日は覗いてなかったの? シスターならベッドで寝てるよ」
「まるでいつも覗いてるみたいな言い方はやめてよねー、そんなに暇じゃありませんー、特に昨日の夜はやることたくさんだったんだから」
そういえば、コアちゃんには運搬作業のあとにダンジョンを元に戻す作業と、薬(普通の)製作班の監視役と魔法攻撃部隊としてサキュバスとインプの召喚も頼んでたっけ。薬の製作機材の準備もあっただろうし忙しかったか。
「まったく。せっかくこれから到着した人間の仕分け作業をしようってのに、なんで作業の指揮を取ってたシスターが寝てるのよ、貴族出身の恥晒しね」
「うんうん、そうだね」
俺のせいではあるんだけど、俺のせいとはバレてないようなのでシスターが悪いことにしておこう。
「仕分けは俺が確認しながらやるから任せてよ、アスティとサメちゃんも居るし護衛は十分でしょ」
「悪いわねー、朝からこき使って」
「いいのいいの」
どっちみち人間の仕分けはこの目で確認しておきたかったしね。
とは言っても四百人強の人間を一人一人確認して行くというのは時間の無駄。
さっさと八階層に移動して片付けにかかる。八階層だってまだ改築待ちなのだ。
「アスティ、サメちゃん。まずは適齢期の女と、適齢期前の女を残して、それ以外と分けてくれる? モンスターズ、手伝ってやってくれ」
アスティとサメちゃんを中心にモンスターたちが産める女とそれ以外を仕分けしていく。若い女はゴブリンメイジたちが担当しているのは、母体に適しているかの判断担当なのだろうか。あいつら他のモンスターより少し賢いから有り得る。
そんなこんなでだいたい三百人以上が廃棄側、母胎候補が百人弱。廃棄側が多いのは女でも年寄りは廃棄送りにしている関係もある。
ちなみにこの仕分け中に「パパ、行っちゃやだ!」とか「この子はまだ三歳なんです、どうか……どうか……」とか「パパとの約束だ。お前だけでも生きてくれ」「パパー!」みたいな無駄な時間がそこそこあったがオークやゴブリンたちに引っ剥がされていた。なんか映画を観ている気分になれたので思ったより面白かった。
「はーい、じゃあこっちの野郎と年寄りがいっぱい集められた方のみなさーん、ちょっと動かないでね——炎陣、炎壁」
「う、うわぁ!」
逃げ出されないように魔法で囲う。壁の大きさは腹ぐらいまでの高さにした。大人はもちろん、子供の頭くらいなら見える高さ。
「確認なんだが、お前らのなかに鍛冶や物作りの才能や技能を持っているやつはいるか?」
開拓村から連れてきたのだし、殆どは農夫だとは思うが、金物屋や鍛治師くらいはいるかと声をかけてみると、三人ほど手が上がる。
「シノミヤー、鍛治師なんて見つけてどうするの?」
「武器や防具を加工するDPを節約するのに、人間にやらせたらいいんじゃないかと思ってさ」
「はぁ……シノミヤったら……人間って生き物のことをわかってないのね。人間には火と鉄を与えてはいけないの。何故だかわかる?」
「あぶないから?」
「不合格。人間は火と鉄で文明を作り出すからよ。それがたとえどんなに原始的なものだったとしても、始まってしまえば人間はそれを守るために執着が生まれるの。人間はそれ自体が道具だと、よくよく理解させておかなければ痛い目を見るわよ」
突然、俺のスカウト行為を咎めてきたコアちゃんの言葉は、なんとなくわかるような気もするし、心配しすぎのような気もする。
たかが三人くらい職人を生かしたところで、うちの戦力で管理できないことはないだろう。見張をつければいい。コストはそれだけ。
「さっさとそいつら殺してDPにしていった方が、質のいい装備なら私が作れるわよ」
これも確かにコアちゃんの言う通り。今は昨日から働き詰めのアスティと、鎧の下に重ね着している俺しか装備していないが、コアちゃん製のボディアーマーというのか、黒い戦闘服はかなりすごいものだ。
すごく薄いのに三層に分かれていて外装にはピコ構造化表面膜。中間層にはピコ制御されたナノ粒子をゲルのベースにしたせん断硬化ゲル。内装にはピコ適応型ライナーという未知の技術が使用されているらしい。ボディアーマー全てがセンサーを備えているレベルであらゆる衝撃に対応して身を守ってくれるらしい。
俺の記憶の中には「ナノがすごい」くらいしかなかったのにコアちゃんはどこからこんな知識を引っ張り出してきたのだろうか。
とはいえ、この服を四着作るのにとんでもないDPを使っている。幹部たちを無闇に死なせないための特別製だ。コアちゃんはDPさえあれば、ここまでのものは必要ないにしても、ちゃんと頼めば適切なコストで鍋でもバケツでも作ってくれる。たまに頭のおかしいものを作る癖があるだけで。
「よし、決めた。ここはコアちゃんを信じて全員抹殺で!」
「おいっ! ふざけるな! 勝手に襲ってきてこんなところに連れてきて貴様何様のつもりだ!」
「そうだ! 俺たちを家族のところに、村に返せよっ!」
「この人殺し! 人間のくせにモンスターに魂を売りやがった裏切り者がっ!!」
なんとまあ、異世界にきて初めてこんなに面と向かって罵倒された気がする。
別に本当のことを言われてるだけなのに、案外とショックなものだ。悪いことをしている気分になって気分が悪い。
「サメちゃん、ちょっと力見せてよ」
「うぉw 無茶振りきたwww」
「無茶なら俺がやるけど」
「う、うぉw やるやるwww やらせてwww」
なんだよ結局やりたいんじゃないか。無茶振りされたって言った後にやる方が気持ちいいもんね。わかるわかる。
「切波水爆」
サメちゃんがトライデントを構え、その三叉の槍の先に水流が生み出された直後——水平に薙払われたトライデントの矛先から伸びた薄く鋭い水の刃が次々と廃棄組の首を刎ねる。ヒゲの海賊に剣を刺していく玩具みたいに飛び跳ねる頭、頭、頭。なんてグロくて美しい槍捌き。
「コアちゃんも武闘派魔法使いかぁ。こりゃあ心強いね」
「サメだからw つよいw」
「その帽子とスク水が無ければ疑ってなかったよ」
しかし、魔法で逃げ場をなくしていたとはいえ、三百人斬りが一瞬か。この感じだとシスターも本当は強いんだろうなぁ。
「グレイス、働いた褒美だ、好きな心臓を三つ持ってけ。残りは保存しておくからな」
「ぐるる! むしゃむしゃ」
これでしばらくはグレイスも扱いやすくなる。遠征は大成功——おっと。忘れていた。
「モンスターども! 今夜は十階層を好きに使え! 大乱交タイムだ! 精一杯孕ませてよし! だけど初潮前のガキには手を出すなよ! ガキには親の世話をさせろ! 今回は人数が多いから葉っぱは無しでお前らのイチモツで堕としてみせろよ! それから、ミリアやフィーニャでわかっただろうが、使いすぎるとすぐに壊れるからそこもうまくやれ! まあ、慣れないうちは何体か壊しても仕方がないが、楽しみたけりゃうまくやれ! さあ、音楽と女が待っているぞ! フロアを上がれ!!」
大仕事をやってのけたモンスターたちをしっかりと激励して褒美もやらないとね。
これでゴブリンやオークからの不満も抑えられるだろう。ローパーやミミック、スライムあたりも声をかけてみるか?
ゴーレムは……あれは無理だな。あれ? 人魚さんたちってもしかして男がいたら繁殖できたのかな?
「サメちゃんどうなん?」
「人魚、卵生www 種があれば増えるwww 種、そこにいっぱいwww」
「マジかよ。高コストの人魚さんまで増やせるとか熱いな! じゃあ腐る前にこいつらの金玉をゴブリンとオークたちに……あ」
しまった。ゴブリンとオークはすでに女を運びながらパーティ会場に向かっている。呼び戻して玉拾いなんてさせたら暴動が起こりかねない。
「私は手がないから」
「コアちゃんには期待してないよ」
「あのぅ……アスティも飼い主様以外の睾丸はちょっと嫌なのです」
「サメちゃ……」
「うぉw サメには人権ないと思ってる?www」
ぐ、グレイスは……と救いを求めて見たら四体目の心臓を食ってやがった。こいつに任せたら保存食(グレイス調教用)がなくなる!
「お、俺がやるしかないってのか……」
俺が、野郎の死体の玉拾いを……?
そんなバカな、仮にも魔王だぞ。なんなら戦時中の魔王だぞ。そんなことがあっていいはずがない!
「さ、サメちゃん……俺のじゃダメかな?」
「う、うぉw シャケ役www」
「竿役みたいな言い方やめてよ、どっちかというと汁男優の方だよ」
汁男優の方ってなんだよ。
「じゃあ、一緒にイッてみるwww」
「あ、ちょ……」
小さいのにとんでもない力持ちなサメちゃんに担ぎ上げられて七階層へと続く階段——というか水溜りにじゃぽん。
あっという間に水没フロアの中に引き摺り込まれてしまった。あれ? 空気は?




